カン・ヒビンさんのコラムから
ブレークするきっかけとなった『コーヒープリンス1号店』から10年。コン・ユはいまだに頂上をめざして登り続けている。彼が見せてくれるドラマや映画の世界が、見ている人にはなんと魅力的にうつることだろうか。
様々な役柄を演じ分ける
孤独でない俳優はいない。
俳優になるには必ずしも孤独である必要はないが、俳優を続けているうちに誰もが孤独になっていく。
なぜならば、演じる役柄になりきろうとすれば、自分をひとりぼっちにしなければならないからだ。そのうえで、人恋しいように役柄に入り込んでいく。それができる俳優こそが名優の仲間入りを果たせる。
何よりも、孤立すら知らない人間が、多様な人間の心理に分け入っていけるわけがない。そのことをコン・ユを見ていると、つくづく実感する。
彼はなぜ様々な人物像をあれほど的確に演じ分けることができるのか。
それは間違いなく、深遠な世界を一人で旅しているからに違いない
鬼として生きる寂しさや切なさ
様々なドラマを見ている合間に、忘れられない記憶のように思い出す作品がある。コン・ユが主演した『鬼<トッケビ>』もそんな特別な存在感を持ったドラマだった。
主人公のキム・シンは、900年も生き続けている高麗時代の武将である。彼は主君に裏切られ、愛しい人たちも失い、胸に剣を刺したまま900年も鬼として現生をさまよっている。
これほど不思議な設定は、ドラマの世界では例がないかもしれない。そんな主人公をコン・ユは内面性を隠したまま演じた。そこに神秘の世界があった。
彼は制作陣から熱烈なオファーを受けて出演を決断した。
この「熱烈な」という点に意味がある。制作陣は「主役の鬼はコン・ユしかいない」と見込んだのだ。
その指摘が正しかったことを孤独なコン・ユが証明した。彼は鬼として生きる寂しさや切なさを見事に表現し尽くしていた
行き先は彼もわからない
2017年5月に行なわれた百想芸術大賞の授賞式でコン・ユはテレビ部門の男性最優秀演技賞に輝いた。
その際の受賞コメントがコン・ユらしかった。
彼は言った。
「この場に立つのが怖かったのです。いろいろな人生を生きてきましたが、いまは混乱しています」
感極まっていたコン・ユの次の言葉に強く惹かれた。
「私がどこにいて、私が誰なのか、私はいまどこへ行こうとしているのか……」
授賞式という晴れ舞台で、自分自身を見失ったかのような発言をしたコン・ユ。しかし、そこにコン・ユの率直な感情が込められていた。
さまよっていたのはドラマの中の鬼ではなく、俳優として王道を歩いているはずのコン・ユ自身だったのである。
「どこへいこうとしているのか……」
コン・ユはそう語ったが、行き先は彼もわからない。深遠な世界とは、そもそもそういうものなのだ。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
自分自身を取り戻すための休息が必要なことはよーーく分かる
彼がまた戻ってくる日をひたすら待ちますわ![]()
