楽、天にあるを見るべし。

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パートナーは、アプリを開発している、

パソコンのプロである。

定年後も働かざるをえない事情がある。

高齢出産のため、子供の養育費、教育費を

稼がなければならない。

60を過ぎた体に鞭うって、

日々頑張ってくれているのだが

一向に仕事の依頼がない。

 

私は、デジタルのことはさっぱりわからない。

このパソコンも夫のおさがりでもらい受けたものだ。

デジタル機器にうとい私には、こだわりもなく、

使っているのだが、

 

最近マカフィー、グーグルマップ

などがやたらに更新しろと画面に表示される。

 

あれ、更新しているはずなのだが・・・?

 

パートナーにそのことを聞くと

私には、ブレイブというソフトがあっているのかも、と言った。

なんでもそのブラウザーには広告が非表示である、とのこと。

 

ところがどっこい、

私には何がなんだか、さっぱりわからない。

パートナーはそんな私に丁寧に説明をする。

ダウンロード終了、Facebookを開こうとすると、開かない。

パートナーの登場。

なんやかんやで、やっとFacebookを使用することができた。

初心者向けの講座は開かないの?

 

パートナーが望んでいることと

初心者の私の考えには、差がありすぎた、と感じた

 

 

隷書を学にあたり、5号の筆を何本かそろえた。

ところが、1年後くらいだったか、それ以上か、割れ始めてきた。

筆も価格がそれなりにしていたので、新しく購入するには

ためらわれた。

そこで私は、3号の筆を使用することにした。

その筆も実は割れていた。

その筆に根元から1㎝弱のあたりまで、

タコ糸を巻き付け、使用している。

5号の筆よりも扱いやすい。

墨汁はたっぷり筆にしみこむし、

筆先で書くので、5号よりむしろ扱いやすい。

なにより、新しく購入しないで済んだ。

これが何よりもうれしかった。

作家の三島由紀夫さんは

私たちに何を訴えたかったのか、

それがはっきりわかったのはごく最近のことでした。

昨年、近くの音楽ホールで無料で

和楽器の演奏がありました。

客席にはごくわずかな人だけが聴きにきていました。

しばらくして、またそのホールにて

無料のミニコンサートが行われました。

今度はヴァイオリンとピアノです。

大勢の人が集まり、立ち見客までいました。

 

その光景をみて、また、最近の世界情勢、

今までの日本の政策、教育の在り方について、

三島由紀夫さんは国民にこう述べたかったのではないか、と

はっきりとわかるようになりました。

 

日本という歴史の古い国では、神話、古くから伝わる民話、

そして、和楽器、など伝統のあるものが多いです、

ところがそれが、敗戦後の日本が西洋文化をとりいれ、

日本の伝統文化がすたれる、とまではいかないものの、

日本人にとり、大切な文化が西洋文化に押しつぶされ、

三島さんはそのことを危惧したのではないでしょうか、

と私なりにとらえるようになりました。

先日「美の壺」で和楽器が紹介されました。

現代風にアレンジされた箏の演奏、和太鼓が

紹介されていました。

 

今抹茶が世界的に話題になり、人気になっています。

行き過ぎた西洋文化に歯止めがかかっているのでしょうか?

日常に着物をとりいれよう、という人も

SNSでちらほら見かけます。

 

「みんな全員右へ向けと言ったら右へ向くんだ」という

ことへの変化が起きているようです。

 

行き過ぎた行為もあるていど行くと、停滞します。

そして、そこから、また古き良き、伝統へ目が向けられ、

そこから、新しい風がふきこみ、新しいものと合流し

新しい形となっていくことでしょう。

ただし、伝統の基本のキは、動かず、ただ表面だけが

変化して伝わっていくことでしょう。

 

私たちは今、行き過ぎてしまった過去を再びもとに戻そうと

しているのではないでしょうか。

なぜかそんな風に私には感じられます。

 

 

 

「診察室に入ってください」と医師にいわれ、私たち夫婦は入った。

目の前には診察台に寝かされている子供の姿。

点滴が打たれていた。

医師の”ぐったり”という意味が子供の状態で

理解できた。体に力が入っていない。

顔は横になっている。

私は何がどうなっているのかわからなかった。

 

「これからお子さんをS病院まで救急搬送します。」

という医師の言葉に

私は不安がこみ上げた。

S病院は名前は聞いたことがあるけれど、

行ったことがない。

行動に制限(パニック障害は行動障害の病気です)

のある私がその病院まで毎日行くことができるだろうか?

不安が増した。

「先生、市立病院がもうひとつのかかりつけです。

市立病院にしていただけませんか?」

私が受診している病院の名を言った。

子供もそこで産み、

低体重だったので、新生児のフォローで通院していた。

看護師さんが受話器をとった。

「お母さん、今から市立病院に連絡しますが、

市立病院の小児病棟に空きがなければ、

個室になりますが、それでもいいですか?」

「はい。」

それが何を意味するか、金額のことしか私は頭になかった。

 

やがて救急車が到着

エレベーターを降りるとき、

子供が意識をとりもどしたのか、

目をぱちぱちさせている。

「あっ、意識が戻ったみたいですね」と医師。

私は、不安とこれから何が起きるのか、

わからなくて、頭が混乱していたが、

子供の症状が前より、よくなっていることに安堵した。

私は吐き気、めまい、腹痛、の症状を抱えながら

10年間学校に通い続けた。

親に症状を訴えても「どうせ神経だから」

と言われ、それ以上親に何を言っても無駄だ、とあきらめ、

疲れた体に鞭をうち、見えない杖をつきながら、

登校し続けた。

過敏性腸症候群のガス型も中学生のときに発症。

いじめにもあい、親、担任に訴えても

何もしてくれない。

学校をやめたい、と言っても

「行け」の一言。

「大学に行ってくれ」

「この男と結婚しろ」

私が希望する者は、すべて却下。

20代半ばでとうとう無理がたたり、

パニック障害に、この病気は

不安、恐怖、行動制限、

電車、バス、美容室

など逃げ場のないところが怖い、

玄関から一歩でることが怖い、

地下に降りれない、

しかも、うつ病も発症。

地獄を垣間見た人生だった。

親はそんな私を無視した。

歩く練習からした私は

1年後、自分の力で、精神科の門をたたいた。

最初は心療内科にいったが、相手にされなかった。

精神科にいったら、

「あなたの症状は心療内科の域を超えている、精神科だ。」

と言われた、発作にみまわれ、

拒食症にもなり、親からは口うるさく

「また、寝ている」「病気を治す努力をしていない」

「家にいるな」

拒食症の私をみて「飢餓にあえる国にいけばいい」

「化粧もしないで」「老けた顔になった」

心無い言葉の暴力にさらされた。

病気の私を強制的に見合いさせ、

「お前はこの男と結婚するんだ」

ある日の夕方、突然それは訪れた。

子供が突如嘔吐しはじめたのである。

腹痛もあり、便座に座る子供。

嘔吐も止まらず、

それを片付ける私。

夫に連絡を入れて、

会社の仕事そっちのけで

途中で帰宅してもらった。

車で近くのクリニックへ。

診察を待っている間

子供は父親に抱かれながら、

眠ってしまった。

 

診察室へ呼ばれた。

医師が私に

「ぐったりしたのはいつですか?」

突然の質問に私は???

「ぐったり?」なにそれ。

「あのう、”ぐったり”というのは、”眠っている状態”のことですか?

「そうです。”眠った”のはいつですか?」と医師。

待合室で待っている間です。

家で突然吐き始めて、夫に連絡して、クリニックに連れてきました。

待っている間に、眠ってしまったので、ああ、眠ったな、と。」

「じゃあ、時間はそんなにたってませんね。」(医師)

お母さん診察室から出てください。

「えっ」

診察室から私がでると、

看護婦さんが走って、何かをしはじめた。

その様子を見て、私は心配でいてもたってもいられなく、

診察室の前をうろうろ、

何が起きているのかわからない状態だった。

医師から呼ばれた。

「これから救急車でS病院に運びます。」

時間にたえたものを読みなさい。

ある方がそう講演会で述べた。

源氏物語は、

時間にたえぬいた、

今でも人々に読み継がれている本。

訳本もいろいろ、

与謝野晶子 谷崎潤一郎 円地文子 

巨大な作家の方々がこぞって

訳本を出版されている。

 

私は瀬戸内寂聴先生の訳本を全巻集めた。

 

しか~し,1巻のはじめのほうを読んで

何十年・・・・

だって、大和和紀先生の

「あさきゆめみし」の漫画のほうが

読みやすかった。

活字になると、とたん読む気力がダウン(とほほ)

 

最近になり、ようやく、「若菜」から

読みはじめてみた。

 

おお!こりゃ面白い。

そっか、源氏物語というのは、

「あさきゆめみし」を

読んだら、

「若菜」から読むのが正しい読み方だったんだ。

とわかった今日この頃である。

 

 

 

 

伊豆の踊子 や 雪国 などの作品を発表した文豪 川端康成。

「伊豆の踊子」読んで、どこがいいのか、わからなかい。

ガッコの先生は、その内容の、主人公の生きる強さ を話してくれた。

 

面白いのなら面白い、 楽しければ楽しい。それだけでいいじゃん。

若くて未熟だった、今までの人生。

今、ようやく、今までよく頑張ってきたな、

私はこの人生でよかったんだ、と思えるようになってきた。

 

 

美容のコマーシャルを見ていると、

美肌を強調するのはよい。

しかし、

人というのは、

動くものに視線が行く

特に口元。

歯列矯正していない、

下の歯並びが気になって仕方がない。

上の歯並びは美しいが、

下の歯並びがきになる。

なんで上下ともに歯列矯正しないの?

お金に余裕ができたのなら、

歯科矯正をすることを

私はすすめたい。

歯ならび、というのは健康にも影響がある。

無理やり、は続かないが、

大人になって、歯並びが気になったら、

お金に余裕ができたのなら、

肌を美しくするのも大切だが、

ぜひ歯列矯正をしたほうがよい。