パンダのねじ
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少しずつ。


自分がかわっていけたらいいな、と思う。



去年、保険の外交員を辞めたとき、こんな夢を見た。



神社で、青い服を着た人々が踊っている。


中華系の曲で、整然とそろっていて、とてもキレイだ。


私はその中に加わりたいと思う。


きっと、私は誰よりも上手く踊れるし、注目を浴びれる。


けれど、私がもっているのは赤い服だった。


なぜか、辞めたはずの保険会社の人々もいる。


私は必死に赤い服を着るが、うまくきられない。


きられないが、青い服を着た人に、神社の前で踊りたいと言う。


OKしてくれるはず、と思ったのに、神社の人は、厳しい顔で、首を横に振った。


精悍な顔立ちをした、男性だった。


「君には、まだ早い」


確か、そんなようなことをいわれて、私はひどくショックを受けた。



ちょっと踊りたいだけなのに、なんでこんなに厳しいことを言われなきゃならないのか、少し、怒りもあった。



夢から覚めて、まだまだ修行が足りないってことなのかな、と解釈した。



ここ数日、なんとなくその解釈ではないような気がしてきた。



修行が足りない、わけではないのだ。



もちろん、修行とかそういうものも足りないけれど、それ以前に、


「なんの努力もなしに、人から認められようとしていないか」


というものが思い浮かんだ。



私は青い服の人たちがうらやましかった。


私も神社の前でおどって、人から喝采を受けたかった。


喝采を受けるために、踊りたかった。



でも、青い人は私の傲慢さを見抜いていたのだ。



努力もせずに舞台に立ち、人から認められようとして、認められなかったとき、私は悲しく、そして怒った。


そんなことは、当たり前のことなのに。



人から認められようとする努力も、自分を磨こうとする努力も、なにもしないまま、人の前に出て

「さぁ、私を認めて!!」


と踊ったって、認められない。




そうだなぁ、最近はちょっと、いろいろなことを怠っていたのかも。



前向きに、すこしずつ、自分を変えていけたらいいな、と思った。


ショートカットの私

肩まであった髪の毛を、ばっさりとショートカットにした。


今までの重たい何かが、はさみの軽い音とともに床の上へ散らかっていく。


ああ、すっきりした。



私の肌は過敏な肌で、


整髪料も、


パーマも、


染めることも、受け付けない。



なのに、くせっけで、髪の毛が長いと、雨の日がもう、悲しくなるぐらい、ふくれあがる。


なんとかなおそうとやっきになっても、つかえるのは水とドライヤー。


ちゃんと乾かすときに時間をかけてやればいいのだけれども、めんどくさがり屋の自分はそれを放棄している。



さっぱりして、家に帰ったら、子供が「ママかっこいい!!」と目をキラキラさせて褒めてくれた。


なんだか、新しい自分を受け止めてくれたみたいで、うれしかった。


ショートカットにしたのはすごく久しぶりだ。


ショートカットをやめたのは、18歳のとき、中学生に間違われ、あげく、男性にも間違われ、

それがいやで、「女らしさ」を勝ち取るために、伸ばし始めた。


「あら、中学生かとおもった 」


そういった、女性の笑い顔が、すごく、当時の私には痛かった。



悪気がない率直な言葉は、どうしてこんなに痛いのか、と泣いた記憶もある。


それ以来、封印していたショートカット。



今の私は、若く見られるのはばっちこいだし、さすがに「男の子みたい」とはいわれても「男性」に

間違われることはない。


さりげないとこに、女性らしさをだせるようになってきたからだ。


短大のときの私は、おしゃれに無頓着だった。


今の私は、ギャルまでのおしゃれ道はないが、清廉な小奇麗さをもとめてる。


自分が努力してきれいになろうとするのは、いい気持ちだな、とも思った。


ショートカットの私は、ボーイッシュだけど、鏡で見る限り、女性らしさも漂っている。


そうして、帰ってきた旦那は、そんな私を見て、


「何その変な髪形」


男の子?



ととても突き放した言い方で、笑った。




ああ、と旦那のいない布団の中で涙を流しながら、


私の傷はまだいえてなかったんだな。と思った。


きっと、明日の朝になれば、旦那はそんな言葉のコトなんか忘れてしまうだろう。


どうして、私は髪の毛を切ったんだろう。

どうして、私は泣いているんだろう。


そりゃぁ、


と誰かが私に語りかける。



「身体があんたの傷を癒そうとしているからだよ」



涙で、傷を洗い流そうとしてくれているんだよ。



じゃあ、泣いてもいいんだ。よし、泣こう。



私は泣きながら眠ってしまったようだった。



朝起きて、職場へ向かう。



職場の人たちは、かなり驚いた悲鳴と、顔と、なくなった私の髪の毛を残念そうに思い出していたが、


「男の子みたい」


とうれしそうに笑った。



それから


「でも、すごく女っぽいよ」


と悪戯をするときのような顔で笑いかけてくれた。



そっか。


私は笑顔を返しながら、思う。



ショートカットにしてよかった、と。










おひさしぶりです。

ずっと、とまってましたブログ。


なかなか、毎日はかけず、仕事が終わると、子供と一緒に眠る毎日。


PCすらあけることがなく、放置していました。すみません。


病気とかではないので、ご安心をば。



いま、現在図書館業務をおこなっていますが、同じ職場に中学からの同級生がいます。


同級生というよりむしろ、ずっとつきあっていける友達。です。


いうなれば、竹馬の友っていうのがすごくしっくりきます。


彼女の紹介から、図書館に勤務できたのですが・・・。



私よりも、頭がよくて、明るくて、社交的な彼女に、中学のときから助けられてばかりいました。


それがありがたくてありがたくて、なんかこう、いつもお礼が私のイラストばかりで、申し訳ないな。

でも喜んでもらえるなら、いいか。


べったりしたつきあいではなく、高校も大学も、就職先でさえ違うのに、


どこか深いところでつながっているような感覚。




決して、深くには踏み込まない。


半年振りにあっても、かわらず、楽しめる。


相手を束縛しない、理想を押し付けない、楽しいときに一緒に楽しむ。



とりあえず、相手が元気に幸せでいれば、いいや。

こっちも適当に暮らしているから、まぁ、がんばれ、



お互いがそんな雰囲気です。



そんな彼女から、今日、机の上に手紙が来ていました。



いつものフザけた手紙だろう、と思っていたら、意外や意外。



中学校で出会った頃のことがかかれていました。




クラス替えをし、彼女は不安だったそう。仲のよい友達とはバラバラになり、不幸だ、と記された日記をみて、

すこし、過去を思い出したのだと。


要は、こっぱずかしいけど、君と仲良くなれてよかったありがとう。



という内容でした。



仕事中だったにもかかわらず、こっちもモーレツな勢いで、照れがまわりました。



私のほうが助けられていたのに、



私こそ、ありがとうなのに。



不意打ち過ぎて、うれしすぎる。




言葉に出さなくても、なんとなくわかってしまう間柄ですが、やはり感謝の言葉って口に出して言うと、


幸せパワー増大ですね。



ありがとう。



本当、なんていい言葉なんだろう。



だから、私は明日、彼女にありがとう、と言おう。


私もありがとう、出会えてうれしいよ。これからもよろしく、


なんて改まった手紙を書いて、



彼女の好きな、イラストを添えて、



そっと机に置いてみようかな。