ねばならぬが多いと人生は苦しくなる

 

そんなことは、なんとなく理解できている。

 

だから、ねばならぬは、た〜くさん手放してきた。

 

むしろ、細かいことは気にしない。

 

他人のことなんて、全く興味ない、

興味を持っても一瞬で忘れてしまう

といった、人に成長した。

 

 

 

だけど、自分に関しては、捨てるべきものすら見えていなくて、

人生は積み重ねだからと、

むしろ背負ってきていたことに最近気がついた。

 

 

特に仕事のスタイル。

 

何でも真剣にやることさえできれば、

結果がついてくる

ということを過去の成功体験から学んでいたから、

 

 

大人になって環境も状況も全く違うのに、

同じセオリーで動こうとして、自分が思い通りにならなくて

自分を攻めていた。

 

 

言い訳を探して、

その言い訳をしている自分を、なんとなく嫌だなーと思って、

 

どんどん自分が好きじゃなくなっていった。

 

それと同時に、過去がどんどんキラキラしたものに美化されていった。

と思う。

 

 

適当に遊んでいたけれど、勉強はなぜだかできて苦労した記憶がない。

だけど、実はこれは、私には生存競争で勝たねばならなかった真面目な姉がいたから、

姉よりよくあるために、自然とわからないことはわからないままにしなかった。

自然に勉強していたんだと思う。

子どもの頃に生存競争のためなんて自覚はないから、

私の記憶には、勉強はしなくてもできたになっている。

 

 

社会人になってみれば、

挫折もたーくさんあったのに、

 

あー、あの頃は自由だったなー

あー、あの頃は、お金も時間もそれなりにあったなーなんて。

 

 

深夜遅くまで仕事をしたり、

先輩にいびられたり、

嫌なこともたーくさんあったけれど、

その記憶は薄れて、

良かったことだけが、記憶に残っている。

 

 

人って、基本的に変わらない・・・と私は思う。

変わるのは、記憶だ。

 

その時の自分の都合のいいように

記憶は変わる

 

辛かった経験でさえ、

あの時があったからと書き換えることができる

 

楽しかった記憶も

あの時があったからとなるか、

あの時とはよかったな〜と捉えるか、

冷静にその時の裏の気持ちを思い出して見るとか、

 

過去の出来事を

どんな記憶として捉えていくか、

今どんな記憶にしていくかで、

どんな記憶にしたら嬉しいか、

 

どんな角度からその出来事を見つめたらいいか?

そんなふうに、

今までとは違った角度から、過去の経験を見つめてみると

 

物事の捉え方が、あまり変わってない自分に気がついたり、

今の自分に満足できてないなとか、

もっとこうすればうまくいくはずと頑張りすぎて苦しくなったり、

自分が嫌だなと思うことの原因が見えてくる。

 

 

気づけたら、一歩違った世界が見える

 

そんな風な気づきがありました^^

 

 

 

 

 

*久しぶりの更新になった言い訳

目の前の仕事に追われていた

新しいことをまた始めてしまった

じっとしていられない性格

だけど、やっぱり戻る場所はマインドが全て