湖の堰堤上は、湖面から吹きつけるつよい北西風の吹きさらしになっていた。欄干にもたれてじっとしていると、みる間に体温を奪われて、歯の根が合わなくなるほどに寒い。
 アースダムの斜面は玉石の埋め込まれたごくゆるい勾配になっており、欄干をのりこえて斜面に腰を下ろしているカップルが何組かいた。いっとき風が収まったように思えても、湖水は広い範囲にわたって縮緬皴を寄せていた。下方から、チャプ・ジャボンともろく小波の砕ける音がする。
 ネオ・バロックふうの丸いドーム屋根の取水塔や、水道局管理所がある南端あたりでは、西からのうねりと北西からのうねりがひと所に集まり、白波を立てていた。からのペットボトルや木くずなどの漂着物が波に翻弄されて、ものうげな動揺を繰り返している。
 欄干から身を乗り出して下を覗くと、法面の水中に没している部分は一メートルほどしか視程が利かなかった。そこより奥は暗緑色に遮られて、あとどれほどの深さがあるのだかちょっと見当がつかなかった。もろく砕ける波にはさほどの力強さを感じないが、この堤体がおよそ千二百トンもの水圧と拮抗していることを想い馳せると、水のエネルギーにこめられた底知れぬ不気味さに襲われてくる。
 波打ち際からの連想だろうか。広大なもの、膨大なものにはじめて触れたときの、幼児の記憶がふと蘇ってきた。

 そこは親戚の子らと連れていかれた大洗海岸の荒磯だった。
 貝殻の模様一つひとつの違っているということが、たいへん深刻な意味を持っているように感じられる、そんな感性がまだどの子の内にも宿っていた時分。手にすくい取ってみた濡れて光る桜色の貝が自分と対等な重みに感じられ、そうと扱わなければいけなかった。
 潮が引いたあとの岩場に取り残された潮溜まりを、ぼくは長い時間のぞき込んでいた。年上の子供たちや兄は、浜で盛んに大波に挑んでいるのが眺めやれ、ぼくはやはり小さくて海に入ることのできない、黒い水着の女の子と一緒だった。
 空を映したまま何一つ動く気配のない潮溜まりに、かぼそい節足をソソと覗かせ蟹やヤドカリが姿を現す。それからおもむろに触手を揺らめかす、彼らの呼吸にぼくは息をつめて魅入っていた。
 女の子は入りくんだ磯のこんな所にまで、と思われるような岩の隙間のごくゆるい波の上下に、青白い足首を浸せながらじいと沖合を見つめていた。ばた足の練習をしている二人の姉をそれとなしに気にしている。そんなそぶりを見ていると、本当なら年上の子らと遊びたい、女の子の気持ちがぼくにつまらなく察せられた。
 ウン、と前屈みになって、両肘までを思いきり海中のヤドカリの潜むくぼみに差しこみながら、ぼくは広大なものの意思をおぼろげに感じ取っていた。女の子が目を大きく見開いて沖を見つめているのも、かなたに蠢いている凶暴な潮のうねりや深海を、恐ろしく予感しているのに違いなかった。
 そうしたぼくの憶測は年を経るにつれ確信に変わった。広大なもの膨大なものを目の当たりにして、まずは脅威の及びそうにない安全な場所へ女の子は本能的に避難する。そして海原に動揺している波のうねりの起こりについて、もしくは水平線を越していく方法なぞをわりと冷静に思案している。海と山とにかかわらず、いざとなると度胸をすえていくらでも泳いで行ってしまうのも、そういう類の女の子だった。

 堰堤からのぞむ湖水の果ては、藤紫色をした奥多摩の山々が夕映えを浮かべて華やいでいた。
 地平線を限りこまやかな鋸歯を引いている、山並みの一部は雲と交差し灰がかった藍にかすんでみえた。噴煙のような雲の上段には、さらに野太い長大な雲が棚引いており、それが熟考している哲人のごとき賢しらな顔形にかいま見えた。陽は地際の雲にさしかかり、没する間際とろけるような茜に煮え立った。
 雲が切れ、ほのぼのとした朱を滲ませている遠い山容の上空が刻一刻いろどりを深めていくさまを見つめていると、山のかなたに予感される、いまだ眼にしたことのない展望が少年のように胸に膨らんでくるのだった。けれども一方でまた、期待を抱きながら事あるごとに裏切られた少年時代を自分は苦々しく回想するのだ。童心を一顧だにせず踏みにじる、大都会の横暴に幼いころから馴れてきた自分には、何か期待に膨らみかけるととっさにそれを打ち消してしまう、ひねた性分が身内に宿ってしまっていた。だれか一人が夢見たことは、すぐに周りの少年たちに伝播して、寄ってたかってないがしろにされてしまう。逆にそうした高望みしない、病的に冷めた気分が都会の少年たちの根深い部分に底流していた。
 陽がすっかり隠れたのちにも、山の端の雲は淡紅色に染まりつづけた。反対に東の空はひとひらの雲なく、すでに夜の領域で濃紺に冴えている。このとき、残照のはなつ深紅のにぎわいと、濃紺から青に染まっていく夜の先端との狭間に、この世の色調とも思われない、水彩をうすく引いたようなエメラルドグリーンがほのぼのと浮かび上がった。
「ああ……ブロンズ製のみどり色の夕焼け!」
 あのかすかな色合いはあと何分もつのだろう。
 うす緑のなか躍動しているのは、幾人かの少年たちだった。どの子も透明な雲のきわ同様にふちどられて、まるで神話をまのあたりにしているように健やかだった。見覚えのある校庭の三本のイチョウを駆け抜けていく、少年たちは宛然として十年も昔、確かに存在していた自分の分身に違いない。けれども考えもなく今日まで漫然と生を喰いつぶしてきた自分には、今があの童心のなれの果てとはどうしても思えなかった。声をかぎりに呼び止めたいが、どうしても会話が結ばれない。それは蔦葛のようにこの心身にはびこってしまった針金の束と、やわな繭の糸で紡がれている、初心の感性とを懸命により繕うとしているかのような愚かさだった。
 余光の紅ににごりが生じ、あわい緑の感じが薄まるにつれ、そこでの遊戯に熱中しつつ少年たちもまた遠退いていく。
(……まるでターナーの、ペットワスの夕暮れのようだ)
 鎮静した気分のままに瞳を閉じると、眼底にしみのこっている薄緑の残光がどっと心の側に流れていった。余光はついに濃紺に吞みつくされて、頭を上げると湖岸の森の意外な方角に金星が高々と打ち揚げてあった。

 ぼくの触れている世間とは、互いの思惑にあまり深入りしたがらない、互いの立場を尊重した大人同士の付き合いだった。昔の級友や両親のように相手の臓腑をえぐり取るような肉薄した関係では決してない。他者を受け入れる臨界点がきちんと定められてあって、土足での立ち入りを頑として拒む。希薄だが、一面アッサリしており必要以上に強要されたり脅かされるようなこともない。有体に言って仕事さえ真面目にこなしていれば世間から文句を言われる筋合いもなかった。他人の目のそんなありきたりな性向になれてしまうと、仕事の内容を退屈に感じ出していた自分には、今の暮らしが金銭を稼ぐ以外、ただ世間体を慮るだけのものでしかないように思われて来た。
 出社時刻の八時半を刻む時計の針を眺めながら、今ごろはさだめし苦い顔をしているだろう工場長や職工たちの顔が思い浮かび、胃の焼けるような悔恨に苛まれる。一時間もそうした罪悪感に苦しむと、心の置き所を求めてぼくは八国山の雑木林や狭山丘陵へ分け入っていった。木洩れ日を浴びながら、ベンチに一人思うことは、
(出勤して汗して働いてる自分も本当なら、林で緑の息吹を嗅いでいる、今の自分もまた現実のものだ)――そんな感懐だった。林間に差しいる光線の清浄な感じに打たれ、葉裏から透かしみる緑にそまってしまうと、平日のその時刻、広大な緑地帯には人影すらなく、都を離れひとりそうして深呼吸している自分の存在がつくづく不可思議に思われてきて、愉悦の笑みをこぼしたりした。そうして週末となると狭山丘陵に飽き足りず、奥多摩の山々にまで分け入るようになっていた。
「おめえが休んだ分は、誰かが肩代わりしなきゃならねえ、そうすっとそいつが抜けた分、全体が迷惑すんだ。こんな十四五人でやってる町工場で、納期の予定が立たないんじゃ仕事になんないってことぐらい、おめえだって解ってるだろう」
 無断欠勤をした翌朝、工場全体にとどろく声で、ぼくは工場長に幾度どなられたか知れなかった。
 肉体労働がいやなのではない。機械油の染みた作業服は誇りに思う。ともに働く職工仲間はつき合ってみると誰もこだわりのない、気さくな連中ばかりだった。作業中は手にしている製品に没頭しているのでよけいな考えの浮かぶ暇もない、そうした境涯に身を置くことは、知らず人間が磨かれて心身の陶冶されたような快さがあった。
 けれども――同一の工程を無思考のまま繰り返していると、それ以上摩滅されることを拒み抗う、もう一人の自分がうっすら影を現わしてくるのだ。
(この職場でおまえは彼らと運命をともにして、それで生涯を閉じるつもりか)
 無意識裡からのそんな声がぼくの胸をふさぐのだった。会社に籍を置き仲間ができてくると、なるほど人々の自分を見る眼というのができてくる。自分に対する世間の評価が見えてくるにつけ、逆にぼくの側からも、仕事や世間を見る目が固まってきたのだ。するとそこに何ら新味を感じない、今の職にいる理由がぼくにはわからなくなった。工場長や先輩たちを裏切る形になってしまう、その不義理以外に働く理由が見つからない。ぼくはまだ世間のたった一つの窓を覗いたに過ぎなかった。この職一つをもって世間の代表とみなすわけにもいかないだろう。自己の完成といって、胸を張るにはあまりに狭量な視野に過ぎる、安住するにはあまりに自分は若すぎると思った。
 無断欠勤が三日目を過ぎた先週、とうとう工場長が『高嶺』にやって来た。階下から声が掛かり、縄のれんをぼくがくぐるや第一声、「ばかやろうっ」と工場長に大喝された。
「女将の心配してるのも知らねえで、会社のみんなには迷惑かけて、ああして俺が怒鳴ったっておめえはいつまで経っても悔悛しねえ。これまでさんざおめえには情けを掛けてきたのにそれを屁とも思っていやしねえ。これ以上は俺だって、庇いきれねえってことよ」
 工場長の谷さんは呑みに出るとき、いつも小綺麗な格好に着替えてくる。その日も白のスラックスにアイロンの利いた黒い開襟シャツを着て、工場にいる時とは別人のようだった。
「もうおめえのツラは見たくもねえ。明日から会社に来るにはおよばねえから、山でも外国でも好きなところにとっとといっちまえっ」
 言いながら、それでもまだ腹に据えかねたらしく、ぼくの襟首をつかんでぐいぐいと締め付けてきた。
 世間の寛恕の限界を、ぼくはついに越えてしまった。

 湖はもはや、夜空とは判別しにくい黒灰色に沈んで見えた。
 上空の無窮の引力と対照に、湖水にはコンクリートのような冷たいおののきが感じられた。
 無窮のものと抑圧されたもの、この異質な両者を双肩に担い、景観の均整を保っているのが両岸の漆黒の水源林だった。気をそらさずに見入っていると、漆黒と思っていたその内にもさらに深い棒状の闇が、幾本も樹幹を浮き立たせており、そこは直視するにはあまりにそら怖ろしい領域だった。
(結局自分は美しいものを信じていくより仕方がない)
 それとてもここ二三年、迷うたび縋りついてきた考えで、すでにだいぶ色褪せてきていた。一体ここの景観は、土木工学の徹底した計算に基づいて自然を模した造形美であるか、それとも地勢を生かして人間の利便に供した天然の眺めであるのか、そのどちらとも取れる中途半端な景観がキリコの絵画でも見ているようにもどかしかった。
 濃紺の空と、湖水の果ての落ち合うあたりに、三つの光点が真横にチロチロ移動している。貯水池の上湖と下湖を分ける、中堤をゆく車のヘッドライトだ。湖岸の森の奥深い沈黙をそろそろ不気味に感じ出していた自分に、それは葉末を匍匐するテントウ虫ほどのつつましさで、どこかいじらしいものに瞳に映った。
(人間は――これほどの距離を置いてであったら、許しあえるものか)
 あの堤からなら、西の方角にまだ残照が眺めやれるのではなかろうか――そうした思いを引きずりながら、ぼくは湖と反対側の欄干にもたれた。
 眼下には、狭山公園の木々の樹冠が夜目にも鬱蒼として見渡された。外灯のあるあたりの葉群が沁み入るような若緑に照り映えている。樹冠のうねりの向こう側は、多摩湖町から本町へかけての、市街地のおびただしい燈火が見はるかす果てまで眺めやれた。
 日中はいやでも摩擦を生じてしまう人々が、家という定理を与えられて一人の漏れもなく帰納している。今日一日に起きた猜疑、憎悪、軽蔑、断絶、もしくは信頼、尊敬、熱愛、和解、それら幾万の情感たちが各戸の窓明かりに遺漏なく納まっている。こうして遠望していると、あの信号機という社会的拘束すらもいじましい。
 瞳を閉じる。そして頭の中の視点をぐんぐん上昇させる。欅の梢の高さまで。関東を望む雲の高さまで。皇居の小暗い心臓部を中心に環状線の光跡が視認され、環七から外環道にいたる幾本もの光環が連なっている。新宿、渋谷、池袋といった大都市には、とくににぎにぎしい結束部が光を放ち、都心からは東名……常磐道にいたる大動脈が、決然として地方都市に向かい進展していく。山間部に分け入る毛細血管の新たな息吹。それはまったく各部位の細胞を増殖させる、有機体そのものの姿だった。
 鉄橋をわたる鈍重な響きに、ぼくはそっと眼を開いた。 武蔵大和駅にすべりこむ列車の明かりが木の間越しにかいま見える。そうだ、高速道の動脈を震わす物流の流れは、まるで脳内のニューロンを伝うパルスのようだ。ところが眼前を行く車窓には、膨大な記憶をもった大脳たちがいくつも、いくつも運ばれていくのだった。その途方もない比較に、ぼくはこめかみに疼痛を覚えた。列車から吐き出された人々もまた、いずれこの夜景の窓明かり一つに帰納する命運をもつ。
 試みに、列車の鉄軌を思い浮かべ、そこに数百トンの重量でもってばく進してくる車輪とのきわどい接点にこの身をさらすと、一瞬後にとび散るであろうぼくの臓腑の惨状が、ひいやり瞼に彷彿された。
 ただ、それだけのことなのだ。夢かとばかり思われる明かり窓一つひとつの命運もまた、今日の都市の発展、さらには天体の運行に抗うことなく依存している。地際近くのかすかな燈火は星とおなじに瞬いて見え、自己の存在証明としてつつましく煌めいてみえた。この明滅を永続するのが有機体としての悲願であるのだ。
(たった、それだけのことが自分にはならえなかった)
 ぼくは悄然として、ふたたび街の灯に背を向けた。

 腕時計のボタンを押すと、液晶画面に7:05の表示が浮かび上がった。丘陵をわたる初冬の風は収まる気配もなく吹きつけてくる。身体がすっかり冷え切ってしまい、ぼくは気を紛らわすのにザックからウォークマンを取り出した。
 頭の中でつややかな管楽器のメロディが奏ではじめる。カセットはリーモーガンの『CITY LIGHTS』だ。ブルーノートのジャケットと共に三年前、文京区のジャズ喫茶『ホワイト』で交情を温めた、浪人生たちの顔が思い浮かぶ。彼等はとうに暗い浪人生活を抜け出して、大学生活に打ち込んでいることだろう。あの頃の停滞した空気を自分ひとりが未だに引きずっているのかと思うと、この三年間に彼等との間に穿たれた溝の深さに、ぼくは凝然とせざるを得なかった。

 昨年の暮れ、工場での仕事納めの大掃除が済んだあとに、ぼくは久々に文京区に帰郷した。なつかしい『ホワイト』の扉を押すと、高校時代の級友だった軽部が驚いた顔をして片手を挙げた。現役で私立大の工学部に合格した軽部はすでに大学四年生になっていて、一足先に社会人として給料をもらっているぼくをしきりに褒めた。そして職工として働いているぼくの日常を事細かに聞きたがった。
「会社に入れば保険証をもらって,だれだって社会人になれるんじゃないか」ぼくは憮然として、日々の単純作業がいかに退屈であるかの不満を洩らした。実際ぼくには社会人としての自覚はみじんもなかった。すると軽部は、「働いて金を稼いでいるだけで立派なものさ。なに、捲土重来だ」と学生らしく鷹揚に答えた。ぼくはそのころ家賃の支払いで首が回らなくなっており、金の無心に実家に帰っていたので、内心ギクリとしながら意味を問うと、
「将来、何をするかを見極めるために、学生の四年間はあるようなものだ」と彼は言う。「研究室に残る者も何人かはいるが、そういう頭脳明晰な連中がうらやましいよ」そう呟きつつ、来年に就職をひかえた彼のどこにも焦りらしいものは感じなかった。困窮のあげく、蒼白な顔をして帰郷したぼくに比べると、充実した学生生活を暮らす彼の頬はつややかで、どことなくまぶしくぼくは感じた。
「いま、卒論を書いてる最中なんだ」照れ臭そうにいう彼には、学問に励む者の知的な品位すら窺われる。昔の級友と吞むビールはうまいものの、会話の端々に否応なく彼の優位が覗かれるのだった。つまり軽部は三年前と変わりなく、いまだに学歴社会の上位地に列席していた。そう考えることがこちらの卑屈からくるものなのかどうか、ぼくは快活にふるまう彼の微笑の真意を測りかねた。
「俺のまわりの同窓生も、いろんな抱負や理想を抱いているよ」
 彼の言葉を聞いたとき、ぼくは確かに以前なら無限大のように想像していた社会全般が、みるみると小さくなって郊外の町工場の四角い倉庫に閉じてしまった、そんなわびしさを覚えた。一方で軽部はいまだに世間全般、もしくは世界全体を睥睨している。両人の間に生じた違和感はそこら辺にあるようだった。
 郊外へ越してからというもの、ぼくは四六時中を日々の糧に追われ、最低限、暮らせる金があるなら昇給にも高級車にも関心がなかった。丸一日汗して働いてビールをあおる、肉体労働者としての愉悦にどっぷり充足していたので、理想などということは考えたこともない。モラトリアム中、などと自嘲しながら、理想をかかげた大学生の軽部からすると、ぼくなぞ地虫のようなものではないか。理想とは、分厚い書物を前に熟考を重ねた者にして、はじめて得られる概念であるのか。学識と思索が必要なものであるのなら、月々の支払いに追われて機械油にまみれている僕の生活の、どこをひっくり返しても理想の文字は出て来そうにない。
「おまえは理想をもっているか」――その晩、『ホワイト』で暗にそう迫ってくる軽部に対し、ぼくは当惑して俯いたまま、顔の赤らむのをどうすることもできなかった。

 堰堤の遊歩道のゆく末はすでに溶暗にまぎれてしまっていた。
 東の眼下景には街の灯がきらめいている。西には縹緲たる夜の湖が横たわっている。ここの場所はじつに人工と自然との境界上だった。
 ヘッドフォンから流れるトランペットの、高らかに奏でるメロディに頭を挙げると、北の空を壮大な光の大輪が彩っていた。いくつもの明かり窓をぶら下げながら夜空を巡っているのは遊園地の観覧車だった。頭の中で鳴り響くワルツに合わせ、客車は金星の右脇下をごくわずかずつにせり上がり、下降していく。
(日々の暮らしに飽き足りず、あんなものを作り出すなんて)
 この堤の延長上に、観覧車がひとり夜空を彩っているのを目の当たりにしたとき、ぼくは救われたような気がした。けれども自分はいつまでも、この同一軌道上を周回しているわけにもいかず、いずれ東か西かのどちらかへ赴かねばならなかった。
 同世代の者たちと隔たってきた、三年間という歳月の谷間をぼくはみつめた。そもそも都心を離れて郊外へ越してきたのも、自分の意志からしたことなのだ。そこにはただ一筋、都心を始点に郊外を指さす野太いベクトルだけが刻まれてあった。この堰堤はつまりぼくにとって、世間の出口、自然界への入口なのだ。胸中の方位磁針はひたむきにWESTを志向していた。
「さらに西へ……」
 このとき、都心のビル群と対照に、奥多摩の重畳たる山並みと、その向こう側にそそり立つ大菩薩連嶺の白銀の峰々が油然とぼくの胸中によみがえってきた。

 堰堤を行きかう人の姿はとうになかった。
 暗がりにするささやき声は、どうやらカップルたちの睦言であるらしい。彼らは数メートルずつの間隔をおいて欄干に寄りそっているらしく、気がつくとぼくはカップルたちのほぼ中間点にいた。驚いて自転車を引いて立ち去ろうとすると、ぼくが近づいた分、隣の黒い影がおもむろに向こう側へ移動した。不快なので委細かまわずそちらへ行くと、カチリと携帯のひらく音がして、白い薄明かりのなか男の方が敵意にみちた眼でぼくを睨んだ。
 この街に越して以来、叩かれっぱなしだったぼくは、このときムラムラ抑えがたい激情を催した。ぼくの両腕は三年前よりだいぶ逞しくなっている。
「なにか用か」
 言いながら、こちらも腕時計のランプを表示して凄んでみせると、女が男の腕を引いて数歩さらに後ずさった。すると、このカップルがずれた影響でひとつと隣のカップルもまた、暗がりのなか向こう側へ移動していく。結果として、ぼく一人が抜けたせいで堰堤全体のカップルが算盤玉をはじいたように横に移動していた。
 ぼくは暗然として、彼らの保っていた間隔がいかに微妙なものであったかを痛感した。なるほど永遠の愛を語らう恋人たちにとって、夜の湖は格好の居場所であるのに違いない。
「西へ行こう――あの雪煙の舞う峰々へ。ぼくの理想といえばあそこにしかない」
 自転車にまたがると、肩肘を張って両翼の肩甲骨をそびやかし、ぼくはいくつもの恋人たちの影を翔びこえていった。
                                             
                                                (了)