こんばんは。
昼ですが
ミステリ案内の稲葉の白兎です。
先週の土日は東京から伊勢に行くために、
名古屋行きの新幹線を使いました。
久々の東海道新幹線。
行き→指定席のぞみ
帰り→自由席こだま
どちらもガラガラで気持ちよかったです。
指定席の買い方がわからないくらい
ふだん自由席しか買いません。
今日は連チャンで上越新幹線。
行き→在来線のグリーン車
帰り→自由席・特急とき
帰りは日曜日で始発でないので、
激混みギリギリ駆け込み乗車。
指定席にすればよかったと思いましたが、
運良く座れました。
ホームでビリッケツで乗ったのに。
金曜の夜の激混みこだま熱海行きの時も、
品川から乗り、
当然立ってしまったのですが、
運良く近くの人が
なぜか
新横浜で降りたので座ることができました。
自由席乗車率はパーフェクトに近いです。
よく考えたら始発でなくても
自分は常に自由席を選択してきました。
これからは危ない橋を渡るのは
しないようにしますが。
二週連続で新幹線乗るのは初めてです。
てか
二週連続で宿泊旅行に行くこと自体初めて。
そんな稲葉の白兎めの新記録など
どーでもいいですが、
今日は
ミステリ作家巨匠・高木彬光の書いたノンフィクション
「横浜駅をつくった男」を紹介したいと思います。
時は幕末。
天保年間に生まれ、
明治を駆け抜けた1人の男。
商人かつ易者かつ
総理大臣・伊藤博文の黒幕として
鉄道事業を成功させた政商でもある
高島嘉右衛門のハナシ。
東横線・桜木町の隣の「高島駅」こそ、
高島嘉右衛門から
とったと言うこと。
デパートの高島屋とは全く関係ありません。
鉄道事業のほうはともかく、
私が惹かれたのは、
日本一流の易者ということ。
易は
筮竹を使った占いです。
ほぼ全て的中。
これだけなら、
へえーー
くらいなんですが
作者が高木彬光という‥それだけで十分
買う動機になります。
高木彬光という人は
医者の家に生まれ
一高の工学部を出た秀才であります。
進路に困り
占い師に何をしたらよいか見てもらったら
「小説を書け」と言われます。
あなたなら、いずれ作家として大成するだろうと。
そうは言っても、ね。
高木氏は素直に実行します。
結果
松本清張のライバルくらいにはなりました。
世に言う邪馬台国論争です。
久しぶりの高木彬光ですが、
最初の何ページかで
松本清張の作風に似てると思いました。
読みやすい具体的な文章
これに尽きます。
それはともかく
高島嘉右衛門自身にも興味が湧きました。
なぜなら江戸末期の大占い師
水野南北に
顔相人相を占ってもらったのです。
2歳の時です。
2歳の子供が占ってくださいと頼むわけはありません。
嘉右衛門の親が頼んだのです。
2歳で人相が出るわけないので、
水野南北は断りますが
幕末の雄藩・鍋島藩のお殿様に
一商人であるその彼の父親を
家来にしたいとまで言わしめた人物です。
なので水野南北自身、
その父に興味があり
赤ん坊の人相で運勢を見ることになりました。
そしたらば
少し見るなり
南北はその場で跪いてしまったのです!
こ、これは‥!!
九天九地の相だーー!!
どういうことかと言うと、
百万人の人間を幸福に導く
人臣を極められると。
その前に水野南北。
水野南北は、
百パーセントの確率で、
人の一生を言い当てられる大家。
人相
手相
骨相
これだけでもかなりの確率なのだが、
どうしても何パーセントかは例外というものが出てしまう。
ところが
万に一つも例外のない100%の極意を発見。
それが食による開運学です。
前のブログで
池袋サンシャインのレストラン巡りの記事があります。
この水野南北の食の哲学を知ると、
サンシャインレストラン巡りにブレが出てきました。
ていうか
レストラン巡りする気が薄れました。(笑)
ほんとうに。
