ガラスのお家に、女の子が、住んでいました。
壊れやすいガラスのお家は、青々と繁った夏の森の奥の、
冷たい大きな青い泉の、ずっと奥の、陽の良くあたる、
温かいところに、そっと、大事に、ありました。
女の子は、ソファーに座って、窓の外を、
眺めているのです。ソファーは、ひどく古く、
焦げた茶色い革で、ふかふかです。
赤い小さなバラの模様のカバーがかかっています。
女の子が、思い出したように立ち上がって、ガラスのティーセットを準備しています。ガラスのやかんで、お湯を沸かし、
ガラスのティーポットに、紅茶の葉を大さじ1杯入れました。窓辺に並べてあるガラスの鉢植えには、数種類のハーブが育っています。女の子は、白くて細い指で、レモングラスを一枚ちぎると、それを小さな鼻に近づけ、目を閉じて、すうっと、香りを嗅ぎました。
女の子の長いまつげが、窓から射す温かい光に透けて、白い肌に影をつけ、上まつげと、下まつげの隙間から見える緑色の瞳が、宝石の、ルビーみたいに角度によって細かく輝いて見え、それは、とても綺麗でした。
ガラスのお家は、壁もドアも、家具も、食器も、全て、薄い、壊れやすいガラスで出来ていました。ガラスのお家は、そっと、行動しなければ、なりませんでした。もしも、乱暴に、行動したのならば、お家や家具は、あっという間に壊れて、割れて、破片が飛び散り、指を切って血を流してしまう恐れがあります。女の子は、恐れているのです。
自分が、堂々と行動することによって、ガラスが壊れて、自分が傷ついてしまうことを。
唯一、布の部分だけが、柔らかい布なのです。女の子のお気に入りの、小さな赤いバラの模様のカバーがかかった革のソファー。白い、レースがいっぱいの、ふわふわのワンピース。茶色の髪に、ビー玉みたいな緑色の目をした女の子は、いつでもそっと、行動します。ガラスのお家が、壊れないように、そっと、そっと、行動します。
お家の外へ、出ることはしません。ドアの外に出ようとドアノブを握ると、お家の外に出るという、つまりは、新しい世界へ飛び出すことの、女の子の心の恐怖によって、ドアノブが、たちまち鋭く尖り、女の子の、ドアノブを握った手を、切ってしまうのです。
女の子は、新しい世界が、恐くてなりません。
新しい場所へ飛び出そうと思うと、手を怪我してしまいます。
それは、自分が、傷つくことなのです。
女の子は、自分が傷つきたくありません。
女の子は、気に入っています。何の傷も跡もない、すべすべの、柔らかい自分の白い肌を。
傷なんて、つけたくありません。それは、痛いことであるし、赤い血を流したくないからです。
なので、そっとそっと、お家の中で、行動するのです。
こんな風に、ソファーに座って、窓の外を眺めるのです。
安全だからです。
やかんのお湯が、沸いたようです。
透明なガラスのやかんからは、ボコボコと沸騰するのが見えます。
女の子は、緑のチェックの鍋つかみを右手につけると、やかんを持ち、ガラスのティーポットに、注ぎました。
数分蒸らして色が付いてから、ガラスのカップに注ぎました。
さっきちぎった、レモングラスを、浮かべました。ソファーに運ぶと、深々と腰掛けて、ティーカップを、鼻まで近づけて、すうっと、香りを嗅ぎ、ふうっと、一吹き、桃色の、花びらみたいな小さなお口で、紅茶の表面を冷まして、つっと、口付けました。
あぁ。あたたかいな。おいしいな。と、女の子は、思いました。
けれども、口に出しては、言いません。なぜかというと、自分の声によって、空気が振動し、薄いガラス出来た自分のお家や家具が壊れるのが、恐かったからです。静かに、心の中で思います。あぁ。おいしいな。やっぱり、紅茶は、レモングラスを浮かべて、少し、すっとするのが、いいわ。とても、おいしいもの。あら、どうやら、今日は、いいお天気ね。って、言っても、いつも、いいお天気なのだけれど。
そんなことを心の中で、思います。けれども、決して、口には、出しません。言葉にして、何かが壊れてしまうのが、恐いからです。
チチチチチ。
青い小鳥が、やってきました。女の子が見ている窓に止まり、コツコツと、窓をくちばしで叩いています。
女の子は、かわいいと思いました。触りたいと。衝動的に。女の子の感性で。
うっかり、傷ついてしまうことを忘れて、窓を開けようとしました。
しまった。あわてて窓から、手を離します。細い指は、すっと、切れて、傷に気が付いた瞬間から、血が出ていました。開けようとした窓が、尖っていたのです。女の子は、悲しそうに、眉を寄せ、傷ついた指を、花びらみたいなお口に、運びます。ちうちうと、自分の血を、吸います。もう一度、傷を、見てみます。まだ、血が出てきました。
いったい、恐怖とは、どこから来るのでしょう。青い小鳥は、不思議そうに頭を傾け、窓の外から、女の子を見ています。
コツコツコツ。窓を開けて。と、小鳥は、くちばしで、ガラスの窓を叩き合図します。
窓から見える景色は、きらきらと美しく、青い森も、大きな湖も、風も太陽も、すべてが見えます。一度も出たことの無い、お外の世界です。小鳥は、諦め、広いお空に、自由に飛び立って行きました。
女の子は、指を口に当てたまま、小さくなり、また、前より、臆病になります。指の傷は、たいして痛くありませんでした。ただ、ちょっと、窓を開けようと思っただけなのに、窓を開けることも出来ず、お外の空気を吸うこともできず、青い小鳥に触れることも出来ず、窓に傷つけられたことが、ひどくショックだったのです。
女の子は、さらに、臆病になります。そして、前よりもっと、慎重になります。一度傷つくと、もう、傷つきたくないと思うのです。
そっと、そっと、大事に行動する女の子は、実は、傷つくたびに、体が、小さくなっているのです。臆病になるたびに、ちょっと小さく、慎重になるたびに、ちょっと軽く、どんどん、小さな女の子になっています。
女の子は、自分の体の変化に、気が付いていません。自分が傷つかないことに気を使っているせいで、大切なことに、気が付いていないのです。
女の子は、そっと、そっと、行動するので、ちっともお腹が空きません。今朝も、ぶどうを、ひとかじりしたきりです。また、少し、細くなっていました。けれども、美しさは、そのままです。しゃべらないのも、そのままです。女の子は、気が付きました。目を閉じていればいいのだと。ソファーの上で、横になって、目を閉じています。じっとしていれば、傷つくことなんて、ありません。お腹をすかせることもありません。すると、動かなくてもいいのです。動かないことは、失敗する可能性を低くさせます。目を閉じること。 女の子は、名案だと、思いました。
ある日、コツン。という、ガラスの窓に、小さな石が当たった音に、目を覚ましました。この辺は、最近、めったに夜がないので、いつ目を閉じて眠っていても、お昼寝になるのです。女の子を、お昼寝から覚まさせたのは、男の子の投げた小石でした。
女の子は、初めて見る男の子に驚き、ソファーから転げ落ちてしまいました。転げ落ちて、四つん這いになりながら、ソファーの後ろに、隠れます。男の子は、それを見て、笑っています。
その驚きは、相当なもので、ソファーから落ちた衝撃で打ったお尻は、ひどく痛いものでした。ソファーの後ろに隠れながら、打ってしまったお尻を慰めるように撫でます。すごく、じんじんとします。久しぶりの、痛みです。女の子は、思いました。やっぱり、誰かと会うことは、自分を傷つけることなのだなぁと。
「なにしてるの?」
男の子は、大きな声で、外から話しかけてきます。男の子は、少し太っていて、服も靴も、森と湖で、思い切り遊んでいたせいで、べとべとと、泥で汚れています。
女の子は、大きな声が、恐怖でした。声の空気の振動で、お家が壊れてしまうのではないかと。割れた破片で、自分が傷ついてしまうのではないかと。だから、辞めて。と、思いました。でも、言えませんでした。大きな声を出したくなかったからです。
男の子は、どすどすと足音を立てて、汚れた服とぷよぷよのお腹を揺らせて、ガラスのお家に、近づいてきます。女の子は、恐怖でした。恐ろしくて仕方がありませんでした。恐かったのです。どすどすと近づいて聴こえる足音と、無神経な大きな声が。
トントントン。男の子が、ガラスのドアを、ノックします。もう、随分開けていないガラスのドアです。指を切ったことがあるので、もう傷つきたくなくて、触ることを避けていました。女の子は、耳を手で塞いで、ソファーの後ろで震えていました。また、さっきより、体が、小さくなっています。
男の子は、ガラスのドアを握りました。
「いってー!」
男の子は、女の子の恐怖で尖ってしまったガラスのドアで、指を切ってしまいました。女の子は、ソファーの後ろで、怯えています。
男の子は、勇敢です。指の血を、ぺロっと舐めて、ぷっと、唾を吐いて、また、ドア握ろうとしています。女の子は、そっと、目を開けて、緑色のビー玉の目で、その様子を見ていました。本当は、誰かに会えたことが、小さく嬉しかったのです。ガラスのお家のお外にも、出てみたいと思ったのです。
薄く、刃物みたいに尖ったガラスのドアは、今にも、男の子の、ぷっくりとした指の皮に、すっと食い込んで、線みたいな傷を作ってしまいそうです。女の子は、悲しくなりました。
誰かと近づこうと思ったら、誰かを傷つけてしまいます。それも嫌で、しくしくと、泣き出してしまいました。
「だいじょうぶ?」
男の子は、泣いている女の子を見て、心配しています。早く、助けてやりたいと思いました。指が切れてしまいそうなので、ガラスのドアには、近づけません。そのまま触るのは、危険です。辺りを見回して、大きな石を見つけました。それを拾って、ガラスのお家に、近づきます。
女の子は、どきりとしました。それを、投げたら、ガラスのお家が壊れてしまう。それで、私が、傷ついてしまう。止めて欲しいと思いました。
男の子は、うんしょ。うんしょ。と、石ころを引きずるように、持ってきます。石の重さと、ガラスのドアを見比べて、割ってやろうと思っています。両足で踏ん張って、石ころを、持ち上げました。投げようとしています。女の子は、やめてと、思っています。やめて、と、思っています。やめて、と思っています。
「やめてーー!」
ガシャン。大きな音をたてて、ガラスのドアが、割れました。大きな石が、玄関に、転がっています。
男の子が、向こうから、手招きをしています。女の子は、恐る恐る、ソファーの後ろから立ち上がり、割れたガラスの破片に気を付けて、ガラスのドアを、くぐり、外へ出ました。ドアをくぐり抜けたとき、そこは、初めての外でした。ガラス窓を通らない直接の太陽のまぶしさに、目が眩みました。女の子は、男の子と手を繋いで歩きます。足で、草を踏むと、きゅっきゅと、言います。風が、草を通ると、ささっと、言います。湖は、ちゃぷんと、動いています。
女の子は、目を輝かせます。全てが、新しいのです。空気の、気持ちいいこと、外の世界には、自然の音があって、いつでも新しい音が生まれることに驚きました。草の匂いのする柔らかい風が、体に当たることの気持ちよさを感じました。青い鳥が、二羽、木の枝から、女の子に向かって歌っています。女の子は、笑います。気分がいいのです。
後ろを振り返ると、ガラスのお家は、ありません。男の子が、女の子の手をひっぱって、森の奥へと、走ります。二人の足音と、女の子の声の高い笑い声は、きらきらと、森の音と重なって、そっと、流れて行きました。
こういうのどう?(^ω^!)
って、ちょっと、書いてみたー。
なんか、感想とかあったら、くださいー(><)