賀   

 新春 映画の散歩道『TOKYOタクシー』

   ー長文なのとネタバレがあることをあらかじめお断りしますー

 山田洋次監督の『TOKYOタクシー』を見ました。家計が苦しく仕事に追われる

木村拓哉演じる個人タクシーの運転手・宇佐美浩二が、倍賞千恵子演じる85歳の

マダム・高野すみれを東京の葛飾・柴又から客として乗せ、神奈川県の葉山にある、すみれにとって終の棲家となる高齢者の施設まで送り届ける、たった1日を描く

 ロードムービーです。

 

 すみれが東京の見納めにと宇佐美に頼んで、すみれの思い出の場所を廻る “旅” を

します。運転席の宇佐美と後部座席に座っているすみれ。最初は互いに不愛想だったふたりでしたが時が経つにつれ打ちとけ、会話も進みます。

 

 車内の二人と、車窓を流れる東京の街並み。そんな場面が続いていく中で、

すみれが時折、自分の過去を話し、すみれの人生が回想される形ではさまれていき

ます。それは、ひと口に言って壮絶な人生です。

 

 つまりタクシーでの “旅” を経る中で、観客は、タクシー内と車窓から見える東京の街並み、二人が途中立ち寄った場所、そして、85歳になったすみれのこれまでの

壮絶だった人生、さらに偶然出会った二人の人生が、このあと大きく動いていく物語 

 を見せられるのです。

 

 東京と神奈川の境である多摩川にさしかかって日も暮れるなか、タクシーは横浜のベイブリッジなどの夜景の中を走り、途中で二人とも腹が減ったのでホテルの

 レストランに立ち寄って食事をしたため、車は施設から「5時までに」と言われていた到着時刻よりも大幅に遅れて到着します。

 

 しかしすみれは、夕闇の中に建つ施設は淋しい雰囲気が漂っていたのと、車の到着が遅れたために、出迎えた施設側の対応が冷やかな感じがしたのを前にして、

 宇佐美に「今夜はホテルに泊まりたい」と “わがまま” を言います。

 

 しかし、疲れていた宇佐美は、「そんな子どもみたいなことを言わないで!」と声を荒げ、すみれの願いを突っぱねます。

 

 仕方なく施設内に入るすみれですが、まだ運賃を払っていないことに気づき、

あわてて「カードで」と、閉められたガラスのドア越しに言いますが、宇佐美は、

「運賃は後日、受取りに行きますから」と言い、その日は東京に戻ります。

 

 しかしこの後、宇佐美が生きているすみれに会うことはありませんでした・・・・。

 ーーーその後の結末の部分をのぞいた映画の流れを私なりにコンパクトにまとめると、ざっとそのようになるかと思います。        

 

 結末までを見終えたその物語の中から、観客が何を感じ取るかは、もちろん人それぞれだと思います。そんななか、私が何を感じたかといえば、いろいろあって

 

 ひと言ですぐにズバリとはいえませんが、こういうことだろうか、いやこういう

ことかもしれないと、優柔不断な性格が災いして逡巡しているなかで、

  ある新聞の読者欄に載っていたある方の感想が目にとまりました。

 

 「 温かくてちょっと切ない余韻が残る作品」「旅の終わりが近づくにつれて、なんだか寂しくじんわりと心に染み入るものがある。木村拓哉のさり気なく自然な運転手の浩二役。静かで温かい」「浩二が『子どもみたいなことを言うんじゃない』と叱る。

浩二が後悔することになるシーンだ。その伏線が見事につながるストーリが巧妙だ」

 

 成る程ナァ・・・と感心したので無断ながら引用させてもらいました。確かに、

「温かくてちょっと切ない余韻が残る作品」だし、「旅の終わりが近づくにつれて、

なんだか寂しくじんわりと心に染み入るもの」があります。

 

 しかし、そうしたこと以外にも私が感じたことはもちろんあります。なので、

それが何だったのかを、この先、書きながらさぐっていってみたいと思います。

 

 ただし、あちらこちらへと、気が向くままに寄り道をしてみるかもしれません。

 

 そこで、書いたそばからでなんですが、早速その “寄り道” をしたいと思います。

 私は、乗客であるすみれと運転手の宇佐美がタクシーの車内という狭い空間で

交わした会話のやりとりの場面を長い時間にわたって見たことで、身近な乗り物で

あるそのタクシーにまつわる私の思い出を少しふり返ってみたくなりました。

  

 車タクシーと私

 タクシーのことでわたしが思い出すのは子どもだった昭和30年代、まだ自家用車というものがほとんどなかった頃のことです。

 

 田舎暮らしだったその頃、ときどき家族で町へ出るために、公務員だった父が町のタクシー会社へ電話をしてタクシーを呼び、それに乗って町へでかけたことがありました。

 年の瀬の町の食堂でご飯を食べたり、小さなアーケード街でお正月用の子供服を

買ってもらったりしていたのではないかと思います。

 

 タクシーには「小型」と「大型」があり、「小型」は「大型」よりも少人数用で、

料金も「大型」よりいくぶん安かったと思います。そういえば、いまふと思い出し

ましたが、当時、電話して家の前まで来てもらった車はタクシーとは言わず、

 わたしたちはハイヤーと言っていました。

 

 調べると、ハイヤーとは、予約制の「貸切自動車」のことだそうですが、

しかし地域によってはタクシー全般をハイヤーと呼ぶそうです。

 

 ともかく、そうした地域と同じように、私たちの田舎でも、昔からタクシーを

ハイヤーと呼んでいたのです。

 

 そんな中で、忘れられない思い出としてあるのは、そのハイヤーが動き出すと

父が運転手に声をかけ、それに応えた運転手と父が町に着くまでの間、会話を途切れることなく交わしていたことです。

 

 したがって、会話がスムーズに流れていたことで、車中の雰囲気はけして息苦しい

ものにはならず、そんな父の “技量” というか “大人力” といったものを私は

  子どもながらに「うまいもんだなあ」と思ったものでした。

 

 しかしながら、いまは大人になった私が、かつて父がしていたように運転手に

気軽に声をかけられるかというとそれはムリです。

 

 まず、声をかけていいのかどうかで迷います。ヘタに話しかけて、機嫌を損ねて

しまうかもしれないからです。

 

 それに、話しかけるにしても、どう切り出すか、難しいものがあります。

運転手の氏名が書かれたプレートを見て、変わった苗字だったりしたら、

 「 へぇ~珍しいお名前ですね~何てお読みするんですか?」などと言って話のきっかけが作れそうな気もしますが、名前が佐藤さんや鈴木さんやその他、普通に読める

 苗字だとそうはいかないでしょう。

 

 しかし、それでも私は何度か話しかけて会話したこともあるし、たまに向うから

話しかけられたこともあったような気がします。

 

 けれども今は、行先を告げて「お願いします」と言った後は余計な気は遣わない

ようにしようと思っているので、話しかけられたら別ですが、「もう黙って乗ったままでいよう」と心に決めています。そのほうが、運転手も安全運転ができるだろうと

 思うからです。

 

 乙女のトキメキ高野すみれの青春時代を演じた蒼井優

  さて、『TOKYOタクシー』ですが、そんな未熟な私のような人間と違い、

波乱に満ちた人生を送ってきていて85歳になったすみれは、かつて私が子どもだったころの父が “ハイヤー” の運転手に気さくに声をかけて会話を交わしていたように、運転席の宇佐美に声をかけます。まだ若く、客とのやりとりの経験があまりなさそうな雰囲気の宇佐美は初めのうちは、不愛想でしたが、根は真面目であるらしく、

 すみれとの会話も、自然にできるようになっていきます。そして打ち解け合った

ふたりは、互いを、「浩二さん」「すみれさん」と呼び合うようになります。

(なので、ここからは、宇佐美とだけではなく浩二とも書くことにします)

 

 で、またしても、ふといま気がつきましたが、確かにその浩二が運転しているのは個人タクシーですが、しかしすみれは何日か前に、「 東京の柴又から神奈川県の葉山

まで」と完全予約して乗車しているので、その車は流し営業のタクシーではなく、

先ほどのような「貸切自動車」、つまりハイヤーといっていいのかもしれません。

 

 それはともかくとして、冒頭でこの映画をコンパクトに紹介したときに述べたように、すみれが東京の見納めに、浩二に頼んでいくつかの場所を廻る、車での “旅” の中、すみれの辛く悲しい壮絶な人生が、すみれの口から語られていきます。

 

 まずすみれが語ったのは昭和20年3月10日の東京大空襲の惨事の記憶でした。

 

 その空襲で、幼かったすみれは父を亡くします。そのため、すみれが宇佐美に頼んで行った場所は空襲で犠牲になった人々の慰霊碑が建った言問橋(ことといばし)

 でした。

 昨年は「戦後80年」です。ですから、85歳になるというすみれにとり、終戦の昭和20年は、すみれが5歳の時です。その5歳だった当時の鮮烈な記憶が、空襲によって火の粉を浴びた人々が描かれた絵がインサートされながら語られるのです。

 

  浩二もすみれとともに慰霊碑の前で手を合わせます。

 

 ちなみに、映画を見終ったあとでしらべたら、昭和20年3月10日のその

東京大空襲では約10万人が死亡したとされ、空襲は、米軍のB29爆撃機による

 

 大規模な無差別爆撃で、特に住宅が密集していた、現在の台東区、墨田区、江東区などの下町が狙われ、1700万トンもの焼夷弾が投下され、たくさんの人びとが

焼死したそうです。ひどいものです。

 

 ところで、そうした悲惨なことがあった子どもの頃の記憶を持つすみれが

娘になり、まだ二十歳になる前に恋をしたその初恋の相手は、顔立ちのいい、色白で  

 背の高い、在日朝鮮人2世の男性(イ・ジュニョン)でした。

 

 すみれの、その青春時代を演じているのは蒼井優です。

 

 蒼井優といえば、先ごろ大ヒットした『国宝』の李相日監督の『フラガール』で

最優秀助演女優賞を受賞していますが、この『TOKYOクシー』の山田洋次監督の

『おとうと』『東京家族』『家族はつらいよ』などの、複数の作品に出演しています。

 

 もちろん、すみれ役の倍賞千恵子さんは同じ山田監督の『男はつらいよ』の

車寅次郎の妹・さくら役で有名ですが、

 

 その 賠償&蒼井が、すみれの “現在” と “過去” を演じているのです。

 

 そうしたなかで、すみれの5歳の頃の記憶である東京大空襲は、すみれに限らず

大勢の人々の忌まわしい記憶であるにちがいないと思いますが、

 しかしすみれの青春時代となると、当然すみれ一人のものであり、それだけに、

観客である私はこれから始まる物語にグイグイと引き込まれていきます。

  

 ガーンヒロイン・高野すみれの壮絶人生

  さて、そのように急速に引き込まれていったすみれの人生の物語ーーー

ーーー青春時代にすみれが恋をした在日朝鮮人2世の男性との関係はその後

 どうなったのか?

 

 二人はキスを交わす仲になり、ダンスを楽しむなど青春を謳歌しますが、

しかしその初恋の相手とすみれが結ばれることはなく、男性は朝鮮戦争後、

 祖国再建運動に参加し、北朝鮮へと旅立ってしまいます。

 

 ところが、残されたすみれのお腹には彼との子が宿っていました。

 

 その後、すみれは新たな男性(迫田孝也)と出会い結婚します。 

 

 初恋の男性とは、その子を宿していながらも泣く泣く別れざるをえなかった

ことがすみれの悲劇的な人生の幕開きでした。しかし、新たに出会ったその男性との結婚生活は、すみれが語ったその壮絶な人生の、まさしく “本体” といえるもの

でした。物語はますます深みを増し、見る者の息をひそめさせ、グイグイと画面に

 引き込んでいきます。

 

 結婚した夫は、すみれが結婚した当時はまだそんな言葉はなかったという、

いまで言うDV男でした。いうまでもありませんが、DV(ディーブイ)とは「Domestic  Violence(ドメスティック・バイオレンス)」の略です。

 

 配偶者や恋人など親密な関係にある相手を自分の思い通りに動かそうとする

支配関係(力と支配)が根底にあり、殴る、蹴るなどの身体的暴力だけでなく、

 生活費を渡さないなどの経済的暴力、性行為の強要などの性的暴力。また子どもに暴力を振るうなどの暴力のことです。

 

 すみれの夫はまさしくそのDVを絵にかいたような男で、すみれが、生活費が足りなくて「もう少し」と頼むと殴ります。また、すみれが「今夜は・・・」と性行為を拒もうとうると殴ります。そして、一人息子に対しても自分の部屋に入りレコードに

 触ったといって激しく怒ります。

 

 夫はすみれにその子のことを “私生児” と言い捨て、そして、その子を見ると、

すみれの初恋の男性の顔が思い浮かんで怒りが湧いてくるというのです。

 

  しかし、ある日、すみれは、彼女にとっては絶対に許し難いことを知ることに

なります。それは、夫はすみれと結婚するときは、すみれの一人息子をわが子のように思うと言って結婚したにもかかわらず、すみれが知らない間に、その可愛い息子の肩や背中をモノサシで激しく叩き、それを繰り返していたことでした。

 

 すみれの母が息子と風呂に行ったときにそのことに気づき、すみれが知ることに

なったのです。息子はすみれに心配させまいと日ごろ暴力を受けていることを隠し、  

 耐え忍んでいたのです。

 

 現在でも、女性と夫婦・内縁関係にある男性が、女性の元の夫との子どもに対して、暴力をふるったり、あげくの果ては殺したりするという事件が時々ニュースに

なりますが、すみれが結婚した夫も、子どもを殺したりはしなかったものの

 そんな男だったのです。

 

 ところが話はそれで終わりではありません。すみれはそんな夫に復讐するのです。仕返しです。いまふうに言えば、リベンジです。しかも、あっと驚くようなリベンジ

です。

 その頃は比較的簡単に手に入れやすかったという睡眠薬を、夫がすみれとの

性行為を行うまえに、密かに夫が飲むウイスキー(レッド)に入れて飲ませ、

 

 夫が前後不覚になって寝入っている間に、前もって鍋の中で煮えたぎらせておいた

油を、殺意を持って夫の下半身めがけてバシャーと浴びせたのです。

 

 戦前、1936年にあったという「阿部定事件」は仲居の阿部定が、愛人の男性を絞殺し、局部を切り取った事件として有名ですが、すみれは、その阿部定のように

実際に夫を殺し局部を切り取りはしなかったものの、

 

 煮えたぎった油をかけられて大ヤケドを負った夫は、男性機能を失わされ、

今後、子ども作ることができなくなる状態になるまでに局部に激しい損傷を

与えたのです。

 

 すみれが起こした事件は当然、新聞や雑誌で大きく報じられることになります。

逮捕され、裁判が始まると、事件当時ウーマン・リブ運動が広まっていたなか、

すみれには多くの支援者の輪ができます。

 

 そんななか、法廷で、夫は、「 日常的に暴力を働いていた?」という弁護士の問いに「だったら5年も結婚生活は続かない」などと言い、一方のすみれは「子どもが作れなくなった(夫のような)男は社会にとってはいいことだ」と大声で叫びます。

 

 しかし、殺人未遂の罪で、すみれには懲役9年の判決がくだります。

 

 そしてすみれは、9年間、服役することになるのです。

 

 びっくりマーク山田洋次監督作品の中では異色作?

  この『TOKYOタクシー』の監督の山田洋次監督と言えば何と言っても、

みんなから「寅さん」と慕われた故・渥美清さん主演の『男はつらいよ』かも

しれません。しかし山田監督にはその寅さん映画の他にも多数の作品があり、なんとこの『TOKYOタクシー』は91作目になるそうです。

 

 そんななか、私は若い頃よりずっと山田監督の大フアンで、監督の作品の多くは

映画館で見ており、DVD化された作品はすべて所有しています。映像だけでなく著書や作品集も買い集め、目にした新聞記事なども追ってきました。私が35歳の時には

フアンクラブの座談会で監督と二人で並んで座り、私が監督にインタビューし

「聞き役」になったこともありました。 

 

 しかも長年の『男はつらいよ』好きが高じて、私は監督に二度、35歳の時と

46歳の時に手紙を書き、私の故郷である鹿児島県の奄美大島に「寅さんをぜひ旅をさせてください」と直訴。その願いが叶って、1995年、渥美清さんが亡くなる

前に出演された『男はつらいよ』の第48作「紅の花」は、その奄美大島がロケ地の  

 ひとつになりました。

 

 そしてその作品完成後に逝去した渥美清さんを偲んで、奄美大島へのロケ誘致運動をドキュメントとしてまとめ、寅さん映画のふり返った『寅さ~ん!』を自費出版

しました。それほどに山田作品に惚れこんでき、数多くの作品を見てきた私ですが、この『TOKYOタクシー』は、数ある山田洋次監督作品の中でも異色的な作品といえるかと思います。

 

 もっとも寅さん映画やその他の作品を何本かご覧になった方であれば、もしかしたらそのように感じられるかもしれません。なぜなら、山田監督の映画といえば、

「心が温かくなる映画」、あるいは「家族の絆を描いた人間ドラマ」というのが相場

だろうからです。

 

 そうした映画の特徴とセットになっているものがあるとすれば、「暴力と性」の

シーンがほとんど「忌避」されていることかもしれません。

 

 寅さん映画が全盛だったころ、よもや、お正月に子供連れで、映画館に寅さんを

見に行ったら、男女が裸で絡まるベッドシーンが出てきたなどということは絶対に

ありませんでしたから・・・。

 

 その寅さん映画でいえば、先ごろ亡くなった、いしだあゆみさんがマドンナだった「あじさいの花」だったかで、2階で寝ている寅さんの部屋に、ヒロイン・かがり(いしだあゆみ)が夜中、階段を忍び足で上がるという、少しゾクゾクするような

シーンがセクシーだ、なんだと公開当時話題になったものでしたが、

 しいて性的だというシーンといえばそのぐらいでした。

 

 また私が記憶する暴力シーンといえば、『幸せの黄色いハンカチ』で刑務所から出て来た役の高倉健が、入所前にチンピラを殴って殺人を犯したときの暴力シーンぐらいです。

 それゆえに、この『TOKYOタクシー』での、すみれの夫の暴力シーンと、

 

 すみれに就寝中に大ヤケドをさせられる夫が、就寝前に酔ってすみを誘って性行為を行なおうとするときに、半開きの戸の間から垣間見えた、すみれの寝巻きの裾が

はだけ、露出したすみれの片方の足がこれから行為をせんとする体勢にするすると

ゆっくり布団からはみ出ていくきわどい場面は、

 

 それまでの山田監督の数多い作品にはない性的なシーンでした。

 

 そういう意味で、この『TOKYOタクシー』はまちがいなく異色作といえると思いますが、しかし異色作といえば山田監督作品の中で、実は私が異色作と思うものが

 もう一つあります。

 

 しかも、『TOKYOタクシー』で壮絶な人生を送った高野すみれ役の倍賞千恵子さんが、24,5歳だった頃に主演をしている作品です。

 

 それは山田監督の初期の作品で松本清張原作の『霧の旗』(1965年)という

サスペンス映画で、兄の無実を信じる妹(倍賞千恵子)が、弁護を断った高名な

弁護士(滝沢修)に復讐する物語です。

 

 兄の死刑判決後、ホステスになった妹は、巧妙な罠をしかけて弁護士とその愛人や事件関係者を次々と破滅させていきますが、倍賞千恵子さんが能面のような無表情で復讐に燃える女性を演じていたのが強く印象に残った映画でした。

 

 奇しくもその彼女が、『TOKYOタクシー』の中でも、DV夫に凄まじい復讐をする

役を担うことになっていたというわけです。

 

 車『TOKYOタクシー』の原作はフランス映画の『パリタクシー』

『TOKYOタクシー』が山田洋次監督の数多い映画の中でも異色作になったのには

訳がありそうで、それはこの映画がフランス映画『パリタクシー』(2022年)

 を原作にしているからだと思われます。

 

 残念ながら私はその映画を見ていませんが、どんな映画か調べてみると、

『TOKYOタクシー』の原作になっているというだけあって、映画の流れは基本的には『TOKYOタクシー』とほぼ一緒で、つまり、パリのタクシー運転手とひとりの乗客

 ーーー見知らぬ者同士だったふたりの一日を描いたロードムービーのようです。

 

 お金がなく、休みも取れない、おまけに免停寸前という、いわば人生の崖っぷちにあるタクシー運転手のシャルルが、終活で老人ホームへ向かう92歳のマドレーヌ

を乗せ、彼女の依頼で思い出のパリの街を巡る “人生の寄り道” をする中で、

 互いの人生や隠された過去が明らかになり、感動と衝撃を与えてくれるヒューマンドラマだといいます。

 

 なにせ実際に見てないので詳しくは分かりませんが、マドレーヌは、DVの被害者で、夫へのリベンジで25年刑務所に入っていたという過去があるようです。  

 

 運転手のシャルルを演じるのは、人気コメデイアンのダニー・ブーン。マドレーヌはフランスの国民的スターだというシャンソン歌手で女優のリーヌ・ルノーさん。

 監督・脚本は『戦場のマリア』のクリスチャン・カリオン監督とのことです。

 

 では山田洋次監督がなぜその『パリタクシー』を原作にした映画を撮るように

なったのか? といえば、『パリタクシー』に感銘を受けた製作スタッフが「 日本で

リメイクできないか」と模索していたところ、一方で、「 もう一度倍賞千恵子さんで

映画を作りたい」と思っていた山田監督も、その「 『パリタクシー』を観ながら、

 これは東京でも同じしつらえで作れるぞと思った」からだそうです。

 

 「 タクシーというのは、考えてみれば、見ず知らずの他人同士が狭い空間の中で

ふたりきりになるという、一種異様な体験でもあるわけで、その設定が面白いですね」

 

 そう山田監督は語っています。

 

 そして、『パリタクシー』のようないわば大人のおとぎ話といった印象の映画についてーーー

 

 「 いまの大人の観客もこんな映画が観たいんじゃないのかな、と思いました」

とも語っています。

  

 ハートのバルーン時代を生きる人々をあたたかい眼差しで描いてきた山田監督の変わらぬ眼差し

  しかしながら、『TOKYOタクシー』がそのような経緯でフランス映画の『パリタクシー』を原作にし、映画の流れが、タクシー運転手とひとりの乗客の一日を描いたものという基本的な形は変わらないものの、運転手と乗客、つまり主人公ふたりの

 人物設定は原作とだいぶ違っているようです。

 

 原作のヒロインであるタクシー乗客は女性解放運動のリーダーみたいな人だそう

ですが、それだと「日本に置き換えたときにいまひとつしっくりこない感じだった

ので」、

 『TOKYOタクシー』のヒロイン高野すみれは殺人未遂で9年間刑務所に収監されていた過去がありながら、しかし服役後は、「社会に進出して活躍する女性の一例と

して、ネイリストの先駆け」(パンフレットより引用)という設定になっています。

 

 なので、冒頭で映画をざっとふれたように、神奈川の葉山の高齢者の施設に向かう途中で横浜のホテルのレストランに立ち寄って運転手の浩二と食事をしたとき、

 すみれは浩二に、刑務所を出た後は「ネイリストになるために片道切符だけで

アメリカに勉強に行った」という若い日のころのことを話していました。

 

 また、もうひとりの主人公である運転手・宇佐美浩二の設定は、「誠実な男で、社会とうまくやっていくのが苦手で一本気なところがある。それでそれほど稼いでいない」(同上)ということになっています。

 

 しかしそのように、主人公ふたりの人物設定が原作と異なっていることに加えて、『TOKYOタクシー』には冒頭で、運転手・宇佐美浩二の家庭の描写がありますが、

 そうした運転手の家庭のシーンは『パリタクシー』にはないのだそうです。

 

 その、冒頭の家庭の描写ではーーー浩二の妻・宇佐美薫(優香)が、娘の奈菜

(中島瑠菜)が音楽大学の付属高校に推薦入学できることになり、しかし入学金や

授業料で100万円かかると浩二に話します。

 

 また、その他にも家の更新料、車の車検代でお金がかかるので、長野にある、

思い出の詰まった実家を売ろうかしら? などと言います。

 

 娘の奈菜はそんな家庭の経済事情が心配になりますが、浩二は「 心配するな、パパがなんとかするから」と言いますーーーというような家族のやりとりがあるのです。

 

 そうした、『パリタクシー』にはない、運転手の家庭の描写シーンを入れた

「 理由を教えてください」という質問者に山田監督はこう答えています。

 

 「 宇佐美を日本の観客の延長線上に置きたかったからです。彼は多くの日本人が共感する世界に暮らしているんだ、と。」(同上)

 

 つまり、木村拓哉が演じている宇佐美浩二は、職業は個人タクシーの運転手で、

娘の高校進学のための100万円を稼ぐために、朝早くから夜遅くまで毎日懸命に

なって働いている家族思いの男だが、

 

 しかしその人物は、観客や多くの日本人とけして無縁でかけ離れているのでは

なく、たとえ職種や置かれている境遇は違ってもいろいろな困難を抱えながら頑張っている多くの日本人が、

 

 「わかる、わかるよ、この物価高の世の中で100万円もする高校の入学金・授業料は大変だよなぁ・・・」と共感できる、同じ世界に暮らしている人物だというのです。

 

  そうしたことで言うと、これまで数多くの作品の中で一貫して、

その時代、その時代を生きる人々をあたたかい眼差しで描いてきた山田監督が

この『TOKYOタクシー』においてもその眼差しを投げかけているということが

できるでしょうし、

 

 その意味では、『TOKYOタクシー』という作品は、フランス映画の『パリタクシー』を原作にしているものの、「『パリタクシー』を観ながら、これは東京でも同じしつらえで作れると思った」という、

 

 巨匠・山田洋次監督の世界ーーー多くの人の共感を呼ぶーーーになっている

といっても過言ではないかもしれません。

 

 ふんわり風船ハート攻守ところを替えた倍賞千恵子と木村拓哉

  その山田監督の『TOKYOタクシー』で乗客の高野すみれと、運転手の宇佐美浩二を演じている倍賞千恵子さんと木村拓哉さん。

 

 賠償さんは『下町の太陽』(63)以来、山田監督の作品には、この『TOKYOタクシー』が71本目の出演ということです。91作品中71本ですからかなりの

数です。

 

 「 映画の中に倍賞さんをひとり置くと、他の俳優さんの演技が、ある種の現実感を

帯びてくる。共演者に強い影響力を持つ賠償さんは僕にとって。とてもありがたい存在です」と語っているのはもちろん山田監督です。

 

 いっぽう映画を観る側の私にとり賠償千恵子といえば、数多い出演作の中でも

すぐに目に浮かぶ作品はーーー彼女の歌がヒットしたことで山田監督によって映画化された、さきの『下町の太陽』や、長崎から北海道の開拓村へ移住するために

一家5人が列車で北上する『家族』(70)。

 

 また、刑務所から出てきた高倉健が妻・光枝(倍賞)に、庭に満艦飾のごとく

はためく黄色いハンカチで迎えられた『幸せの黄色いハンカチ』(77)や、前にも

触れた異色作『霧の旗』(65)。

 

 そして倍賞千恵子といえば何と言っても、『男はつらいよ』シリーズ全50作

(69~19)で、風来坊の寅さん(渥美清)の妹である兄思いの “さくら” さん

でした。

 

 一方の木村さんと言えば、キムタク、です。

 

 そしてキムタクと言えばスター。

 

 なので、これまでは観客が仰ぎ見るヒーローを多く演じてきた印象がありますが

しかし今回演じている個人タクシーの運転手はヒーローではなくどこにでもいそうな一般的ともいえる男性の役です。

 

 そのキムタクこと木村拓哉は19年前に山田監督が藤沢周平原作で手がけた時代劇『武士の一分(いちぶん)』(06)で主演しています。

 

 彼が演じた下級武士・三村新之亟は毒見役で、失明後、妻の加世(檀れい)が

藩の有力者に弄ばれたことを知り、妻の名誉と自らの誇り(一分)をかけて、

盲目のまま復讐の果し合いに挑む。夫婦愛と武士の尊厳が胸を打つドラマでした。

 

 その『武士の一分』で縁のあった山田監督と木村拓哉さんですが、

監督は『TOKYOタクシー』を成り立たせるにあたり、木村さんに手紙を書いて出演を打診。その後「 すぐに手紙の返事が来て、もう1回僕は手紙を出して、そんなやり

とりがあったね」(キネマ旬報より)と監督は語っています。 

 

 このように、山田監督作品にゆかりのある倍賞千恵子さんと木村拓哉さんですが、監督がいろいろなところで語っていたことで興味深かったのは、ーーー寅さん映画での倍賞さん演じるさくらは、寅さんが持ち込むいろいろな難題を受け止める役でしたが、『TOKYOタクシー』での倍賞さんは反対に、倍賞さんの方から木村拓哉くんに

投げかける。一方、投げかけられる方の木村君はスターだから、いつもは球を投げる側。つまり、今回はふたりが攻守ところを替えて、倍賞さんが投げる剛速球を木村君が柔らかく受け止めている。そうやって木村君は受ける芝居に徹してくれました。

彼はやはりただ者ではありませんーーーーというものでした。

 

 キューン怒りを抱えて生きてきたすみれは浩二と出会ったことで心が開かれていく

  なるほど。・・・そうしたことで言うと、個人タクシーの宇佐美浩二が運転する

タクシーに乗って高齢者の施設へ向かうマダム・85歳の高野すみれは、

 野球でたとえるとピッチゃーであり、かたや、運転手の宇佐美浩二は、

その球を受けるキャッチャーというわけなのでしょう。

 

 その “ピッチャー” である高野すみれという人は、脚本を書いた山田監督のイメージによればーーー生まれつきのお金持ちではないが、でもある程度の資産を持って

いる。下町育ちの人で、ある事件を経て、途中で人生が大きく変わった人。

 で、常に何かに怒っている。怒りを抱えて生きている。だからとても不機嫌な顔してタクシーに乗る。そういう人が一人の運転手さんにだんだん心を開いていくーーー。

 

 一方の、“キャッチャー” である宇佐美浩二のイメージはーーーパッとしない

タクシー運転手で、あまり取り柄のない男ーーーということです。

 

 すみれと浩二。ふたりを、監督がイメージした、そうしたキャラクターで

映画を観ると、たしかに、東京の柴又でタクシーに乗った時のすみれはニコリとも

せず怒った顏をしていました。今振り返れば、まさに「怒りを抱えて生きている」

という顏でした。

 

 しかしながら、監督がいうところの、パッとしない、あまり取り柄のなさそうな

運転手・浩二が、そんな怒りを抱えたすみれが繰り出す言葉を “キャッチャー” として確実に、そして誠実に受けとめ、しかも、すみれの人生の中のある事件、

 つまりDV夫に対する殺人未遂事件ーーーのことなどを打ち明けられても

それをしっかり捕球します。

 

 そうやって、浩二が、すみれに「東京の見納めに、いくつか寄ってみたいところがある」と寄り道することを頼まれて、実際に寄り道をしている中でふたりが言葉の

キャッチボールを交わすうちに、不機嫌な顔だったすみれの顔も穏やかになり、

 浩二に心を開いていくのです。

 

 そして横浜のレストランですみれが食事を御馳走した後は、浩二が娘の奈菜に

おみやげに買ってきて欲しいと頼まれていたシュウマイもすみれが買い、

 日が暮れてまもない元町の仕事帰りの人たちが行き交う通りをすみれは浩二と

腕を組んで上機嫌でそぞろ歩くのです。

 

 つまり、すみれは浩二と出会ったことで、辛い過去を忘れ、しばし人生の喜びに

ひたるのです。

 

 車スタジオに置かれた車と車窓の風景

  ーーーと、そんなふたりが車で横浜を通るころに日が暮れるわけですが、

もちろん横浜に着くそれまでの明るい昼の間は、すみれと浩二は後の座席と運転席で会話を交わしながら、車窓から見える、寄り道した東京の街並み(風景)を目に入れます。

 車に乗った人は車窓の風景が目に入る経験をしているでしょうから、いま私が書いたことはご理解いただけるものと思います。

 

 で、街並みですから、当然、建ち並ぶたくさんのビルだったり、道路だったり、

そこに取り付けられている信号機などです。また、電柱と電柱の間に張られている

電線などもそうでしょう。

 

 そうした車窓からの街の風景のことで、実は、私は映画を観る前に、山田監督が

ある新聞ーーー「山田洋次 夢をつくる」という連載ものーーーの中で、

私が〈むっ? どういうことだろう?〉と、その車窓の風景のことに関して、

 興味深いことを書かれていたのを目にしていました。

 

 それは、(車の外の風景は)ーーー「従来は、実際にロケーションでカメラを積んだ

車を走らせて撮るか、窓外をCGにするというのが通常の撮影スタイルだったのが、数年前から『LEDウォール』という技術が考案されました。ステージの中に大きな壁を張りめぐらせて、この壁がモニターになっていてテレビのように外景を映し出す。

 

 この中にタクシーを置くと本当に走っているように窓外が映るというわけです。

映写効果は抜群だし、監督や俳優は肉体的に楽、このシステムがあるから、ぼくは

この作品をつくる決心をしたといってもいいかもしれない」ーーーというものでした。

 

 つまり、映画の中で実際にはタクシーは街中を走ってはおらず、「LEDウオール」という技術を使った、ステージの中に張りめぐらせられたモニターに映し出された外景(車窓から見たような風景)の前に、ただ置かれているだけだというのです。

 

 しかしそれだけで、映画の中では、本当にタクシーが街中を走っているように

窓外の景色が映し出されるというのです。

 

 すごい技術ができたものです。ただ、わたしが『TOKYOタクシー』を映画館で見た時は、新聞で監督が書いてあった、その「LEDウオール」を使った撮影方法のこと

などはすっかり忘れていましたが、そのことを思い出したりしないほど、画面を見ていて、車窓からすみれと浩二が目にしているだろうと思われる街の風景はまったく

違和感がありませんでした。

 

 つまり、タクシーが本当に東京の街中を走っていて、車内のすみれと浩二が窓からその街並みの風景を、ごく自然に、目にしていると思いながら私は映画を見ていた

のです。

 

 車TOKYOタクシー』はタクシーの運転手とひとりの乗客が紡ぎ出した

   ”人間賛歌“の映画

   さてさて、この新春・映画の散歩道の散歩コースもそろそろ終わりに近づいてきました。冒頭で、『TOKYOタクシー』を見て私は何を感じたかをこれを書きながらさぐってみたいと書きましたが、映画の中で、乗客の高野すみれが運転手の宇佐美

浩二に東京の見納めに寄り道してくれるように頼んでいたのを見たからというわけでもないのですが、私もかなり “寄り道” をしてしまったようです。

 

 そこで、ここからは、その寄り道をしてきた中で発見したことや気づいたことなどをもとにしながら、「映画を見てなにを感じたか」をまとめにかかろうかと思います。

 

 とはいえ、優柔不断な私はうまく一言で言い表すのはやはり簡単ではありません。

しかしあえてまとめるとすると、使い古された言葉を使ってしまうことになるかも

しれませんが、ーーーー『TOKYOタクシー』は、タクシーの運転手とひとりの

乗客が紡ぎ出す「人間賛歌」の映画だったーーーと言えるのではないかと思います。

 

 人間はやはりいいものだ。生きているって、人生って素晴らしいことだ、

人と人が繋がるってやはりいいことだ・・・ということです。

 

 ヒロイン・すみれの過去の壮絶な人生ーーー夫の暴力の被害に苦しみ、復讐した

結果、殺人未遂の罪で処せられ、9年間、獄中にあったーーーのどこが素晴らしいのだ? という見方もできるかもしれません。

 

 しかしすみれはその辛い過去を乗り越え、服役後は社会の中で新しく生きる道を

切り開き、ネイリストとして働き活躍。

 

 つまり壮絶だった過去はその後切り拓かれた道、人生の途上に過ぎなかったのだ。

 

 映画の回想シーンで描かれた夫に対する復讐場面ーーー局部に損傷を与えるーーーは “猟奇的” に見え、その衝撃度が強いため、すみれの人生が、“人間離れ” して

見えるかもしれません。しかし、すみれも、生きているなかで、悩み、苦しみ、

 ときに怒りをあらわにする、人間なのです。

 

 私はこの散歩道であちこちと寄り道をしてきた中で、キムタクが演じる運転手の

宇佐美浩二を、山田監督が「 宇佐美を日本の観客の延長線上に置きたかった」

「 彼は多くの日本人が共感する世界に暮らしてるんだ」と語っているのを取り上げた上で、

 『TOKYOタクシー』には、時代を生きる人々をあたたかい眼差しで描いてきた

山田監督の変わらぬ眼差しがある、と書きました。

 

 監督のそのあたたかい眼差しは、波乱に満ちた人生を送り、人生の終焉に向かいつつあったーーーしかしながら娘の高校の入学金などに頭を痛める宇佐美浩二が運転するタクシーに乗りその彼の悩みに耳を貸すーーー85歳のマダム・高野すみれにも、きっと、まちがいなく注がれているに違いないのです。

 

 また、山田監督のほとんどの映画を見てきた私が思うに、監督がすみれに注いで

いるその眼差しは、監督の過去の作品の多くの女性たちへの眼差しと、けして無縁のものではないだろうと思われます。

 

 『男はつらいよ』第9作「柴又慕情」(72)で吉永小百合が演じたマドンナ・歌子は、「本当の幸福とは何?」と恋人との結婚に悩む女性でした。

 

 で、封切りされた当時その映画を見た私は、やはりその頃に読んだ宮本百合子の『伸子』という小説を思い出しました。

 

 作家を目指す主人公・伸子の結婚生活の挫折と、女性としての自立への模索を描いた、作者自身をモデルとした自伝的小説といわれるものです。

 

 「対等な夫婦」の夢と現実のギャップや、社会的な制約の中での葛藤がリアルに描かれていて、いまなお時代を超えて共感される物語ではないかと思います。  

 

 で、さらに、そのようにマドンナ・歌子の物語を見て小説『伸子』を連想したことがあったなか、20代のころから山田監督のフアンであった私があるとき、

〈おぉっ!〉と驚いたのは、新聞だったか雑誌だったかは忘れましたが、山田監督がその『伸子』を、これまで読んだことのある小説の中に入れていたことでした。

 

 そしてそれを知った私は、ピン!とひらめき、勝手にこう思ったものでした。

ーーー〈ひょっとしたら、監督が『伸子』を読んでいたから、幸福とは何かを求めて恋人との結婚について悩む、ヒロイン・歌子が生れたのでは?ーーー。

 

 もちろん監督の芸術的な創造の源泉や過程を知るすべはありません。私の勝手な

思いは、何かにつけ短絡的なところがある私の、あくまで独りよがりな独断的な

想像にすぎません。 

 

 しかしいずれにしろ、そうしたことがあったりして、マドンナ・歌子が結婚に悩む様子と、小説『伸子』の主人公・伸子が女性の自立を模索する様子は、なにかしら、似たようなところがあると思ったのは確かでした。

 

 そうした中で、私のようなものが言うのもなんですが、女性の多くは、一度は結婚生活を夢想することに捕らわれるようです。

 

 しかし、実際の結婚生活は、うまくいくことがある一方で、時として泥沼に陥り

破綻します。高野すみれがまさにそうでした。

 

 夢想した結婚生活と自分を両立させることがDV夫によって葬られてしまったのです。しかし、すでに見たように、すみれは人生を立て直します。そして、たまたま

乗客と運転手という関係で知り合った、心優しい運転手の宇佐美浩二によって

 彼女自身も、いつも怒りを抱いていた心が癒されて、優しくなります。

 

 そうしたことを考えると、浩二が運転するタクシーに乗って、終の棲家の施設へと向かうそのすみれは、

 

 結婚と自己実現の両立を願いながら現代を生きる多くの悩める女性の味方になって

くれそうに私には思えます。

 

 もしも、誰か悩める女性が、彼女に人生相談かなにか相談ごとをしたら、

もしかしたらすみれは、こう言うかもしれません。

 

 ーーー「あなたも元気出しなさいよ、人生はすてたもんじゃないわよ」ーーーと。

 

 雷人生の喜びを謳いあげたーーーたった一日の奇跡のような物語

  さてところで、冒頭で映画の流れを簡単にご紹介した中で私はーーーふたりが

高齢者の施設に着いた後、まだ料金を受け取っていなかった運転手の浩二は、

 カードで支払おうとするすみれに、「あとで、受け取りに来ますから」と言って

その日は東京に引き返しましたが、しかし浩二がその後、生きたすみれに会うことはなかったーーーと書いたところで終わらせていました。

 

 では、すみれはそのあとどうなったのか? ネタバレになってしまいますが、浩二が妻の薫を伴って料金を受け取りに出向いた時に、すみれはすでに二日前の夜に、

入所したときの部屋で亡くなっていたのです。

 

 もともと心臓に持病があり、そのことは、まだ東京の街なかを車が走っているときに、すみれは「 私の心臓はいつ止まってもおかしくないのよ」と浩二に話して

 いましたが、その「いつ止まってもおかしくない」まさかのことが実際に起きて

いたのです。

 

 すみれが亡くなった部屋で妻とともにぼう然とする浩二でしたが、激しい後悔の

念が沸き起こります。すみれと浩二が施設に遅れて到着し日が暮れた中に建つ施設を目の当たりにしたすみれは急に物悲しくなり、「 今夜はホテルに泊まりたい」と

 言いますが、浩二が「そんな子どもみたいなことを言わないで!」と大声をあげてその願いを拒絶したことに、浩二は、「オレはまちがっていた!」と後悔したのです。

 

 しかし、このあと、奇跡のような物語がまっています。

 

 すみれは、亡くなる前に浩二宛ての手紙とともに、遺言書を残していました。

遺言は、東京のすみれの家を処分した時のお金やそれまで貯えていた財産を浩二に

譲るというもので、封書には小切手が入れてあったのです。

 

 手紙はたしか、「 私の大好きな浩二さんへ」というような書き出しで、浩二のことを、「 あなたは優しく、紳士」だと褒め、このお金で娘さんの音楽への夢を叶えてあげてやってくださいという内容のことが書いてありました。

 

 浩二は、すみれの葬儀からの帰りに妻と娘を乗せて走る車を運転しながら、

もうこの世にいなくなってしまったすみれのことで、目から涙が滲み出で頬を伝わるたびに、涙を必死に指で拭います。

 

 浩二のその顏が、物語のラストカットでした。

 

 !!人生には予想もしない悲劇もあるが奇跡も起こる。ビバ人生! 人生万歳!

  その浩二を演じたキムタクこと木村拓哉をスクリーンで見ながら私はある俳優のことが思い出されました。亡くなった高倉健さんです。

 

 なぜ思い出されたかと言うと、木村拓哉の立ち姿や風情がどこか高倉健に見えた

からです。そして、さきほどのような、最後に奇跡が起きるこの『TOKYOタクシー』は、ふり返ってみると、その高倉健さんと倍賞千恵子さんが夫婦役だった

 『幸せの黄色いハンカチ』(77)を彷彿させるようでした。  

 

 刑期を終え、もう待っていてはくれないかもしれないと諦めかけていた健さんを

迎えたものは、前にも書いた満艦飾の黄色いハンカチでした。 

 

 妻に迎えられた建さん。その映画も、最後に奇跡が起きる映画でした。

 

 『TOKYOタクシー』のすみれは、タクシーの車内で浩二に、「人生には予想もしないことが起こるのね」と言ってこれまでの壮絶な過去を話し始めましたが、

 

 しかし映画のラストでは、娘の高校の入学金や授業やなんだかんだで100万円

かかる、さあどうしようと悩む浩二が、そのすみれから遺産を贈られるという、

 浩二には予想もしなかったような奇跡が起きました。

 

 そして、すみれを演じた賠償千恵子さんがかつて出演した『幸せの黄色いハンカチ』も、ラストで、さきのような予想もしなかった奇跡が起きたのです。

 

 そんなことを考えると、この『TOKYOタクシー』は、先に述べたような

“人間賛歌” の映画であると同時に、ビバ人生! 人生万歳! の映画といっていいかも

しれません。

  

 ふんわりリボン思わず涙ぐんでしまった賠償千恵子さんの素晴らしい歌声

  最後に、倍賞千恵子さんが映画の中で歌った歌声が素晴らしく、

私は思わずぐっと来て涙ぐんでしまったものです。それは、タクシーの後部座席で、  

 現在のすみれ(倍賞千恵子)と過去のすみれ(蒼井優)が並んで座り、

手をつなぎ合うシーンで流れる倍賞さんが歌う、人生の様々な経験を経てきた女性の心情を歌った、切なくも温かい叙情歌「星屑の町」という曲で、

 倍賞さんの優しく、包みこむような歌声が、心に染み入りました。

 

 また、映画のエンデイングで、青春時代のころのすみれ(蒼井優)と初恋の男性(イ・ジュニョン)がいい感じで踊るダンスシーンで流れた、人生の喜びや人生を

ふり返るようなテーマの、「とても静かな夜だから」も、

 ・・・・・しっとりとした雰囲気の王冠2素敵な曲と歌声でした。

              ※

 妻が去年腰を痛めたため、病院などに行くときにタクシーを利用することが多く

なりました。もちろんこれまでにもタクシーには何度も乗っていますが、

 今度『TOKYOタクシー』を見て気づいたことがありました。

 タクシーの車内は意外と狭い空間だということです。映画は、そんな空間の中で、見てきたような物語が紡ぎ出されていたのだということを改めて思い知りました。

 

 そして、ある日、妻に付き添って病院からの帰りに乗った時に、私が『TOKYOタクシー』を見てきた話を運転手さんにしたら、その運転手さんが、「私はまだ見ていませんが、実は『男はつらいよ』の大フアンで、テレビで作品を全部録画していて、たまに見ているんですよ」と話してくれ、すっかり意気投合したことがありました。

 そんな映画の話に限らず、運転手さんと話せるとタクシーに乗るのも

 案外楽しくなるものです。いつもは黙って乗ってるだけですが・・・。

              ※

 どうやら予定していた散歩コースを大きく超えたようですのでこのへんでやめに

します。新年早々、長時間お付き合いいただき、すいません。

       いえ、ありがとうございました。

              オカメインコ

         2026年1月7日(水)