彩り鮮やかな七夕飾りが玄関先でうなだれ、雨風で揺れている。



昨日から続く雨に、紙飾りや短冊ででなく、笹までもが崩れ落ちそうだ。



 



<けーきやさんになりたい>



<ゆうえんちへいきたい>



<ぱいろっとになりたい>



 



短冊の溶けかかった文字を眺めながら、今日は七夕なんだよなと古代守は思った。



進のはどれなんだろう?



 



「兄ちゃん」



振り向くと進がこちらへやってくるのが見える。



両親の帰りが遅くなるというので、守は弟の進を保育所へ迎えにきていたのだった。



 



「母さんたち、今日は遅くなるって。進はなんて願いごとしたんだ」



レインコートのボタンをつけさせながら、聞くと



「オオシオカラトンボがつかまえられますようにって」



「一昨日、つかまえたじゃないか」



「それ、シオカラトンボだよ」



進はむくれた顔になった。



 



雨が降りしきるなか、シオカラトンボとオオシオカラトンボの違いやシオヤトンボの話を聞きながら、家への帰り道を急ぐ。



試験期間中なので、守は一刻も早く勉強をしたかったのだ。



時々、進は傘を振り回しながら話すので注意もしたのだが、話はとめようともしない。



「だから、兄ちゃん、オオシオカラトンボはちょっと大きいだけでなく、後ろの翅の付け根が黒いんだよ。」



 



そうなんだね、と頷きながら聞いていると、急に静かになった。



 



足音もとまったようなので、振り向くと、進は草むらをじっとみていた。



そして、カサをそっと置くと、両手をそっと差し出し、ジャンプするかのように



トンボを掴まえようとした。



 



 



洗濯機に汚れた服を投げ込み、スイッチをいれた。



風呂の湯もみなきゃなと思い、進をみると泣きはらしたあとはのこるが、落ち着いたようだった。



守が大丈夫かなと、心配すると。



「あともうちょっとだったのに、オオシオカラトンボ」



進がぼそっと呟いた。



 



トンボ捕りに失敗して泥だらけになった進を叱ろうかと思った守だったが、泣きじゃくるのを見て、



「進、怪我はないか、どこが痛いんだ」



と聞いても、進は泣きじゃくるだけで答えてくれなかった。



泣きやもうとはしない進をなだめつつ、守は連れ帰ったのだった。



 



どうやら、手と額の擦り傷以外の怪我はないようだ.



進の一番の痛手は、捕れなかったことらしい。



 



ぐっと胸の奥から出てくるのをおさえ、ため息をつきながら、



「進、風呂入るぞ。泥落とすから髪の毛も洗うからな」



びしょ濡れになった不快感からも一刻逃れたい守だった。



 



 



風呂から出て髪をかわかすと、進は寝てしまった。



やっと静かになったと守は安堵しつつ、寝息をたてる弟に布団をかけた。



 



雨はまだ激しいようだ。進の鞄をあけると、



< こだい すすむ くん



 おたんじょうび おめでとう>



と書いたカラフルなカードが入っていた。 



 



守はそれを居間のよく見えるところに飾り、自分の鞄から勉強道具を取り出した。



 



まだ、誕生日おめでとうと進に言ってないな。



誕生日パーティは週末に家族そろってしようというのもあったが、守が朝出かけるときに進はまだ寝ていたし、言う機会を逸していた。



 



プレゼントの虫捕り網を喜んでくれるだろうか。いま使っているのはかなり傷んできているのに守は気づいていた。



 



放送では、火星で起こっている紛争を伝えている。煙があがる街なみを背景に、出演者は数人で事態の深刻さを論議している様子が流れてくる。



激しくなっていくなと思いつつ、守はTVのスイッチを消した。



 



部屋が静かになると、風雨に木々を揺らす音はより一層大きく聞こえてくる。



勉強しながら、将来の進路をどうしようかと守は考えていた。



 



宇宙開発に携わりたい。それも地球ではなくて木星とか他の惑星、いや、よその恒星で。



太陽系外縁へいくなら、国連宇宙海軍で宇宙防衛大学への進学だろう。



だけど、軍に入れば紛争解決に赴かねばならなくなる。



かといって、他の大学へ進学するよりは、宇宙へいける機会がかなり大きい。



 



軍か民間、いずれにしろ、好成績でないと外惑星へは行けないな。



試験が終ったら、進路や進学先も絞っていかないと。



両親や教師とも相談して、夏季講習も待ってるし。



とにかく今は勉強するしかないな。



 



家の外からの騒音、不安からも逃れるために勉強する。わかっているけど、打ち込めないのに守は気づいている。だが、ほかにすることはない。



 



進が起き出したのをちらと横目でみたが、守はそのまま勉強を続けた。



しばらく経っても静かなのに不審に思い、守が行くと進はじっと虫かごをみつめている。



 



「シオカラトンボ死んじゃった」



ぼそっと進がつぶやいた。