超大手企業をエリートで勤め上げ、
定年退職した60代の半ば、
彼は突然、万引きをした。
ニンニクと、オレンジ1個。
その後も時々万引きをしては警察の世話になり、
妻の方が、
夫の万引きのストレスから、
神経性のひどいめまいを発症した。
私はおもに、要支援認定を受けた妻の担当ケアマネとしてかかわってきたが、
担当してから2年ほどの間に、
夫の万引きは頻度を増し、
近所に顔向けできないと、
妻のストレスは増し、めまいも悪化した。
妻は夫を嫌悪して、口もきかなくなっている。
万引き常習犯の汚名挽回のためにも、
当初から、受診を勧めていたが、
2年かかった。
これまでの関わりが実って、きょう、
やっと、受診にたどり着けた。
で、当初からの予想通り、
両側頭葉の萎縮が顕著で、前頭葉にも萎縮が見られ、
前頭側頭型認知症と診断された。
認知症の一種だけど、
物忘れや見当識障害はあまりなくて、
社会的逸脱行動、社会規範を守れなくなる、
という症状が最初に出る、不幸な病気だ。
5、60十代が好発年齢。
それまでごくふつう、真面目だった人が、
とつぜん万引きや痴漢をして捕まるところから始まったりする。
せっかく築いた社会的な信用を一挙に失い、
場合によっては家族からも見放される。
受診を終えて本人と一緒に自宅に行き、
妻に結果を報告した。
ご主人、病気だったんです。
病気だから、仕方がなかったんです。
・・・といっても、
妻の嫌悪感は変わらない。
服薬の声かけをお願いしたら、最初、拒否された。
この人のために、何もしたくないと。
最終的には、
他人がそこまで一生懸命やってくれているのだからと、
服薬の声かけを承諾してくれた。
重要なのは、これからだ。
いま出禁になっているスーパーや警察にアプローチして、
診断がついたことを説明し、
この夫婦が地域で暮らしていけるように、
地域ケア会議を開催したいと思う。
が、
もちろん、病気だからといって
万引きして良いわけではなく、
まだ、まったくの模索状態。
で、
思うに、
アルコール依存症が病気だからと言って、
その後、酒を止めたからって、
失った信用を回復できるわけではない。
5年やめても、10年やめても、
自分に対する周囲の見方は変わらない。
変わらないなら飲んじまえ、
って、思いたくもなる。
反省したって状況は何も変わらない、
だったら反省しても無意味、か?
まるで自分が罪を犯したような気分だ。
許してもらうために、
反省するのではないだろう。
悔い改めて生きることがどういうことか、
断酒も、そこが問われるところなのだろう。