においとしての言葉【意味とは違う感覚】 | 確信犯的スーパー勘違い

確信犯的スーパー勘違い

人生は、潜在意識が信じている通りになります。
だったら、『思い切り楽しい人生になる』って
信じた方がいいですよね。
確信犯的に勘違いをしてみませんか?

こんにちは。

『理性の力で未来をつくる』

ロゴスことスギオカです。

 

 

この投稿は、2019年10月8日に書いた記事を

再編集したものです。

 

当時と比べると、

今ではさらにこの感覚は身についています。

 

自分が変わっていった節目の記録とも言えます。

 

 

 

 

どの時点から

と明確に示せるものではありませんが、

使う言葉が変わってきたな、

というのを自分で感じています。

 

「いや、けっこう前からだよ」

と思われるかもしれませんが、

自分の感触として

ネガティブな言葉が出にくくなっている

という感覚があるわけです。

 

つまり、「出ない」だけでなく

「出ない」ことを自覚できるにようになった

とも言えます。

 

「無くなった」ことを意識できるのは

無くなってすぐか、

何かのきっかけがある時なので

今回に関しては後者でしょうね。

 

 

では、何がきっかけか?

 

 

「ネガティブな言葉を使っちゃいけない」

という意識があるうちは

まだまだそれが思い浮かんでいる

わけですが、

今は、

出そうな予感があると自然に迂回する

感覚があります。

 

わかりやすい例で言うと

「におい」という言葉が持つ

ちょっと嫌な感じに似ています。

 

「匂い」と書けば

否定的な意味はありませんが

音としては「臭い」に通じるので

悪い語感がありますよね。

 

善い場合には「香り」と言いたい。

 

 

そういう感覚を

ネガティブワード全般に

覚えるようになったということです。

 

 

あと、

語気にも以前より敏感になりました。

 

大した意味もなく、荒げられる声には

自然に距離を取るようになっています。

たとえばそれは

善い香りなんだけど、つけ過ぎている

香水のようなものかもしれません。

 

 

そう考えると、

言葉はにおいに似ている

気もします。

意味とは違うレベルで

好き嫌いが判断されることもある

というか。

 

そう言えば、内田樹さんが

荒れた教室には

「え」行を伸ばす音が多いことを

指摘されていました。

 

「うぜぇ」「きめぇ」「ひでぇ」……。

 

 

ポジティブワードを使うというのは

要するに、

適切な音量でハッキリと発音する

ことなんですね。

 

 

未来は自分でつくれます!

 

 

この記事を読んで、参考になったり

感じるところがありましたら

『いいね』を、お願いいたします。

 

コメントやリブログいただけると、

さらに嬉しいです ^ ^