Kyung Wha Chung | The Phillips Collection

 

チョン・キョンファ(Kyung-Wha Chung、1948年3月26日)は韓国ヴァイオリニスト。日本語表記は、チョン・ギョンファでも可。

 

楽歴

鄭は、2歳を過ぎた頃から多くの歌を正確な音程とリズムで歌いラジオの生放送に出演して7曲を1ヶ所も間違えずに歌った。

 

4歳の時にピアノを習い始めた。

ピアノはヤマハ製だった。鄭はピアノにはあまり興味を示さず、

姉のミョンファ(1944年生まれ、鄭より4歳上)が

小学生になってヴァイオリンを習い始めた時に、

鄭も一緒にヴァイオリンを習い始めた。

 

鄭は、ヴァイオリンのレッスンを2回受けただけで、小学校の

入学式で子供達が歌う歌を弾けるようになり、ヴァイオリンを

始めて8ヶ月目でコンクールに出て、3年間習い続けた子供を

抑えて入賞した。

 

小学校5年生で梨花女子高校のコンクールでメンデルスゾーン

曲を弾いて特賞を受け、「少年少女の夕べ」で、ソウル市交響楽団と

協演した。

 

鄭は、1960年に、文化使節団の一員として日本を訪れ、

伝手を辿って、日本の著名な音楽家や批評家の前で演奏する

機会を得た。音楽評論家の牛山充は

「驚いた。朝鮮戦争でついこのあいだまで廃墟だった韓国と、
こんなに美しい音楽をとても結びつけて考えることができない。
技術的に優れた子供なら日本にもたくさんいるけど、
こんなに感性の優れた音楽は初めてだ」と評した。

 

母と、既にアメリカ留学を果たしていた兄2人の尽力により、

 

チョンは12歳でジュリアード音楽院へ留学し、

イヴァン・ガラミアンに師事した。

 

1967年レーヴェントリット国際コンクールへ出場し、同窓の

ピンカス・ズーカーマンと同時優勝となる。

 

レーヴェントリット国際コンクールで優勝したチョンには

アメリカの各オーケストラから出演依頼が殺到した。

 

しかし、師のガラミアンの「10代のうちにあまり有頂天に

なって舞台に出るのはよくない」

というアドバイスに従って、鄭は演奏活動をセーブして、

スイスに住んでいたヨーゼフ・シゲティに師事した。

 

シゲティに師事していた鄭は、ロンドン交響楽団の常任指揮者を

していたアンドレ・プレヴィンから、ロンドンロイヤル

・フェスティバル・ホールで1970年に開かれる慈善ガラ・

コンサートへの出演の誘いを受けた。

 

鄭は、この演奏会で、チャイコフスキーの協奏曲を弾き、

慈善演奏会の評は載せないことが多いイギリスの新聞から

ジネット・ヌヴー以来、こんな素晴らしいヴァイオリ
ニストを聴いたことがない」
「満員のお客のしつこい拍手喝采以上の価値が本当に
あったのだ。果たしてハイフェッツがこれよりも巧く
奏いたかどうか、疑問に思う」

といった賛辞を受け、英デッカ・レコードと録音契約を結び、

年に100回以上の演奏会を行うトップ・ヴァイオリニストとなった。

 

鄭は、英デッカに多くの録音を行った後に、1988年に英EMI

移籍して、2011年現在に至る。

 

1984年にイギリス人の実業家と結婚。2人の息子の出産を機に

一時的に活動を休止する。

2005年より指のケガにより長期療養したのち、2010年に復帰した。2011年湖巌賞芸術部門受賞。

 

Kyung Wha Chung plays Tchaikovsky violin concerto (1972)

 

Kyung Wha Chung plays Sarasate Caprice Basque Op.24

 

 

The Four Seasons, Violin Concerto in G Minor, Op. 8 

 

Mozart : Violin Sonata No.28 in E minor, K.304 정경화 KyungWha Chung 

& Itamar Golan