学校の怖…くない話 | とらまめ日記

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古い料理本の写しとか、治療中の病気(間質性膀胱炎と乳癌)のこととか、思いつきで色々書いています

お昼ご飯を食べながら、子どもの頃の学校の思い出話をしていました。

 

福岡は、地元の人だと分かると、大人になっても「どこ小?」「どこ中?」と尋ね合うくらい、地域性の強い県民らしいです。

もしかしたら、地方都市あるあるかもしれませんが。

 

昭和生まれの私は、自分が卒業した小学校の校区と、隣接する小学校の名前を憶えていますが、他県で生まれ育った方はどうなんでしょう。

 


私が卒業したのは、今調べたら明治6年に開校されたものすごく古い小学校でした。

在校していた当時は二階建ての木造の校舎があって、野戦病院にされていたとか、廊下にケガ人が寝かされていたとか、言いたい放題だったのを覚えています汗うさぎ

 

木造で薄暗い上に、トイレや階段がある端の方はさらに暗くて

子どもの頃は怖くて、放課後残りたくなかったな…。

 

 

もちろん七不思議もありました。

 

七不思議になると戦争は姿を消して、落ち武者だったり、勝手になるピアノだったり、他の学校と大差ないラインナップだったと思います。

今でもよく分からないのが

 

二時婆(にじばば)、四時婆(よじばば)宇宙人くん

です。

 

 

木造校舎の一階だと思うんですが、2時22分と4時44分になると

 

女子トイレの奥から何番目だったか…(なにしろ大昔の記憶ですから)

 

 

2回ノックするとノックが2回返ってくる。

 

 

 

待ってみても誰も出てこない。

 

 

不審に思ってドアを開けてみると

 

 

 

便器の上に…

 

 

雪だるまがいるゲッソリ

 

 

 

…婆はどこに行った!?

 

 

 

まあ、こんな噂をするのは女子率が高いでしょうし、包丁を持った婆がいる、とかの噂になったらトイレに行けない女子児童が多発しそうですよね。

 

『トイレに雪だるま』は低学年の子に対する上級生の優しさふんわりリボンなのかもしれないです。

 

そういえば、この頃の小学校のトイレは洋式トイレ化が進んでいるそうですよ。

トイレの改装で行き場を失った雪だるまはどこに行くのか…。

 

あ、ウチは洋式なんで来ないでください手

 

 

 

そんな事を書いていると、月初の仕事もラストスパートに入ってきました。

のらりくらり仕事が出来る日常まで、もう少しです音譜