上の子のことについて、書き留めておきたいなと思う。



赤ちゃんの頃は本当に人見知りが酷かった。生後4か月から始まり、そこから数ヶ月は上の子を連れて外出が一切できなくなった。親以外の人間の気配を感じると狂ったように泣くから。そして帰宅するまでずっと泣き止まない。スーパーにも行けない、どこにも行けないから誰にも相談できない、あの時期が一番初めの鬱期だった。




毎日毎日毎日毎日ずっと家に赤ちゃんと2人きり、とにかく一日中抱っこしていないとずっと火がついたように泣いていた。

そんな赤ちゃんだったから稀に祖父母や親戚に合わせると当然狂った様に泣く。

そんな子をみて周りは「ずっとお母さんと2人きりの生活だからそんなに人見知りになったんだ」と言った。


このセリフは結構私に突き刺さり、それから私は娘を連れて支援センターや児童館の乳幼児クラブに挑戦する様になる。


当然娘は児童館や支援センターに慣れることなくずっと火がついた様に泣いていた。そんな娘を見て話しかけてくれようとする優しい人もいたが、なんせ相手が娘に近づく素振りを見せようものなら娘は超音波の様な声で絶叫して威嚇するもんだから誰も私達に近づけなかった。


遊びに出かけているのに、皆の輪から外れた部屋の隅っこで泣き続ける娘をあやすだけで終わる、私にとっても娘にとっても辛いだけの外出だった。


その頃は離乳食が始まっていて、またこれも地獄だった。娘は赤ちゃんの時から偏食で本当にご飯を食べなかった。毎日毎日ぐちゃぐちゃにされて捨てるしかなくなるご飯。

離乳食を夜な夜な作りながら、私はなぜこんな大変な思いをしながら生ゴミを作っているのか?と自問自答するくらいには全く食べなかった。

それは今もそう。


お風呂も地獄。新生児期からお風呂で泣かない日は1日もなかった。水が嫌いなのがずっとギャンギャン泣いていた。お風呂場は鳴き声がよく響くから耳がおかしくなりそうになる。これも今でも。


指差しができる様になったら毎日同じ服を着たいと要求する様になった。何をしても泣き止まないから手洗いしてドライヤーで乾かして着せたことが何回もある。


そんなこんなで一日中何もかも地雷ですぐ絶叫する赤ちゃんを抱えながら、私は赤ちゃんは皆こうなんだと思っていた。子育てって大変だなぁと。

実際娘は乳幼児検診にも一回も引っ掛からなかったし、おしゃべりなんかはむしろ早かった。1歳半くらいで、アンパンマンでながれる「おなじみしょくぱんまん」が2番まで歌詞を暗記して音程をしっかりとって歌えるくらいには。

指差しもしっかりしたし私や旦那とはしっかり目があったし、名前を呼んだら振り返った。だからちょっと神経質なだけで定型発育の赤ちゃん。

だけど

私の育休期間終了も迫り、ふと思う。この子は保育園に行けるのか?と。