杉原梨江子と一緒に読みましょ 木の絵本と森の童話-バスラの図書館員























『バスラの図書館員 

イラクで本当にあった話』

ジャネット・ウィンター/絵と文

長田弘/訳 昌文社



「本」は、木から生まれます。

一枚のページの中に、空高くのぼる枝葉や大地の匂いが隠されているのです。

誰もそれを意識して、本を読まないけれど、たしかに、本には“木のいのち”がやどっていると、私は感じます。


この絵本は、そんな木から生まれた本を守った、イラクの図書館員の物語。



舞台は、イラク最大の港町、バスラ。イラク戦争のさなか。

図書館は戦火で今にも焼け落ちてしまいそうな情勢になってきました。図書館には、あらゆる言語で書かれた本がありました。ムハンマドの伝記は700年も前の本です。

図書館員、アリアさんは、「図書館の本を、戦争からまもることのできる安全な場所にうつしてほしい」と当局に求めました。

しかし、それはかなえられませんでした。そこで、バスラさんがとった行動は驚くべきことでした。

毎晩毎晩、図書館が閉まった後に、本を自分の車に運び入れました。

爆撃が激しくなると、図書館で働く人たちも兵士たちも、図書館を見捨てて逃げ出しましたが、アリアさんは戦争の火から本を救い出そうとしました。

友人たちと隣人たちの助けを借りて、三万冊の蔵書のうち70パーセントにあたる本を家や知人宅に運んで、隠したのです。図書館が消失したのはその9日後だったそうです。

アリアさんの家はどこもかしこも本ばかり。床という床も、棚という棚も、窓という窓も……。

図書館の再建まで、アリアさんという図書館員の手で、本は今でも守られています。




イラク戦争は日本にとっても、大きな転換となる戦争でした。

戦後初めて、アメリカが起こした戦争に、日本が参戦することを決めた出来事だったからです。

いのちが無残に殺されていく道を国が決定するならば、私たち国民は従うしかないのでしょうか。当時、“国際貢献”という名の下に、イラクに派遣された隊員の多くが遺書を書いて、現地におもむきました。遺書を書くという異常さを彼らの心から失わせるほど、死が身近となった参戦でした。


本を隠していることが当局に分かれば殺されてしまうかもしれない状況の中で、アリアさんがとった行動は、奇跡ともいうべき勇気なのです。