本当に・・・・いつぶりでしょうか、文章を作る場が減ったのでまたブログを更新していきたいと思います。
これからはわたくし個人の日記だと思ってください。
人に語り掛ける形になりますが、わたしの日記はそんなものです。
傷つくのはもう終了したのかと思いましたが、まだまだ傷つくようです。
地元にいたら変わらなかった自分ですから変わるのは価値のあることだと思います。
わたしの中に飛び込んできた人は「若いうちに傷つくように」と言いました。
その人はわたしとは違います。
破壊と再構築、今は今あるわたしを破壊しようとしてくれているのでは、と思いましたが、懐に飛び込まれた感じで度肝を抜かれています。
会って間もないのにすごいですね。
それが持ち味なのかな・・・・
引っ掻き回されるっていうのが的確な表現かと思いますが、悪意とかはなく、それだけ影響をあたえることができる、人のことをよく見ている人、まだまだ変われるのかもしれません。
過去に「自分のことを激しく嫌った」ので、もう二度と嫌いになりたくないと思っています。
でも、それが事実ではなくなるのかもしれません。
味方がいないのが嫌だと思ってしまうこと、一人でも生きていけるぐらい強くなること、いつでも自分の味方であること、たくさんのことを決めました。
どんな時もわたしだけはわたしの味方でいること、誰よりもわたしを好きでいること、これがわたしの核になりました。
母が何かの時に「家族だけはどんなときもアナタの味方だ」みたいなことを言いました。
実感しました。
少し安心しました。
それでどんどん開けました。
でも、それは人のことを認められなくなった、ということになってしまうのかもしれません。
自分のことを好きでいたいから誰かと比べた時に「劣った」と思うのが嫌です。
そういった意味では他人のことばかり気にしているのです。
気にするのをやめたらいい、それができたらやってますよ。
気にしない、考えない、というのが苦痛なのです。
他人が脅威の存在です。
わたしは心の底では人を馬鹿にしているのかもしれません。
具体的なものは出せませんが、きっと言葉の端々に出ているのだと思います。
うっすら感づいてはいましたが、自分のことを嫌いになるのかも、と思ったのでこのままでいい、ということにしました。
一人で生きることができる強さ、が欲しかったので・・・・
自分のことを好き、というのは「強さ」につながるから、とにかく強くありたいと思いました。
それでも人のことを尊敬することはあります。
が、たまに、で、皆無。
変化をあまり恐れない、というのがわたしの持ち味でもあったわけですが、やっぱり恐れてしまいますね。
激しくびびっています。
しかし、その先の景色を見たいとも思います。
これから足掻きますよ。
自分をかばう表現ばかりで見苦しいですが、ここまでがわたしのできるぎりぎりのラインです。
これから変わっていけますように・・・