僕のブログに足を運んで頂いてありがとうございます!
これも何かの縁ですからね。最後までお付き合いお願いします

さて、題にも書きました「メメント・モリ」。。。
皆さんは、この言葉をご存知ですか??
え?人の名前ではありませんよww
ラテン語で「死を想え」という直訳になります☆
「死を想え」??今日は暗い話か??
いえ、違います☆むしろ、ポジティブな話であります☆w
おそらく、読者の皆様は日本人でしょう。。。
日本人の「死生観」というのは、世界的に見ても特殊な気がします。
まずは、その話から。
そもそも、日本人は無宗教の方が多いです。
仏教徒でしょ?と思われるかもしれませんが、実は違いますw
日本特有の宗教は、「神道(しんとう)」と呼ばれるものになります。
ちなみに、ざっくりと、「神社は神道」で「お寺は仏教」ですw
「神道」と「仏教」の違いについては、また別の機会に書くとしまして。。。
欧米などでは道徳教育は宗教に頼ります。
キリスト教(カトリックやプロテスタント)、イスラム教、ユダヤ教などの信仰心や経典で道徳教育とします。
では、身近に宗教の無い日本の道徳教育は、何によってされていたのか。
これが実は「武士道」というやつなんです。
『武士道』・・著者は旧5千円札に描かれている新渡戸稲造。
この本は、「武士道」という概念を海外の人に説明するために書かれた本なので、大変分かりやすいです。海外ではビジネス書としても読まれているんですよ♪
その中でも書かれていますが、日本の道徳教育の基礎は武士道精神に頼るところが大きいです。
その影響は今でも大きくて、例えば「メンツ(体裁)」を気にするという日本人の特性は
ここに起因する部分が大きいです。
あ、話がズレましたね。ww
今日のテーマは「死生観」でした

そんな「武士道」でも、やはり「死生観」について触れています。
武士道と言われると、こんなフレーズを知っている人も多いかと思います。
「武士道とは、死ぬことと見つけたり」
これは『葉隠(はがくれ)』の有名な一節です。
え?「死ぬこと」って。。。死ぬために生きてんの??
そう思われるかもしれません。
半分正解で、半分不正解です。
簡単に言い換えると、
「どのような死を迎えるかに命を懸けなさい」
ってことです。
映画「ラストサムライ」の中で、渡辺謙さんが
「Perfect....」と言って死ぬシーンがありますよね?
つまり、そーゆーことです。
「どのように死ぬか」というのは「どのように生きるのか」と同義なんですね。
そして、自分の死にも「意味」や「意義」を求めるわけです。
武士道の中では「意味のない死=犬死」は、恥じるべき行為とされます。
「生きるべき時は、恥をかいてでも生き、死すべき時に潔く死ぬ」
これが当時の日本人の「死生観」です。
身近に「死」を感じ、「いつ死ぬか分からない」状況の中で、いかに自分の人生に意味を持たせるか。
「誰かの為に生き、何かを守るために死ぬ。」
決して私利私欲のために命を懸けないという事です。
冒頭で書いた「メメント・モリ=死を想え」もそういう事です。
いつ命を落とすか分からない状況の中で、いつ死んでも「Perfect」と言って死ねるように生きる。
自分が納得のいく人生を送るために、「死を想え」という事です。
「死」を感じることで、今を一生懸命に生きよう。
そういうポジティブなメッセージが込められているんですね。
長くなりましたが、今日も最後までお付き合いありがとうございました。
いつもこんな重い話ばかりではないので、興味があれば他の記事も読んでみてください☆
ではでは、また明日お会いしましょう♪
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