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ファイティン!

深部静脈血栓症(プロテインC欠乏症)。39歳で不妊不育治療。妊娠中血栓が出来、ヘパリン治療しながら出産。産後、腰椎圧迫骨折。42歳で第2子出産。産後10ヶ月血栓が再発。
持病をコントロールしながら働く、小学生男子2人のおかあちゃんです。
日々の生活を綴ります。

息子は3歳後半から世界の謎に気付き、様々な問いかけをしてくることが増えました。

「ここ地球?保育園は地球の上にあるの?」

「いのちってなあに」

「雲がすごく早く今日は動いてるのどうして?」

「これなあに?」(と自分の睾丸を指差して聞く)

「お月様は一緒にいつもついてくるのどうして?」

「ひいばあちゃんなんで死んだの?」

「虫はどうしていっぱいいるの?」

「どうして地震は起きるの?」

 

と、質問は突然かつ多種多様で、ウムムと思うのですがなるべくきちんと答えるようにしています。

ただ、毎度毎度真面目に答えるうちに、夢のある答え(ウソ)があってもいいじゃないかと思うようになり、当たり障りのなさそうな質問には夢のある答えを、と思っています。

 

「信号はどうして色が変わるの?」

「信号の神様がいて、青に変わってほしいなあという人の願いを叶えてくれるんだよ。」

「信号の神様ってどこにいるの?」

「信号機の柱の中にいるんだよ。」

「ふうん。」

 

この会話をしてから息子は信号待ちの時必ず「青になれ〜!!!青になれっ!」と信号の神様にでっかい声で叫ぶようになりました。

青になると、

「みんなが渡れたの、ボクが信号の神様に言ったおかげだよね。」と彼は満足そうです。

こんな息子との会話が大好きです。

 

信号待ちで「青になれ〜」と叫んでいる子供がいたら、ちょっと温かい目で見てくれたらありがたいです。

 

 

やっとクシャミの季節が去りましたね。

新しい生活が始まり、我が家は目下激変中です。

 

実に4年ぶりに働き始めました。

 

仕事中に血栓出来て入院、復職して妊活、排卵誘発剤使用後に再度血栓で休職、妊娠、出産、骨折寝たきり、リハビリ、第2子妊娠と出産、血栓再発、治療、と盛り沢山な4年でした。

働かなくて社会的に孤立したような不安に襲われたこともあったけど、本能のままに子供と過ごす毎日が本当に楽しくて幸せで、子供の側にもっといたいな〜と心の底から思いました。

 

 

が、残念ながら経済事情が許さず。

私が遺伝性の難病である→一生投薬、定期受診が必要であること。お金かかる!

実は最近子供の遺伝子検査結果報告が出て、子供全員残念な結果でした。

と、いうことは子供達の医療費なども覚悟して備えなければ。

 

母ちゃんは頑張って働くぞ〜。

 

話は変わりますが、

子供達の遺伝子検査の結果について、今回の遺伝子検査の結果を母に伝えると、とてもがっかりしていました。

そうしてポツリ「ごめんね」

私の遺伝子検査の結果が出た時と同じ言葉でした。

 

私が遺伝性プロテインC欠損症と判明した時、家族ほとんどがプロテインc活性を測定し、正常ギリギリ〜低値を示した人は遺伝子検査を受けました。

結果、母(無症状)、私が該当し、祖母、私の兄弟は該当しませんでした。

当たりハズレが判明した時、母は「私のせいで」と何度も謝り自分を責めているようでした。

子供が自分と同じ病気だったら、ごめんねと思う気持ちは分かります。苦労が予測できるから。

ただし自分を責める気持ちは私にはありません。誰も悪くないしどうしようもない問題だから。

だから母を責めるなんてお門違いもいいところだと思ってます。同じ病気の同志なんだなあ、と思うだけです。

遺伝子検査の結果から色々なリスクを回避して生きていくことができるのです。

早く分かって良かったなあと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の続きです。

難病指定医を探して3千里(気持ち)。

難病情報センターのNo.327 特発性血栓症のページにある「血液凝固異常症等に関する研究班」のリストにある病院と先生を調べて見ましたが、研究班って研究なので臨床家じゃない医師当然混じってます。血液凝固異常一括りなので、プロテインC欠乏症が専門じゃない医師も混じってます。血友病とか、血液腫瘍とか。

リストの所属から病院のページを検索してみると、うむむむ〜一体何科を受診するのかよくわからなくなる病院も。

と、いうわけで、リストにはあった東大病院と慶応大学病院は診療科とリストの医師の所属が違いそうなのでやめました。

内情を知ってる方がいましたら教えて欲しいです。

 

結局2つに絞りました。

 

東海大学八王子病院内科。

研究班リストにあり、難病指定医でもある!ただし専門は血液腫瘍。でもプロテインC欠乏症も診療しますとのこと。

 

東京医科大学病院臨床検査医学科。

リストにないけどHPにはっきりとプロテインC欠乏症診てますって統計も出してる。

難病指定医2名。難病申請したこともあるそう。

 

どちらも紹介状とデータ持参で難病申請の相談に乗ってくれそうです。

迷った末、東京医科大学病院を決めました。

 

そして昨日、行ってきました。

プロテインC欠乏症の患者さんも数十人診ているそう。

これまでの経緯、治療歴、現在の状態、採血、相談の結果…

難病申請の診断書は書いてもらえませんでした。

 

難病の重症度レベルの判定で、ほぼ満点(重症ではない)でした。日常生活が手すりがあれば送れるレベルではダメらしい。

スコア表があるのですが、寝たきりレベルじゃないと申請通らないとのこと。

再発を繰り返す場合、スコア点が高くても認定されることがあるらしいのですが、申請時から半年以内の再発、と条件あり。

私は半年以上前の再発なので該当しませんでした。

 

先生曰く、「通院できるレベルの人は認定されない。」とのことでした。

厚労省が難病指定病を拡大したとはいえ、実際のところ寝たきりじゃないと認可が下りない仕組みになってるようです。

この病気でそこまでの症状が残る患者は少なく

この病院で認定を受けた患者さんはいないそうです。

 

と、いうわけで、難病申請への道はあっけなく幕が下りました。

 

3年前の寝たきりのあの時だったら(その時はまだ難病の指定されてなかったけど)、きっと難病認定されただろうなあ〜

 

でも、あの時に戻りたいわけじゃない。

 

 

 

 

「血栓がちぎれ詰まったら2分で死ぬから動かないで」と点滴とモニターだらけで横たわっていただけの日々も、寝返りも出来ずオムツはいて激痛に只々耐え、産んだばかりの赤ちゃんの後頭部を只ひたすら見て過ごしたあの時とも、今は違う。

 

10kgの子供とベビーカーを抱えて新宿の病院まで電車に乗って来れた!

今はそれだけ元気になったんだ。

そう思ったらとっても気が楽になりました。

 

 

ひまた再発したら難病申請はその時考えよう。