何もかも分からず、ただとりあえずインプットを続ける。
焦り・・・焦り・・・不安
何かしなくちゃと思う。でも何をすればいいか分からない、だからとりあえず
そこにある本を手に取る。でも、中身がはいってこない。
知らずに時間が過ぎている・・・でも、何も進んでいない。そのことにまた焦る。
その繰り返し。

インプットはアウトプットがあって初めて生きてくる。
PC知識をつけたいと漠然と思って書物を読んでも、実際にPCを動かさないとイメージは浮かばない。
英語が使えるようになりたいと思って、英語の勉強を始めても、実際に話すという機会がなければ意味はない。
また、上達もしない。
それはなぜか、それは”どこが分からないか”が分からないからである。
見えない・・・どこが分からないか。ぼんやりしている。空気に溶け込んでいて分からない。認識できない。
むしろ、分かっていないという事が分かっていない。そこが怖い。

だから、アウトプットは意識して行った方がいい。

次からタイトルに書いた配信について
人との会話 多い その人との 共通認識 つまり、 相手に自分がなにをやっているか、何が好きか、物事に対しどう思っているかを伝える必要がある。 
人は本来、自分の事を知ってほしいと思っている。こういう事やってるとか。これがスキとか。
また、人は基本的に人の話はどうでもいいと思っている。しかし、たまに話にのっかかってくる時がある。
それは、自分が興味をもっている話題である。つまり、人はやはり自分が中心なのである。
よって話が盛り上がるとは、相手と自分の共通認識ができ、その話をしている時といえる。
また、普通に人の話を聞いているだけの人では、なかなか、すぐに共通認識を作り、話が盛り上がる仲を作り上げることができない。なぜなら配信していないから。
そういう人はもっと自分のことを配信することを勧める。
ただ話を聞いている人は”そんなの難しい”と言うかもしれない。でも、そんなことない。
小さなことでもいいんだ。とにかく主張するんだ。バックに好きなアクセサリやキーホルダをつけるとか。
デスクに好きな雑貨を置いてみるとか。それがどんなに小さな主張でも、それに興味を持っている人は見つけてくる。そこから新たな出会いがある。
ブログをやってみたっていいし、オフ会に参加したっていい。

次からは”流れ”について
よく空気にながされるとかがある。常にながされていると、一般的に”人間は自分の事を制御することができる”ということが分からなくなる。だから、全ての行動が言い訳がましくなる。あの人が言ったからとか。自分の行動や発言に責任が持てなくなるのだ。
そういう人にはこう言いたい。一度深呼吸し、46億年の時を感じろと、それは今も地球が誕生した時からずっとつづいている。空気がそこにあることを感じろと。流れにのまれるな、逆に巻き込むくらいの意識で。
自分も同じような経験がある。発表会の時だ。スライドを重役の前で読むのだが、重役という勝手に作った相手のイメージにのまれてしまい、スライドを上手く説明できなかった。スライドに飲まれてしまったのである。ここで、一つ分かった事がある。それは、自分のイメージで自分で勝手に緊張してしまったということである。これを認識できたことは大きい。
認識できたということは、相手が分かったということだから。対策もできるようになる。認識できないうちは、何が原因か、どうしたらいいのかが分からず、焦るから。
それで、ここで言いたいのは、もっと、流れをうまく使えということ。
自分の現在でのスペック以上に頑張ったって、ぼろぼろになるだけ。
だからと言って、すぐにあきらめるのも良くない。
まぁ、疲れる前に休みなさいということです。もっと、流れを読んで、上手く。疲れてるときに頑張ったっていいアイディアは生まれない。負のスパイラルを生むばかり。
歌だって、無理して声を張るよりも、空気の流れを読み、流れに沿って体を使いだしたほうがきれいだし、遠くまで響く。

あと、きれいな服、清潔さ、いい笑顔は大切です。
会社行く前に家の鏡でチェックは大切。あと、トイレとかでもね。
やはり、きれいなもの。健康的なものにひとはひかれますから。

自分はひとにやさしくされたい。もてたい。友達を作りたい。という願望を持った人がたくさんいると思う。
子供から大人まで。

ただ、そうは思っていても、普段の行動が思っている事と矛盾している事がたまにあると思う。
マメな人になりたいと思っていても、メールをすぐ返さないとか。
たぶん、頭で一瞬分かったつもりになっているだけじゃダメなんだと思う。
自分の頭に刷り込ませるほど意識して無意識でも意識してるくらいにしないといけないと思う。
いつもね。
でね、色々な本に成功するためにはこれこれをしなさい!というのがあるけれど、そういうのは、たくさん項目があって、なかなかそれを全部意識するとなると大変で、結局一つも意識できずに忘れてしまうということが多いと思う。
だから、ここでは、全てに通じる一つの法則。常にこれを意識するのがいいのでは。

それで思ったのが、人間観の向上。
やっぱり、人間は何かあると、簡単な欲求に走るものだと思う。例えば、おやつとか。あれだって欲求でしょ。簡単に満たすことができる。そういうときは、本当におやつが食べたいのか何かから逃げたく、欲求に走っているのかを考えなきゃいけない。それは、心の隙間にずっとのこったままで、おやつを食べている間だけ、満たされるが、食べた後にはまた、満たされない不満だけが残る。
人間は自分がかわいい。基本的にはそうなんじゃないかな。表層ではそう思ってなくとも、無意識ではそうだと思う。
それを利用しないてはないのでは。つまり、自分ていう存在の幅を広げ、部屋も自分。職場もじぶん。家族も自分。友達も自分。地域も自分。会社も自分。県も自分。国も自分。地球も自分。宇宙も自分。草花も自分。という風に。
すると、やはり、自分なのだから、大切に扱うと思う。そこらへんにごみを捨てれなくなると思う。結局は自分を気づ付けているということになる。そこまで、思えるようになるととても穏やかな心をもった優しい人になり、次第に色々な人が周りにあつまるのではないかな。それもとても明るい人が。陽は陽となりスパイラルを形成するから。それはその人がその心をすてないかぎり、どこまでも高く、どこまでも大きく成長していくと思う。
そのはじまりとしての、人間観の向上だと思う。
大人は年をとればなれるものじゃないからね。
だから、僕は常に紳士でいたいと思う。そうすると、おのずとやるべき事がわかってくるのかな。