1年ぶりに会った弟の裕幸と嫁のドリス。『去年なんか、一度も帰って来なかったよ。』と言う母。そうだっただろうか?やはり同じ時期に10日間くらい滞在したのじゃ、なかろうか?私は出稼中で、各地を転々と歩き、ドリスさんが、シンガポールへ出稼ぎに帰って行く直前に、実家で遭遇した様な気がするが、あれは、一昨年の事であったろうか?

彦星と織姫じゃ、あるまいし、1年に1度しか会わない夫婦がいるのだろうか?現に弟夫婦が、そうである。よく、弟は、『俺、そう云うの、嫌なんだよな。』なんて言わないな。・・・ってか、聞いた話によると、弟の方から頼んで、ドリスの母国であるシンガポールへ、出稼ぎに、行ってもらっていると言う。

本当なのか?口実なのか?父親と弟が、対立した時、父親は、弟に、『お前の女房は、お前に着いて来ないじゃないか!俺の奥さんは、俺に着いて来てくれたんだ!』と、出稼ぎに行ったまま、たまにしか、嫌、たまにどころか、年に1度しか帰って来ない弟の嫁をなじった。

弟は、数年前に、横浜で暮らし、外資系の会社に勤めて、言わば、高級取りで、海外出張の際、今の嫁さんと知り合った。月日は流れ、不況の波が弟の会社を襲い、他者が弟がいた会社を買い取った時、前から居た高級取りの面々は、肩叩きとなった。

ある程度の年齢になってから、会社を追放されても、次の働き口が簡単に見つかる訳もなく、貯金を切り崩しながら、生活をし、高級マンションの賃貸料も、払えなくなり、嫁さんのドリスは、母国へ。弟は、数ある家財道具を処分して、実家に帰って来た。

父親との諍い(いさかい)争いは、始まった。良く考えてみると、無理もない。両者とも、相手の立場で、物事を考える思いやりも知恵もないままに、対立を繰り返している。全ては世相がもたらした人間関係のもつれであると、推測する。

相手の立場に、立ってみれば、状況を把握してみれば、嫁さんが、出稼ぎに行っている状況を、『俺、そう云うの嫌なんだよな。』なんて、言ってられない。1年弱も、会わずに、次に会える日を冷静に(?)待っていられる神経なり、精神力、エネルギーは、何処から来ているのだろうか?と不思議に思っていたが、全ての経緯(いきさつ)を分析してみるならば、納得せざるを得ないだろう。

ひと月、半月も、待つのが嫌い、耐えられない精神力の人と、約1年、待ち続けられる人の差とは、なんだろう。やはり、それは、紙切れ1枚とは言え、正式な夫婦と、そうでない人の差が、そこに生まれているのだろうか。と、ふと、考えてしまった。

私が帰ると相手は喜び、何時に帰ろうと、飛び上がって喜び、抱きしめてくれた人も居たが、経済力のない男。人にたかる男。すぐ切れる男は、懲り懲りだ。

高村光太郎の妻、智恵子は、形式にとらわれるのは、大嫌い。と云う事で、生涯、籍を入れる事は、なかったと云う。本当に愛する人が出来た時、私は、どちらを選ぶだろう。気持ちは、半分半分だ。縛られるのは嫌い。自由が好き。だけど、時には、『おまえなしでは、生きられない。』と言われる程の強い愛情に、飢えている。

君麻呂さんは、言った。ひとりの時は、ふたりを恋しがり、ふたりの時は、ひとりになりたがる。人間なんて、わがままな生き物だな。