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松本清張氏の短編集の中に、
芸術家👨🎨・文化人シリーズがあります。
「小説日本芸譚」がそれ。
11人もの芸術家が登場。
運慶、世阿弥、雪舟、東洲斎写楽‥‥。
その中でも有名な茶人・千利休。
しかし、この千利休、稲葉の白兎としては、
文化人というより、戦国武将のカテゴリーに入れたいですね。
千宗易こと千利休は天下人・豊臣秀吉との茶頭として活躍。
やがて二人の間は険悪となり、切腹と相成ります。
この二人に共通するのが、下賤の身から成り上がったということ。
2人の間に何が起こったのか?
諸説ありますが、清張氏は短編「千利休」で、短い枚数で、淡々と話を進めています。
芸術感覚の違い、これが全て。
と言って納得してもらえるでしょうか?
それだけで切腹?
これは利休の性格に大いに起因しています。
それと2人の相性。
利休は、秀吉をバカにしていました。織田信長の茶頭を経たので、その感覚のズレを、利休自身が埋められませんでした。
一方、秀吉は、信長の家来時代、数々の戦で手柄を立てたように、茶の湯に関しても、異様にのめり込みました。
秀吉は、調略した人物を、新しく知り合った人物を必ず利休の茶の湯に招きました。これは、利休の意見を聞きたいのではなく、その武将に利休を自慢したかったようです。
秀吉は成り上がり者だけに、コンプレックスが強く、それを補うのが茶の湯でした。
その秀吉の「俗」っぽさに、利休は絶えられないかのように、秀吉に、これでもか、これでもかと自分の芸術の完成度の高さを見せつけます。
有名なエピソードに「一輪の朝顔事件」🌹があります。
夏のある朝、利休は秀吉に、わが庭に朝顔が沢山咲いたから見においでなさい、と誘います。
秀吉がいそいそと見に行くと、楽しみにしていた朝顔の頭が全部切り取られていて、茶室に一輪ざしの朝顔のみ活けてありました。
これが「侘び」だ、とおそらくドヤ顔の利休。
なにも、全部の花を切り取らなくても‥
この辺りに利休の秀吉に対する当て付けを感じます。
ほかにも、秀吉は黒い茶碗が嫌いなのに、それを知りながら、どの茶会でも、利休は黒茶碗を使い続けました。
万事派手好みの秀吉に対し「侘び」を押し付ける利休。
もはや、こうなると芸術戦争。
2人だけにしかわからない心理闘争。
利休のしたことは、秀吉への挑戦でしかありませんでした。
腹の中で「この俗物め」とバカにしていればよかったのに、たまには赤い茶碗を使って、テキトーに持ち上げていればよかったのに。
それを表現せずにはいられなくなった、ムキになったわけですね。
やがて、大徳寺の山門に雪駄を履いた人形を置いたお主は不遜であると、お咎めが。
これは、ここで謝れば許すという、秀吉側の最後通知でした。
むろん賢い利休は、意味がわかっています。
「キターーっっ!」
ご存知の通り、謝りませんでした。
秀吉の勘気を恐れ、切腹の当日、川辺まで会いに来て見送りをしたのは、利休七哲の一人、細川忠興だけでした。