皆さまこんにちは~!
結構肌寒いですが、
いかがお過ごしでしょうか。
ゴールデンウィークですね~。
ウキウキ~、
ワクワク~、
生きてて良かった~、
体感していきましょうー!
なんたってゴールデンですからね❤️
さて、本日のテーマは
「火の鳥」です。

先日この火の鳥の
漫画を読んでいて、
不思議に思ったのですが、
手塚治虫さまの描かれた世界は、
不思議な世界ですよね~。

あ、ご存じない方もいらっしゃるかも。 

「火の鳥」は、

火の鳥の生き血を飲むと
不老不死になれるので、
みんな不老不死を求めて
火の鳥の生き血を飲もうとするんですね。

ま、いろいろなドラマもありますから、
古い漫画ですが、
結構読み応えあります。

で、最初のワクワクと
生きてて良かった~と
矛盾してしまうのですが、

皆さま
実は、全員が火の鳥の生き血を
飲んでいるとしたら…。

肉体を失っても、
再び肉体を持てるとしたら…。

人は死んだら、
良くて善霊。
悪くて悪霊。

どちらにしても
生き続けるのだとしたら…?

そうでないと霊障など
起こるはずもないのですが。

この世は、霊に満ちていて、
ただ見えないからわからない。

としたら?

もう消えたいですよね?
もう霊の無い世界に行きたいですよね?
もう世界が滅びるのなんて見たくないし、
悪がはびこるのも見たくないし、
カルマにも囚われたくないし、
完全なる無。
善悪を分離しない世界。

ワクワクも喜びも、
生きてて良かったもない世界。

どうしてもエゴから離れるのは
拒否感が伴い。

ネガティヴなエゴに囚われて
不幸な魂を続けてしまう。

悪霊になった魂なんて悲惨ですよ。

肉体を持ちませんからね~。
苦しみなんて肉体という
フィルターを通さずに
ダイレクトメールですよ。
即罹患。

ウイルスを止める術もなく。
生きているうちに解決も難しい。

死んだら同じレベルの
悪霊が寄って来て、

おい、にいちゃん。
俺んとこで働かんか?
良くしとくで~って、
人の生き血をすする魂。

そんな世界で、
火の鳥の生き血を
飲んだばかりに
魂は永遠に
苦しみ続けているとしたら?

死んでも生きてるなら、
死んだ方が苦しみが増えてしまうなら、

死にたくないし、
生きてる間に
なんとかしたい。

でもね。
ほとんどの人は、
地獄落ちちゃうんですよ。

それに相応しい
カルマを積んでいますから。

永遠の命を手に入れながら、
無知なばかりに

強すぎる自我のために

行ったことが
何十倍にもなって
帰ってくる。

先に与えなさいと言われても、
無知なばかりに、
相手をダメにしてしまう。

食べ物を与えたばかりに、
お金をあげたばかりに、
食べ物を与えなかったばっかりに、
お金をあげなかったばっかりに、
魂を貶めてしまったら。

その苦しみは落ちた魂の分だけ
地獄に落ちて、
返済しなければならないのです。

地獄は、苦しくて臭い。
争い、支配、暴力。
怠惰と悪想念。

同じ波長を身に付けた人たち。
哀れみを持ってついて行く人たち。
言われるがままに
悪霊に支配される人たち。

人は死のうと思っても
死ねない生き物なのです。

どうしたらいいのでしょう。

バシャールさんは、
ワクワクで、

古代宗教では、
聖者を目指し、

でもね。
ここまで悪が極まったら…
本当に大丈夫かしら?

地球はもつかしら?


小学1年生の甥っ子が、
口が悪くて、蹴る、物に当たる、
遊んでてもぜんっぜん面白くない。
こいつ、嫌いや。ほっとこ。
みたいな奴で、
口の利き方が偉そう。
大人を小馬鹿にしたような感じ。
輪ゴムを人の顔向けて撃ってきて、
ワタクシの顔に見事命中。
ワタクシブチ切れ!
お前なめとんか。
ほっぺたをしばき。
胸ぐらを掴み上げ、
「目に当たったらどうすんぞ!」
「目に当たるなんか思っとらんわ」
「当たったらどうすんぞって言いよんよ」
「当たると思って撃ってないからわからん」
「人の顔に輪ゴムを当てたらなんていうんぞ」
「さっきごめんて言うたわ」
「ごめんで済むと思うんか?」
「済む」
「お前物壊してごめんで済むと思うんか」
「思う」
「お前もし目に当たって目が見えんなってごめんで済むと思うんか」
「やから、顔狙ってないし、体狙って顔に当たっただけやろ」
「そしたら、俺が今からお前を殴ってごめんって言ったら済むんか?」
「…」
「ほんなら殴ってごめんって言うぞ。ええんか?」
「いやや」
「なんでも済まんのよ。壁壊してごめんって言うても、人殴って怪我させてごめんって言うても、輪ゴムを目に当てて見えんなってごめんて言うても済まんのよ。」
「じゃあどうすればええんや」
「やるまえに考えぇ。」
「考えとるわ」
「考えたらするな」
「当たると思わんかっただけよ」
「思わんかったら何してもええんか」
「ええよ」
「じゃあ間違って人殺してもええんか」
「それはいかん」
「ほな考えや」
「考えとるわ」
「いかんことに気づけや」
「気づいとるわ」
「いかんことはいかんのじゃ。気づいたら行動せい。やったらいかんことはやらん。わかったか。」
「わかったわ」
「ほんまにわかっとんか」
「わかっとるわ」
「ほな、仲直りじゃ」
「ちゃんとせい」
「ほら、このゴムはお前のじゃけえ返すぞ。」
みたいなことがありまして。

大反省中でございます。

数年に一度会えるか会えないかの甥っ子に、手を出し、胸ぐらを掴み、振り回し、怒鳴り…
甥っ子がこれで変わるはずもなく…

私の価値観から生まれた
「生意気な人間」
というジャッジ。

「これを正し世の中と
甥っ子を良くしたい」
という思い上がり。


顔に当たった輪ゴムがキッカケで、
発動した今回の出来事。

ワタクシは、
内面の暴力性にブチ切れ。
暴力性を思考と力によって抑えつけ、
明らかに内面の平和を乱しているのです。

皆様はどのようにしているのでしょうか?

そもそも怒りなど湧かないのでしょうね。
ジャッジしないですものね。

反省中のタロ吉より




皆さまこんばんは~。
暖かく汗ばむ陽気になってまいりました。
いかがお過ごしでしょうか。
多くの人が亡くなり、
哀しみにくれる人もいらっしゃるでしょう。
亡くなったあの人は、
あの世で幸せでしょうか?
本日は、
御説教を聴いての覚書です。

一生の中で、
生きてて良かったと思った事が
何回ありますか?

美味しいご飯を食べた時。
お金をたくさん稼いだ時。

美味しいご飯もたくさんのお金も
あの世に持っていく事はできません。
不平不満の愚痴ばかりの世の中で、
生きてて良かったと思えますか?

「人は今楽しくて、
未来に希望が持てる時、
生きてて良かったと思う。」
について

ある方が、共働きで
子供をおばあさんに預けて
暮らしていたそうです。

その方は、地獄も極楽もない。
今が花。
生きているうちが花。
死んでも何にもないよ。
と言っていたそうです。

ところが、
子供が5歳の時、
風邪だと思っていたら、
一週間で容態を悪くして、
亡くなってしまったそうです。

そして、7日を過ぎ、49日を過ぎ、100日を過ぎたあたりで、涙が止まり、仕事も忙しくなったそうです。

立ち直ったのかと思っていたら、
その方が尋ねたそうです。
わしの子供はどこへ行っとんじゃいのぉ。

お前は、死んでも何もないっていっとったじゃろが。

そうはいっても人の子じゃない。
我が子じゃけぇのぉ。

どこにおるんじゃろうのう。

お前はどこへ行きよるんじゃ?

たった50年100年で
人の命が終わると思っているのか?

今の生き方でええのんか?

人の未来は、死んでからも続くとすれば、
未来への明るい展望を持つことと
今を楽しく生きること
この2つが
生きてて良かったと
思えることなのだそうです。

ううーむ。深い。
浄土真宗では、
仏様は立っている。
座っている仏様は、
修行して自力で頑張るけれど、

他力では、
神の元へ御すがりし、
信心し、
仏様も立って
近くに歩み寄り、
人を助け、
亡くなってからは、
仏となり、
皆を助けていくという
御説教覚書
でした~。
ご清聴ありがとうございました~。
またねー!