<フィリピン>


フィリピン、ミンダナオ島の北岸に、カガヤン・デ・オロという町がある。アメリカ資本デルモンテが所有するパイナップル栽培の大農場(プランテーション)は、この町の近郊の小高い山の上にある。山とはいっても、木々がゆたかに生い茂る山の姿はどこもない。その山のいまは平らとなった頂上部分、つまり大農場のど真ん中に立って360度見回したとき、目に入るものは黄色い地肌の地面の上に整然と並べて植えた幼児の背丈ほどのパイナップルの木の果てしない海である。それは、大平原を埋め尽くして整列させられた数百万の大軍の兵を思わせる。


これが、1946年、形の上では独立したように見えたが、それから何十年経っても事実上アメリカの植民地であり続けるフィリピンの現実である。これが、アセアン発足当初その意気込みも高く、アメリカ仕込みの先進性を遺憾なく発揮して他の構成4カ国を指導する筈だったのが、案に相違していつまでも最貧国の地位から抜け出せず、かえってアセアン諸国のお荷物となってしまっているフィリピンの国情の象徴である。


1899年、アメリカ帝国主義が正式にフィリピンを自国の経済に奉仕する植民地経済の地位に突き落してからこの方、その地位は現在に至るもほとんど変ることなく続いている。1946年形式上にも独立すれば、この状態から脱却する努力もやれば出来たであろうが、この国を指導する責務を負った知識階級にそれをする気持はなかった。政治上ばかりでなく経済上もアメリカから独立して国民の暮らしを引き上げるよりも、アメリカの経済との自分たちのつながりを無くさないようにし、そして自分たちだけの富を確保することに躍起になっているからだ。


この国の歴史を紐解いてみればすぐ分かることだが、この国の知識階級は国民を裏切ることに終始した。そしてその伝統は今も脈々と受け継がれている。フィリピンの知識階級がこのような独特な性格をもつのは一体なぜか。それは、この国が18世紀の末まで三百年余の長きにわたってスペインの植民地であったことと無縁ではなかろう。その時代から、知識階級とはスペイン語を使う人々であったし、一般庶民はフィリピン語を使って生きる人々であって、あたかも白人と土人のように互いに入り混じることはなかった。フィリピンがスペインからアメリカに売り渡されたあとは知識階級の言語はスペイン語から英語に変った、ただそれだけの事であって知識階級と一般庶民が一体となる気配はどこにも見られない。


この国を訪れて、たとえばマニラに暫くでも滞在する外国人は、一般庶民とは一目で見分けがつく知識階級(と言っても高下の幅は大いにあるのだが)の人々が、日常の暮らしの中で自在に英語を操って一級市民風を吹かせている風景を見て奇異のまなこを注がずにはいられない。そこからは彼らがタガログ語を卑しんでいる風情すら感じ取られる。


他方、一般庶民が日常使うのは言うまでもなくタガログ語なのだが、彼らとて外国人との意思疎通が何とか図れるほどの英語はこなす。アメリカが植民地時代に押し付けた英語イマージョンの賜物である。しかし、この賜物はフィリピン国民の統合を妨げることに計り知れない貢献を果してしまった。英語力を向上させる資力があり、それだけにイマージョンの成果を誇ることも出来、タガログ語などは忘れてしまいたい知識階級と、タガログ語を忘れる訳には行かない庶民とから成るこの国は、今もって二つに分かれたままである。私たちの日本も同じ道を歩もうとしているとの予感がどうしても消えない。

<全科目を英語で授業という前代未聞の愚挙>


2003年5月25日の朝日新聞によれば、文科省は2005年度までに、特級英語高等学校(正式には「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール」と言うのだそうだが、これでは何のことか頭に入るまでに少しばかり時間がかかってしまうので、上のように言い換えることにした)を100校指定するという。


具体的に何をどのように教えようというのか、一片の新聞記事では分かりようもないが、どうやら文科省の英語教育の改善策の一環ということらしい。中高校での英語の授業にほとんど成果らしいものが見られないとして改善を声高に要求する俗論俗説を気にして、と言うより惑わされて、原理原則をどこかへ置き忘れたまま、やみくもに頭を絞った結果らしい。


中高校での英語の授業に成果が上がらないのは当たり前のことだ。普通の学童にそんなものは必要がないからである。必須科目から落して選択科目にすればよい。そうすれば、将来英語に習熟しておく必要のある職業につくつもりの学童だけが英語を選択して学習に励むだろうし、授業の成果も上がろうというものである。


上の特級英語高等学校がそのような英語の学習に意欲を燃やす学童ばかりを集める積もりなのかというと、そうでもないらしい。仮にそうであっても、英語に挑むまえに、日本語を精力的に叩き込み、日本語で書かれた高度の文章を読み、書き、明快に話す力を備えさせる授業を十全に実施するのでなければエリートは育たない。


エリート養成を目指す学校ではないと言うなら、そんなものは要らない。一般の学童にとって目下最大の急務は日本語での読み書きそろばんに習熟することであって、英語なんかに首を突っ込んでいる場合か!と言ってやらなければならない情勢なのである。


現在学童の教育に力を入れている英国が実行しているカリキュラムが参考になるかも知れない。公立小学校1年生の授業の時間割を見ると、英語、読み方、書き方、言葉と絵本、物語の五つの科目名の下に、自国語である英語を学ぶ時間が全授業時間の二分の一を占めている。因みに算数は六分の一。1年生ですらこうなのだ。(2005年1月9日、朝日)


翻って、我が日本では何が起こっているか。全科目(但し国語は除く。国語は外国語扱い)の授業を英語で行う小中高一貫校とか言う不可解な建造物が、あちこちに派手に看板を上げて学童を集めている。はじめ、いずれ英語圏で生涯を終える予定の子供たちを集めて授業する学校かと思ったが、そうでもないらしいことを知らされると、驚いて言葉を失う。なかには国から外国語教育特区の認定を受けて発足した一貫校もあるというのだからあきれる外はない。当局は日本をフィリピンのような国にしてしまう積もりか。フィリピンの実情を少しは学んでみることだ。


悲惨なのは、こういう学校に通わされる子供たちである。どんなに無理をして頑張っても、まっとうな日本人として生きて行ける大人になる見込みは限りなく薄い。ましてや、日本のエリートになる気遣いはさらさらない。

<英語指導助手に優雅な生活を - 事業仕分けが触れない聖域>


「週に一度、生きた英語に触れることを掲げる文科省は・・・」


「文部科学省は英語が使える日本人の育成を重点施策に掲げ・・・」


 文科省がいったい何を考えているのか、何が彼らの背中をここまで押しているのか、とんと見当がつかないとまでは行かないが、しかとしたことは分からない。


小中高校での英語教育は、国庫からの膨大な資金を使って文部科学省が国民に向き直って血道を上げてやっていることである。無知で善良そのものの国民はたまったものではない。雪崩を打ったように押し流されるしかない。


 日本には、世界に例のない、外国語指導助手というアメリカが日本に押し付けた制度がある。ところが、その由来や実態について寒々とした沈黙がこの国を覆っている。


 外国語指導助手というが、英語以外の外国語を指導する助手がいるとは聞いたことがない。文科省あたりが、例えば中国語やロシア語の指導助手がいずれは必要との認識を持っているとも思えない。英語以外は日本政府の念頭にないのは火を見るよりも明らかで、外国語と言う言葉を使って批判の矛先をかわす楯にしておきたいとの底意が透けて見える。


 ほぼ20歳代、30歳代の白人男女ばかりという彼ら助手の待遇は破格で、新米の日本人教師の給与など及びもつかない。何故か。その理由は明らかでないが、彼ら白人の生活水準は日本人よりはるかに高いというような言い分でも文科省にはあるのだろうか。月々30万円の給与のほか、正規運賃の往復航空運賃、住居の世話と住居費の支給、社会保険料の払い込みまで。彼らの優雅な暮しや蓄財の条件は完璧で、これを全面的に日本政府が保証している。彼らの暮らしぶりを中国人その他東アジアの国々から来て働く若者たちの苦境にくらべると、天国と地獄、月とスッポン、などといろいろ表現してみても、とても言い足りるものではない。


 実はこの制度は形の上では米国と相互関係があるような仕掛けになっていることを我が国メディアの記者諸子はご存知だろうか。米国も日本から日本語を指導する助手を招くことになっているが、その実績は微々たるもので、とても2桁を越えるものではない。これを日本政府が面倒をみなければならない年間約6000人という数とは比べようもないのであって、相互主義とは名ばかりのごまかし以外の何物でもない。因みに、米国では日本語教育の需要ははなはだ低い。中国語に比べても甚だ低位で、イタリア語並みだという。


 相互関係の名に背いているのは数ばかりではない。仮にこのような日本語指導助手を米国が受け入れても米国が支出するのはごく一部の経費だけで、大半はと言うより殆ど全部、日本政府が支出することになっている。これでは相互主義の言葉が泣くというものだ。


 この高価なお客様のお世話と財政負担に悲鳴を上げている自治体も多い。かと思うと、自治体国際化協会という財団法人があって、各都道府県にはその支部が必ずあり、天下りや税金無駄遣いの温床ともなっている。事業仕分けでは、真っ先に槍玉に挙げて全廃に持ち込んでもらうべき法人である。


 おしなべて、国が押し付ける彼ら英語指導助手の質の悪さも相当なもので、自治体や助手を送り込まされる現場の学校では、ほとほと手を焼く事例が多いと聞く。生徒との交流を嫌がるくらいなら未だしも、勤務中パソコンの前から離れず仕事そっちのけとか、盛り場への頻繁な出入りなど、悪評には事欠かない。


 この金ばかりかかってお荷物の連中(全員がそうだとは言わないが)の配置を断って、英語指導助手をほかの方面から調達しようとする自治体などが増えているそうだ。危機感を持ったのは、米政府から採用人数のノルマを科されている文科省や総務省である。彼らは、自治体などが民間と業務委託契約を結んで安くて質のいい助手を雇おうとするのにマッタをかけている。労働者派遣法違反などと言い立てて難癖をつけている。この制度がアメリカ政府から押し付けられたアメリカの若者の失業救済でもあってみれば、自治体の行く道は険しい。

<英会話学校>


日本は、1945年の終戦時以来今日まで、この間1956年には一部の国と講和条約を結んで独立したということになってはいるが、ずっとアメリカに占領されたままで、いつになったら日本では日本の国益にそった政策を立てられるようになるのか見当がつかない。


この事実が、この国の人々の英語狂いと無縁ではなさそうに思える。新聞に向かって「取材」してみると、結果は???の連続。朝日新聞の論説欄(2004年2月14日)には「英語上達法」なる論文までが登場する始末である。


娘が米国人と結婚したから英語学習の一念を発起させたという京都の42歳の女性。娘が米国人と結婚すると、どうしてあなたまでが英語を学ばなくてはならないのと思ってしまう。実を言うと、ウチの娘も白人と結婚しているが、このムコ殿は日本に来ると汗水流して自分の口から日本語を搾り出す努力をするし、ワシラが海を越えて先方の家に行ったときは、その逆だ。ワシラのおぼつかない日本語交じりの英語(?)でも皆しっかりと言いたい事を汲み取ってくれる。お互いそれでいいのである。


この京都の人は英会話学校にでも通っているのだろうか。もしそうであれば、多くは怪しげな英会話学校で、親切で尊大な白人に見下されながら大切なお金をドブに捨てているようなものだ。


英会話学校などが口にする入学呼びかけの口上の一つに「外国人に道を聞かれたら英語で答えられるように」というのがある。かつては、日本に来て、自分の母国語である英語で道を尋ねるアングロ・サクソン系の外国人が居たことは否めない。だが、日本では英語は通じないことが分かってきたいま、そのような人間はめっきり減った。


しかし、今でも時に出くわす、英語しか使おうとしない傲慢を絵に描いたような白人の男女には、英語は分からない振りをして、日本語で聞き返すというようなことをワシはしている。ただ、英語が母国語でない人で、自分の母国語が通じるわけはないと分かっている人が、たどたどしく英語で問いかけてくるときは、ワシは英語で丁寧に答えてやる。


それでも、普通の日本人で外国人に道を尋ねられた覚えのある者が、そうざらに居るものだろうか。たいていの人がそのような経験を持ち合わせてはいるまい。それなのに、この類の口上に惑わされて、一生に一度あるかなしかの出来事のために英会話学校に通って英語の学習に励むような人も、この世にはいるのだろう。


聞いて呆れるような事実もある。東京都荒川区には英語教育指定校を設ける制度があるが、指定を受けた小学校での英語教育の目標の一つが、この「外国人に道を聞かれたら英語で答えられるように」なのだ。


英語が通用語になっている土地の出身者(ネイティーヴ)の英語の発音を子供に身につけさせようと狂奔する愚かな親たちがいる。一つ聞いてみたいが、ネイティーヴの発音とやらが出来てどうなるというのだろうか。いたいけな子供が苦労してそのような発音を舌先で転がせるようになっても、善良な日本の方々に聞いていただいて、カッコイイと感心してもらいパチパチと拍手してもらえば、それでお終いではないだろうか。しかも、外人サンが、口先ではなく心の中でお子さんの苦労の成果をいくらかでも評価してくれるかというと、それははなはだ疑問である。。


鳥飼玖美子さん(立教大学教授。同時通訳としての活躍で知られている)は次のように言っている(2004年11月1日、朝日新聞)。「発音はささいな問題です。今の世界の流れは、英語は国際共通語なのだからお国訛りで話すのは権利だという考え。英米人の英語を真似すると言う発想は、もう古いのです」。


世界の実態はその通り。フィリピン人やインド人は、その母国がかつて英語の国の植民地だった過去があるために、なめらかな英語を喋る人が多いが、それでもフィリピン人はみなフィリピン訛りで、インド人はみなインド訛りで英語を話している。彼らにネイティーヴとやらの真似をしようという気はみじんもない。それは、英語を押し付けられたことへの無言の抵抗となっているのかも知れない。

日本列島あげて英語熱はますます過熱の様相で止まるところを知らない。ごく普通の市井の人々がいったい何のためにあのように英語を習いたがるのか、珍現象とでも言うほかはない。


同じ外国語といっても、たぶん中国語や韓国語であってはならず、英語でなくてはならないようだ。いや、実を言うとフランス語やドイツ語であってもいいのかも知れないが、何がなんでも英語と思っている節もある。


要するに、白人の言葉でなくてはならない。あこがれのアメリカ、白人の国アメリカ(実はアメリカは白人だけの国ではないのだが、眼中にあるのは白人だけなのだろう)、なろう事ならアメリカの白人になりたい、それが無理ならアメリカ人を友人に持つ身にくらいはなりたい、せめてアメリカ人に親切に扱ってもらう体験をしてみたい。


恐らく、このようなことのためにこの国の老若男女は、とにもかくにも涙ぐましい英語の習得に挑むのだ。よもや彼らが、ペラペラと英語が話せ、よどみなく英語が聞け、読め、書けるようになりたいと思い込むほどに、自分が見えなくなってしまっているということはあるまい。


善男善女集団の見本のような、こうした日本人は、海を越えてアメリカやイギリスなどに行く必要もないのかも知れない。日本国中至るところで、多くは若い白人男女が英語教授の店を開いて、笑顔をたっぷりと見せながら、ある種の優越感をちらつかせつつ親切に優しく振舞って、無邪気な日本人が扉を押して入ってくるのを待ち受けている。もしかすると、白人と近づきになりたいとの彼らの欲求は、もうそこで満たされるのかも知れない。


<イマージョン>


英語熱はますます昂じて、ついにイマージョン・メソッドというものを採り入れるところまで来ている。わが子が英語を自在にあやつる姿を世間に見せびらかせたくて仕方がない世の親御たちは、一体、英語圏諸国でのイマージョン・メソッド導入のそもそもの由来をご存知か。


英語圏といっても、世界全体を見渡せば、さほど広いわけでもないのだが、その中で移民の積極的受け入れを行ってきた歴史をもつ、米、加、濠などの幾つかの国々が、非英語圏から移住してきた人々やその子弟に早急に英語に習熟させようと努力していて、そこで英語教育に当った人たちが取り入れたのがこの英語漬けという手法なのである。そこでは、この手法ないし制度を採用する明確な目的と、効果を十分に保証する環境がある。環境とは言うまでもなく英語を共同体言語とする社会である。


日本語を共同体言語とする社会で、英語が共同体の言語ではない環境で、英語漬け教育を施そうという発想は、やがて英語圏の母国に戻ろうという家庭の子女とか、いづれ英語圏に移住してその国で骨を埋めることになろう子供たちに対してであれば、それはすなおに理解できる。しかし、そうでもない子供たちに向けてのものであれば、その施しを受けた子供たちを将来待ち受ける運命は悲惨以外の何物でもなかろう。


日本という社会で英語漬けを試みても期待した効果が十分に顕われる筈もないことは分かっている、英語力の効果がそれほど挙がらなくても結構だ、そう考える人もいよう。親が何をどう考えようと自由だと言わなくてはならないところかも知れない。でも挙がらなくて元々と済まされないのは、自分が生まれ育ち、さらに大人として生きていかねばならないこの国の社会で、一人前の社会人として生活していくうえに必要な日本語の言語能力であり、その上に築かれる知的能力である。彼らが、それがいたわしいほどに欠落した日本人になる公算は大きい。


日本語を使用する能力も日本語で思考する能力も不完全、英語を使う能力も英語で思考する能力も中途半端、これが日本語圏の中での英語漬け教育のぶざまな成果。そのような学校を出た人間を頭脳労働に属する業種に就かせようとするほどに酔狂な会社や役所はどこを探してもあるまい。


この国でやれることは日本語のイマージョンしかない。英語のイマージョンでひとかどの人材を育てようなどという考えは愚かな人の幻想でなかったら何だろう。

朝日新聞の記事の見出し、今朝も酷かった。

「反日デモ規模拡大」・・・チラト見て、そう読んでしまった。しかし、よくよく見ると「規制拡大」だった。でも、「規制」なら「強化」だろう。

見出しは、それだけで記事の概略が最低限、見る人の頭に正確に、しかも流れるようにはいる必要がある。ところが、整理部の若返ってしまった記者の面々は、時間に追われてか、日本語が未熟なまま育ってしまったためか、この鉄則を貫けないでいる。日本語での意思の疎通を滑らかにするには何よりも慣用句、慣用語を子供の時からでもしっかりと身に着けることが大切なのだが、彼らにはそのことが十分に分かっていないようでもある。彼らは、自分の頭だけで勝手に用語を発明し、無邪気にそれを使って憚るところがない。

昨日はもっと酷かった。

「人質事件から1年の高遠さん」「イラクの事実伝える」は、まあまあ許せたが、「「今も怖い」が全国講演」には参った。「今も怖い」は、イラクでの体験の記憶が今でも恐怖となって甦るという意味かと思い込んだまま記事を読むと、何ぞ図らん、「今も(講演会場に)行くのが怖い」のだった。講演会場で彼女に罵声を浴びせる野蛮な男が多いらしいのだが、それにしても、お粗末な見出しではないか。

もっとすごい「傑作」もあった。

西部版の27面が伝える下関市長選の記事に付いていた見出しである。「無届け、市議に「報酬」か」、「自民党支部、現職陣営にはがき添え」とある。これ読んだだけで何のことか分かりますか?記事本文を読んでみれば分かるでしょうが、さもなければ何のことやらさっぱり分かりませんよね。記事本文に読者を誘導するための一種の仕掛けでしょうか。それにしても少し手が込みすぎていません?

ここでふと思ったことをひと言。

朝日新聞の(念のため断っておきますが、他の諸紙でも大して変りはないことは容易に想像できる。このことは以前にも断っておいた通り)見出しに分かりにくいものが多いのは、「てにをは」、つまり助詞の使い惜しみをするからではないか。「てにをは」を省いても理解できる場合があるのは確かだが、だからと言って常に省けばよいというものではない。正確な理解を期待するのであれば、きちんと適確な助詞を使わなくてはならない場合も少なくない。(2005年4月16日)
ところによっては相当有名な話かも知れないが、

日本高校野球連盟にも英語の有り難さに感情が咽ぶ人々がいっぱいいると見えて、一昨年夏の全国高校野球大会の際には、全国各県から一人ずつ高校野球のコーチを表彰する賞を創設することになり、その名も英語から戴くことになったが、そこでその賞につけた名が「イヤー・オブ・ザ・コーチ」。

これを貰った人の中には英語が多少わかる人もいた筈で、「コーチの耳」賞?何?これ。

なかには英語がもっと分かる人がいたかも知れず、彼は、ハハーン、アメリカあたりでよく聞く「何々・オブ・ザ・イヤー」を真似し損なったなと苦笑しながら思ったろう。よせばいいのに下らないカタカナ表記の英語ばかり有難がって使おうとするものだから、とも思ったか。やはりお粗末の一件である。

これに滑稽の追い討ちをかけたのが朝日新聞である。

全国の地方版で、大きな活字を使った「イヤー・オブ・ザ・コーチ」の見出しを麗々しく掲げてこれを報道した。この大会の共催者なんだし、事実の報道に徹するのが朝日の至高の使命であるからには、仕方なかったんだろう。さすがに他紙はこの事件を冷笑しつつ黙殺してすませた。

昨年夏も、高野連、朝日新聞ともに堂々と「イヤー・オブ・ザ・コーチ」で押し通した。人は臆面もなくとなじるかも知れないが、これは立派だと言わねばならない。英語は英語、日本語は日本語。日本語を事細かく英語に合わせなければならない筋合いはないからである。

それにしても、

この頃の朝日新聞の記事の文章が読みにくくなって来たのはどうしたことだろう。やっぱり日本語が未熟なままに育ってきた世代が中核を成すようになって来たからか。さすがに、インターネットの各ブラウザをのぞくと出っくわす説明文の難解さにはとても敵わないが、それでも首をかしげて悩むことが多くなって来た。ブラウザの方はと言えば、その説明文には難解を通り越して、これが日本語かと疑わしくなるのが少なくない。長時間をかけて睨んでみても、何を言っているのかがさっぱり分からない。日本語を正常化するのはコンピューター関連企業の急務であると思うが、このことに早く気付いてもらわねば。

新聞では記事本文も重要だが、

見方によっては見出しはもっと重要ともいえる。忙しい人などには見出しだけ読んで済ますことも多いからだ。見出しは簡潔ななかにも記事の要点が凝縮されていなければならない。つい言わないでもいいことを言ってしまったが、この頃の朝日新聞には、この大事な見出しに、本文に入ってみなくては意味不明という例が時々出てくる。これは困ったことである。昔はこんなことは先ず無かった。記者には日本語に熟達した人がなって欲しい、本当に。

さて、こんなの分かりますか?「頭ぶを割り見られたら、と調べ」(2004年3月22日)。

何となく分かっても、どこかおかしい「高2、自分の校長宅に侵入」(2004年3月1日)。

昨年の五輪報道では6段抜きの見出しに、使い方の間違った「鳥肌立った」が(2004年8月14日)。これを「快さ」の意に使うのはまだ少数派だし、公認されてもいない。かつて新聞は社会の木鐸(これお分かりでないかな)と言われた。そこまで行くのは無理としても、もう少し責任感があって欲しいな。(2005/04/12)

九一一事件、例の世界貿易センター・ビル爆破事件の続報が、来る日も来る日も新聞テレビで流されるなか、9月17日付けの朝日新聞夕刊三面に「貿易ビル24時間態勢で救助活動」「消防士「がれきの下に友が」」などの見出しが並ぶところへ、ひときわ大きく縦横1インチ幅の大活字(72ポ?)で、「あなたの元へ」の大見出し。

「元」?この大新聞の記者も日本語あやふや組の世代が主流になってきたかと、愕然として目を見張った瞬間だった。

「元へ」はないだろう。ここでは「下へ」か「許へ」をそつなく使えるのが、新聞記者たる者の誇りというものだろう。それが嫌なら「もとへ」とすればよい。元などという当て字を平然と、しかも堂々たる大活字で数十万の購読者の目の前にさらすとは、朝日新聞としては恥というものだろう。この新聞にも、少なくとも幹部クラスには日本語がまともに使える人たちがまだまだ沢山残っているだろうに。

古い話ばかりで恐縮ですが、

朝日新聞にもまだまだこのタネは尽きない。同じ年6月18日付けの福岡地方版に「授業拝見」「目指せスター、ただ今ダンス特訓中」などの見出しのついた小さな囲み記事があった。読んでみると、高校教師が生徒たちに「他人がまねできないことをして、自分らしさを出せ」と檄を飛ばしたとある。

「檄を飛ばす」が単に激励するという程の意味の言葉ではないことを知らなかったこの記者は、恐らくはまだ若いのだ。NHKや民放から派遣されて、事件現場の状況を報告しているつもりか聞き苦しい偽日本語を垂れ流す若いレポーターとやらと同類の若者なのだろう。

同じ年7月7日付

同紙のコラム「一語一会」に、秋山虔という国文学者が、冒頭部分に「光源氏の口から発せられた文言」と切り出しているのを見て、えっ?と目が釘付けになった。「文言」とは文章中の語句のことではなかったか。ここで「光源氏の口から発せられた言葉」とあったならば、すんなりと読み進むことができたんだが。

重箱の隅をつつくのも時には必要かと。(2005/04/10)


われわれ一般大衆にもっとも身近な新聞とテレビのニュース報道からは、裏切りに会ったような気分にさせられてしまう事がよくあるのは何故だろう。記事を読み進めているうちに突然あとが無くなって茫然としてしまうのだ。また逃げられた、そんな気持になるのだ。取材の掘り下げがないのである。記者の未熟さのせいなのか、掘り下げた部分が故意に切り捨てられたのか、その辺はさっぱり分からない。

幸か不幸かわが家では親の代から朝日新聞なので、普段は朝日しか目を通していない。その結果がこうなのだが、ほかの全国紙だって大して違いはあるまい。いずれ劣らずスポーツ紙なのか日刊生活便利雑誌なのか分からないような新聞を購読している気分になることに変りはないだろうと踏んでいる。いずれにしても言いたいことは次々に発生する。黙っていては体に毒。

「変貌する米IT産業(上)」

4月7日付け朝日新聞朝刊記事の見出しの一つである。アップル社はiPodを世界中で過去3年余の間に一千万台売ったが、シリコンバレーにある本社では20人弱のデザイナーと設計に当るアメリカの大学機械工学科などを卒業した幾人かの若手技術者を擁するだけで、部品の供給や組み立てはほとんど中国や韓国の企業が、それに日本からも東芝や日立が請け負っている。

この記事を読んで、ふと思い出してしまったのは、日本でも18世紀の始めから発達して行った問屋制家内工業のことである。商業資本をもつ問屋が農家に原料や道具を貸しつけて製品を買い取り、その支配する流通経路にのせ高い付加価値をつけて広域にわたって、なかには全国にまたがって売りさばいたという遠い過去の歴史事実である。問屋が農家から製品をどこまでも安く買い叩き、苛酷な搾取を事とする光景はふんだんに目撃されていたという。

資本をもったアメリカの企業のやっていることは、気が付いてみると、これとそっくり同じだった。記事によれば、アップルは「自社がもつ消費者情報に即して世界で売る」とある。消費者情報といえば聞こえはよいが、何のことはない。上の問屋と同じで流通機構を支配すれば何でも出来ないことはない。

一つの機種の販売価格に含まれる部品コストの割合はほぼ60%だそうで、これは、部品製造にかかわる何万とも知れない人々がこの中から乏しい分け前を受け取り、残り40%を(組み立て工場の取り分は不明だが)恐らくは100人に満たない本社の人員が山分けする構図にも見える。記事は「家電製品のコストとしては一般的な水準」と言う。アップルを擁護するかのような口調に聞こえてしまったのは、自分に修業が足りないからか。この記事の別の見出し、「世界が詰ったiPod」「日中韓の部品駆使」も、アップルを賛美する調子が、厄介な性分ながら気になって仕方がない。

たぶん同じことはデル社やヒューレット・パッカード社もやっていることで、ひとしく荒稼ぎしている。この事態を評して、スタンフォード大学のある偉い先生は、中国企業などと米IT大手との「両者は補完関係にある」と楽しげに、(記事によれば)指摘したという。最近はODM(創作デザイン製造者とでも言えばよいのか)の名で開発設計まで任せるケースが増えているという。ここでつい、西洋人は言葉の魔法使いであることを思ったのは行き過ぎか。

過去の忌まわしい歴史事実はきれいさっぱり忘れ果て、あらゆる醜悪面を美しい言葉で覆い隠しながら同種同質の行為行動を、誰からの咎めもなく繰りかえす。まわりを見渡せば、そのような事例はごろごろ転がっている。

(2005/04/09)

京都は河原町三条の表通りにあったファストフードの店に入る。薄くはあってもいくらかでも多めのコーヒーを飲もうと思えばこういう店に入るしかない。

 カウンターの前で年若い品のない白人の男たちが5、6人ほども群がっていた。かつてのヒッピーと大差ない薄汚い風体。早くもその一人は、大事そうにトレイを片手に持ったまま手近の椅子に腰を据えて、もう片方の手でせわしくフレンチフライをつまんでは口に運んでいる。まるで餓えた野良犬を見るようだ。彼の前かがみの姿勢でせわしなくトレイから食いあさる姿は、こぎれいな店内をいつの間にか残飯置場に変えてしまっている。しかも、この男は盛んに口を動かしながらも首を時々もたげて落ちつきなく辺りを見まわす。これはもう猿に近かった。ちらと目が合う。猿にしては何とも卑しげな目つきが一瞬こちらを凝視する。

 ようやく皆が思い思いの品物を手に入れると全員2階に上がって行った。彼らは客のまばらな広い食堂の壁ぎわに陣取って食事にかかった。くだんの男も一緒だ。彼らはおとなしく静かだった。

 しばらくすると、そこへ若いウエイトレスが紙に包んだハンバーグ・サンドイッチを一個盆にのせて近づいてきた。女はこのグループの一人に少し前かがみになってこの紙包みを渡した。そこまではまあ普段に目にする景色だった。

 その直ぐあと私は思いがけない光景を目撃した。女は、その男に対してかすかに腰を落とす仕草をして引返して行ったのである。その仕草は、中世のヨーロッパで宮廷に伺候した若い貴婦人が貴人の前でつつましく可愛らしげに両手でスカートを軽くつまみながらひょいと腰を落とすあの仕草にそっくりだった。

 ウエイトレスはそれをごく自然に無意識にしているように見えた。だが、この女が日本人客に対しても同じことをするだろうか。限りなく疑わしい。どこで習ったか知らないが、白人であれば無差別にふるまう、白人に対してだけの専用の挨拶なんだろうか。

 折しも、サッカーの世界杯大会が日本と韓国で開催されている時だった。テレビでは、若い男女二人のアナウンサーが、天野裕吉さんにこもごも問いかけて大会の感想を聞いていた。

「今度の大会で得た最大の収穫は、日本人や韓国人がその文明度の高さを世界中に見せることができたことです。彼らは観覧席から自国のチームに声援を送るのと変らぬ、人間性にあふれた一貫した態度で相手国チームの健闘に惜しみない拍手を送りました。日本の競技場でも韓国の競技場でも何の騒ぎも非行も起りませんでした。ヨーロッパなどでしばしば起る野蛮な暴動や敵意むき出しの争いなどは起りませんでした」。

 天野氏は大体このようなことを語った。異論の余地のない言葉に思えた。ところが、天野氏に問いかけた女のアナウンサーの反応はどこかおかしかった。返す言葉に窮したようで、そのまま絶句してしまった。

 西洋を野蛮視したことが女の意表を突いてしまったに違いない。欧米が野蛮という、おそらくは初めて耳にした言説を、この女の頭はとても受け付けなかったんだろう。同調を拒むために、無言を通さないではいられないほどの強い反感もあったのだろう。心のなかに育てていた西洋像の神聖性を穢されたように感じたかも知れない。

(2005/05/06)