こんばんは。

ミステリ案内の稲葉の白兎です。

脱獄に関するドキュメント小説
『破獄』

吉村昭
新潮社

これを紹介しますが
前回、
『脱獄王』を紹介しました。

題材は全く同じ

実際にあった脱獄の天才・白鳥由栄の
物語。

前回も書きましたが
脱獄は手段であって、目的にあらず。

ふとした殺人罪をきっかけに

殺人にふとしたもないけど、

この白鳥由栄には、
不幸なおいたちがつきまといます。

最初は真面目な豆腐屋だったけど、
博打の味を占め
犯罪に手を染め

捕縛。

そこで未決状態が長引き
最初の破獄。

計4回にわたり脱獄をやってのけます。

青森、秋田、網走、札幌

神業にも似た脱獄。
24時間体制のしかも独居房で。

『脱獄王』は、
素直に、
この人、すげーや

と思いました。

それだけでした。

ただし、人間は
スーパーではなく
どちらかというと、
非常に人間くさい、脆い人。

そして
吉村氏の
『破獄』は、
看守目線で描かれています。

白鳥の心理描写・人物描写は皆無。

正直、どこで息継ぎしていいのやら、
小説として微妙で、

味気ない

戦争関連の描写がくどすぎて
要らんなあ、と思ったくらい

こっちは白鳥自身の話が読みたいんだが‥

まあ、それはそれ。

看守側から描かれた脱獄劇。

なので、
180°違います。

脱獄王のほうでは
看守、嫌なやつ
虐待、半端ない

と思いましたが
こっちは逆です。

看守側‥職務に忠実なだけ。
何で白鳥、そんなワガママ押し通す⁈

少し狡猾で嫌な奴になってます。

腹立たしささえあります。

そして極め付けが
網走刑務所。

ここが自給自足の農業刑務所の顔を持つ
監獄だって、
改めて知った訳ですが、
稲葉の白兎めも
そこを見学し、農作業のある
特殊な性質を帯びた施設だとわかっていたはずなのに、

戦争中、それがまさかの恩恵があったことに驚いてしまいました。

ここだけ食べ物に困らなかった!!

1日に6合の米を食べていた!

網走刑務所というと、
重罪人専用の泣く子も黙る怖い刑務所というイメージですが、

刑務所バブルで、
大量の野菜が作られ消費された!
街は発展した!

という面を持っていたことを
この小説は
白鳥由栄そっちのけで
詳しくルポルタージュされてました。

その背景はやはり知っておいて損はない

いや、知ってないとダメでしょう。

時代背景と脱獄はセット

そして過酷な刑務官物語。
13時間勤務で休日は月に一度。

囚人の方が沢山の食事を摂れてたという事実。

ブラック企業もビックリな
看守残酷物語。

どっちが囚人だよ

というくらい悲惨なレベルと言ってもいいです。

話が逸れましたが

そっちに重点をおきすぎたため、
脱獄の描写・白鳥くんの描写は少なめなのです。

しかも目線が反対の看守側からですから
真逆。

それがかえって、白鳥受刑者の不気味な点が
ミステリアスでもあり、
むしろ、ミステリの要素はこちらに軍配が上がります。

後半、白鳥の逃避行が淡々と書かれすぎて、
感動がもう一つでした。

どちら側にも正義はあって、
微妙な齟齬は、
新たな発見でした。

両方読んで
初めて公平になるのかなぁ。

私情が入っていない点では
吉村氏の方が淡々として、
それでいて、鬼気迫る網走の事情、
刑務所全体の
戦中戦後事情は
もうなんだか別な小説?
っていうくらい悲惨で辛かったです。

後半、鈴江という所長が出てきたあたりから
ようやく明るい兆しが出て
白鳥、更生できてよかったねという感じ。

力で脅すやり方じゃなくて
人情で、
脱獄する気を萎えさせる作戦。

囚人としてではなく
人間扱いするわけです。

温情もそうでしょうが

寒い監獄でなく、
東京であるということが
一種の安心感を白鳥は持ったようです。

毒気がすっかり抜けてしまいます。

脱獄では人間離れした離れ業をやってのけますが、
それもこれも怨み・復讐心があったればこそだったと思うと

帳尻は合っているのかな

網走監獄見学で
まさかの
スーパー受刑者ドキュメントを知るとは‥

フランスの
『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンを彷彿させます。

英雄的な面では
アニメ・ルパン三世の『脱獄のチャンスは一度』でしょうか。