今回は長文です。
できれば、ジックリ
お時間の取れるときにでも、お読みください。
当息子代行(47)の自宅の前には、
ゴミ収集場所があり、玄関からすぐの距離にあるので
ちょいちょいゴミを出すのに便利だ。
可燃ごみ、不燃ごみのほか、
空き缶やペットボトルなどの資源ゴミも、分別されつつ、
指定された各曜日に同じ場所から回収される。
週に1度の資源ゴミの日には、きまって
缶ゴミなどの資源を許可なく無断で持ち去る輩が現れる。
チャリンコでやってきて、ゴミのBOX内をほじくり、
アルミ缶だけを選別し、荷台に積載して、姿を消すのである。
この人々を、我が家(自分)では
「連中」
と呼んでいる。
この「連中」にとっては、我々にとってのゴミが有用なのである。
それはゴミなのか、そうでないのか?
ワタシは、
タダで資源を持ち去ろうという人から
労働力を得ようと、次のような仕掛けを用意した。
(得意の発想の転換だ)
まず、自宅からゴミを出す際に、缶、瓶、ペットボトルを
すべて同じ箱につっこみ、その箱ごと
回収場所に置いてしまう。
(自宅の直近だからできる特権ではあるが)
複数のゴミを同じ箱に入れるだけなので、自分達としては、
分別する手間や置いておくスペースが省ける。
資源ごみ回収の当日、
連中は、ワタシの仕掛けたビン、カン、ペットのごちゃまぜの箱に近付き、
お好みのアルミ缶だけを抜き取るのである。
このことは、
各ゴミを選別する作業の一部を連中にあてがったことになるといえよう。
連中が立ち去ったあとに、
残されたペットボトルとビンだけを自分で仕分けて
指定されたBOXに入れ直せばいいワケだ。
だがこれは、ワタシのように、時間もヒマもある人で、
変態的な考えの人物のなせる業ではあるだろう。
◆ ◆ ◆
今度は、同じゴミでも
同居の義父(79)にとってのゴミの話である。
義父は、趣味である近所の巡回の際に
主にスニーカーを履いて歩いているのであるが、
所有するいくつかのぼろいスニーカーを整理するのも、
当息子代行の仕事である。
義父は小さい関取のような体型のためか、
その歩き方によって、靴の傷み(かかとの片減り)が激しい。
義父は、かつて葬儀の際に
履いていた革靴の底が片側だけベロンとズルむけて、
靴底全体が外れ、ペランペランに地面に転がり
悲しみにくれる参列者の笑い(冷笑か?)を取ったことがある。
最近、ワタシが整理した義父のスニーカーは、
ホームレスでも履いていないような
かかとが減り、つま先に穴もあいてそうな
おんぼろニューバランスだった。
どうみてもゴミじゃん、
処分しようと、別の場所によけておりました。
(悪い靴のせいですべって転倒したりすることを防ぐ愛ゆえですよ)
そんなような靴を好んで履いているのだが、
それらは、ゴミではないのだろうか?
ボロとはいえ、断りもなく靴を捨てるのは良くないと思って
しばらくぶりに目に見えるところに出してみたら
あー、これは、履きやすいんだ、だって。
滑りやすくて危険だとは伝えましたが。
その一方で、当息子代行は、
スラッとした中年モデル(まじで某演劇アカデミー中年生徒募集の合格歴有)の体型であり、
歩き方もスマートなため(自分で言うか)
靴がひどく傷むようなことはほとんど無い。
なので、同じ靴を長いこと履いても
わりと古くないように見えることがあるようだ。
この前の出来事だ。
私が7-8年履いた
アディダスのハイカットのスニーカー
靴の内側の壁が擦れてほつれた結果、クボミが複数できてしまい、
そこが足に当たるので、履いていてとても不快な状態になった。
でも、外見としては捨てるほど傷んではいないので、
しばらく放置し、臨時的な用途で履くことにしていた。
が、先日、ちょっとした場面で
その靴を履いたのだが、やはり履き心地が誠にもって不愉快だったため
もう解雇だ、とばかりに捨てる決意をした。
単に捨てればいいものを
またワタシの悪い「実験癖」が頭をもたげる。
かの自宅前のゴミ置き場にしれっとその靴を置いておけば、
資源ごみの日に
「連中」がやってきて、靴を持っていくかもしれない。
やってトーライ、と考えたのだ。
そうすれば、ゴミの減少。
エコであるうえ、連中もハッピーだ。
まず、この発想がいけないのだが。
◆ ◆ ◆
かくして、春うららの晴天のもと、
資源ごみ回収日の朝に
ビン、缶のBOXの脇に
捨てられる運命にある中古アディダスが
ひっそりと1足そろえて裸のままさらされた。
出勤前のワタシはアディダスを放置したまま
別れを告げ、家を出る。
通常なら、ゴミの回収時間は昼頃だ。
それまでに、連中はゴミ靴を持って帰るだろうか?
わたしが玄関から出た後
しばらくして、妻が
そのアディダスを目撃した。
仕事のため、自宅を出ようとした際に
目に入った模様。
次のようなメールがワタシに送られてきた。
「なんでくつだしてんの?
燃えるゴミだからひっこめていい?」
当然の反応である。
意図を説明せず黙って靴を放置した当方。
曜日を間違ってごみを出したと思われたのだ。
確かに靴は資源ごみではない。
その後、靴はゴミ置き場からいったん自宅に回収されることに
なったつもりでいた。
が、妻は実際にはアディダスを回収せずに
仕事に向かったのであった。
つまり、アディダスは
しばらくそのままの姿で放置され続けていたことになる。
すると、約3時間後、
自宅に戻ってきた妻よりメールを受信
「いま帰宅したが、靴がない!」
そうですかそうですか。
こちらの意図したとおり、今日の缶ゴミと一緒に
連中が持ち帰ったのでしょう。
めでたし、めでたし。
なんてまた、この自己中な発想がいけないのだが。
◆ ◆ ◆
あくる日、ワタシは
自宅駐車場の整頓状況をチェックしていると、
連中が持ち去ったはずのアディダスを発見。
じいさんの靴置き場に、古びたスニーカーと共に
仲良く置いてあるではないか。
確認のため、そのとき外出中だった妻にメールでさっそく経緯を問うと、
「そう。(持ち去ったのは)
うちのじじぃだった、お恥ずかしい」
という返信だ。
いったん捨てた靴がまた家にあることに
軽い憤りを覚える。
しかしながら、
当のご本人は、気に入ってそのゴミを履いているというのだ。
それはゴミなのか、そうでないのか?
いやぁ、結構履き心地がいいねぇ
この靴は
とは、じいさん談
ワタシの方が足のサイズは大きいのに
履けるもんなら履いてしまうというこのセンス
これぞ、昭和初期の漢(おとこ)
その靴は捨てるはずだったのです。
上述のおんぼろニューバランスを代わりに捨てますからね。
という息子代行からの交換条件を落とし所にしたのでありました。