【前書き】
北九州市八幡西区にある鉄竜町と鉄王町。経済発展が目覚ましい昭和三十年代、北九州第二の繁華街だった黒崎から南西に3キロほど離れた田んぼが広がる広大な土地を、当時の八幡製鉄が買収。大規模社宅群(穴生社宅)を建設し、鉄を冠するちょっと変わった名前の新しい町がふたつ生まれたのでした。

私は1歳になる前から小学5年までの約10年間を、鉄竜の社宅群の中で暮らしてました。今から四、五十年前のお話しです。



松竹映画「この天の虹」
公開 1958.10(昭和33年) 監督 木下惠介
この映画には完成したばかりの穴生社宅が登場してます。予告編を観ただけですが懐かしく、本編もそのうち観てみたいと思いながら早数年。まだ観てませんが、予告編の俳優 大木実さん紹介のカットで、鉄竜の社宅が登場してまます。

背景は当時鉄竜二丁目にあった19棟と20棟で、前の公園には砂場や滑り台の他にコンクリート製の迷路がありました。

この辺りに住んでた人じゃないと全然分からないと思いますが、この俳優さんは社宅内を流れる宮川の脇を並走する狭い道路を、北側(萩原小学校方向)に歩きながら、後ろ(相生・引野方面)を振り返ってます。

社宅は元々広大な田園地帯を造成して建設されたのですが、映像を見るとまだ街路樹や草木は殆どありませんので、社宅完成後まもなく撮影されたことが窺えます。

実際、写っている社宅は穴生社宅群の中でも一番初期の昭和33年、映画公開と同年に完成したものです。鉄竜には最終的に計63棟が建設されますが、そのうちの約半分32棟が同年に完成しています。

ちなみにその8年後まで穴生社宅の建設は続き、13年後の昭和46年から我が家もここで暮らしていました。

▼撮影地点とアングル(現在の鉄竜)

▼撮影地点とアングル(当時の社宅地図)
(穴生社宅創設20周年記念誌)

我が家68棟は撮影したカメラ側にありましたので、この映像は私が幼いころ毎日のように見ていた景色、色んな思い出と重なります。



いつ観るの?今でしょ



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以下、余談です。

私が暮らしていたころは俳優さんが立つ道路沿い(道幅かなり狭め)には、大きく育った街路樹が並び、その街路樹が好物のゴマダラカミキリがたくさんいました。

ある日、この映像の奥にあった中央広場というころでソフトボールの練習を終えた私たち兄弟は、ゴマダラを捕まえようと道路沿いで遊んでました。そのすぐそばを、おばさんの軽自動車がゆっくりと通りかかったのですが、おばさんの車のタイヤが弟の足にのっかってしまいました。(弟がちょろちょろしてたんだと思います)

ほんで、わーっ!てなって、おばさんビックリして、ちょうどタイヤが足にのったまま車を止めてしまい、更にわーっ!てなりました。弟は痛がってましたが、別に泣くでも骨が折れるでもなく、何事もなかったかのようにそのまま歩いて家に帰ったのでした。

母も話を聞いて最初は驚いたと思いますが、別に病院連れて行くでも、おばさんを探すでもなく、
毎日牛乳のんどるから骨が強いんよ!!
みたいな感じで終わりました。

今から40年くらい前。
俳優の大木実さんが更に30メートルくらい歩いたところらへんで起きた、我が家のプチ事件です。

おしまい


追記
↓他の方々もこの映画についてご紹介されてます。私の記事はテキトーです。あしからず笑