どうも、ちょっと真面目にラジオ体操しただけで筋肉痛のsugoです(・ω・)/
太股の裏と脇腹が痛いです(´・ω・`)


まぁ、その筋肉痛が2日後とか3日後にきてないだけまだましなのかもしれませんが、
ラジオ体操しただけで筋肉痛って……。


体、なまりすぎだろー!!!ヾ(。`Д´。)ノ


こんな自分の体のなまりっぷりに驚く今日この頃、みなさんいかがお過ごしですか?笑



さて、本日のお題「頑張る」ですが。
これは「sugo、~を頑張りますっ!(・ω・)/」という頑張る宣言ではございません。


つい先日ある若者と話す機会がありまして。
その人から「自分はこんなに頑張ってるのに…」という愚痴込みの悩み相談を受けたのです。


誰だって「自分はこんなに頑張ってるのに評価してもらえない」だとか
「結果がついてこない」だとか、そういう不満や不安ってありますよね。
たまには頑張った自分を誉めてもらいたいっていう気持ちも。


その気持ちはよーくわかるのですが…。


自分がどれだけ頑張ったっていう「頑張った尺度」って人によって違うものだと思うのです(´・ω・`)
そして、「頑張った」というのは自分が自分に与える評価ではなくて、
人からもらえる評価だとsugoは思うのです。


もちろん、心の中で「今日の自分すごく頑張った!」っていう自己満足も時には必要だと思います。
「頑張ったからご褒美にケーキを食べちゃおう( ´艸`)」とか(笑)


でも、それはあくまでも自分の心の中にとどめておくもので、
それを人に期待するのは何か違うなぁとsugoは思います。
だって、人によって価値観は違うんだから。


例えば↑の子の話で言えば、「私はこんなに頑張ってるのに」と言っているその子は、
自分の中ではものすごく頑張っているのでしょう。

でも、それを聞いていた客観的な立場のsugoからしたら、
「えっ?まだ努力が足りないよね。だから結果もついてこないんじゃないの?」という温度差。
もちろんそれは口に出して言いませんでしたけど。
傷つけちゃうからね(´・ω・`)


「私は頑張ってる」と自己満足をするのは本人の自由ですが、
その評価を他人に求めようとするから不満に思ったり愚痴になるのだと思います。


なぁんか甘えだなぁと感じました。


ただ甘えたくてそういう話をしに来たのだと思うので、
「いや、自分で言うほど頑張ってないんじゃない?」とバッサリ切り捨てることはせずに、
「そっか、頑張ってるのに結果が出ないのは辛いね」と甘やかしましたが、
世の中そんなに甘くないですからね。


どんなに自分が「頑張った」「頑張ってる」と思っていても、
結果がついてこなければ意味のないことが世の中にはたくさんありますから。
勉強も、仕事も。


いつか、その人もそれに気付く時がくるんだろうか…と思いつつ、
甘やかすだけがいいとは限らないと知りつつ、この前は甘やかしてしまいました。

それがよかったかどうかはわかんないけど、
「sugoさんが頑張ってるって認めてくれた!」と逆にやる気になってくれるのであれば、
結果オーライかなぁ。。。


他人から見たらそんなに頑張ってないんじゃないかと思うような、
自分にとっては「それなり」の頑張りも、たまに認めてもらいたいもんね。
人間は弱いから。


でも、「自分は頑張った」と言い切ってしまうのは
「そこが限界です」と自分で限界の線引きをしてしまうようなもの。

「sugo頑張りますたっヾ(。`Д´。)ノ」は、
たまに自分にご褒美をあげるときの言い訳として使うだけにして、
「まだまだ頑張らにゃ」というくらいの意気込みで日々精進したいと思うのですた(`・ω・´)

自分で限界は決めないぜっ(笑)


さぁ、今日もバイトだ!
頑張るんば!(・∀・)b


ほんじゃ、ウェスポン(。・ω・)ノ゙