新たに購入したバイクADV160、慣らし運転を兼ねた最初のツーリングに出掛けた。多くの意味を含んでいる今回のツーリング。最も重要なのは、私自身の”慣らし”かもしれない。
6月末に北海道で鹿と接触し大転倒。その時に骨折した左手がまだ完全に癒えておらず、従来のバイクCRF250RALLYにはまだ乗られない。今回は治療中に購入したADV160で行く。今回のツーリングは私自身の体や精神的な部分を把握する意味もあるし、ADV160といういわゆるスクータータイプの小排気量(160cc)バイクが、私好みのツーリングでも使える代物なのかを把握するために計画した。新しいバイクや車を購入すると、最初の1000kmは慣らし運転を推奨されるが、バイクの慣らしというよりも、自分自身が新たなバイクに慣れる意味の方がずっと大きい。今回はケガからの復帰ということもあるし、今まで親しんできたバイクとは勝手が違うことから、一層”人間の慣らし”が必要になる。
今回は箱根や富士山周辺を一日掛けて約300kmほど走ってみる。もう何度も何度も走ったエリアだが、新しいバイクではどんな走りができるか。多くのライダーが走るメジャーな道には用は無く、マイナー路線をひた走る。箱根の外輪山の静岡県側の中腹を三島から御殿場に掛けて「箱根やまなみ林道」という長い長い舗装林道が通っている。まずはここを走ってみよう。道巾は約1.5車線で終始クネクネ道が続く。こんな道はCRF250RALLYが得意とする道だが、一応舗装された道なのでADV160でも快走できる。
そんな道を走っていたら、出たぁ!憎っくき動物、鹿だ。私の20~30m程前方、突然山側から飛び出てきた。ピョンピョンと三段跳びで道を横断していった。速いしその軽やかなジャンプ力をまざまざと見せられた。私が北海道で接触したケースもこんな動きをする輩だったはず。但し、事故時の鹿は私のすぐ目の前に飛び出してきた。だから、避けるも何も接触する瞬間までその鹿を目にしていない。今回は20m以上前方でのことだから全く慌てることなく余裕だったが、「鹿って、ああやって瞬間的に軽やかに飛び出して来るんだなぁ」と過去に何度も遭遇し、もう十分知っている鹿の動きを改めて認識するシーンだった。また同時に、ここに来るまで1時間近く山の中を走って来て、それまで全く鹿を目撃していないのに、初めて出没した鹿が当時の事故を思い出させる挙動だったことには偶然とは言え驚いた。やはり林道のように交通量が極少で自然の中を走る道においては、野生動物の出現を常に想定しておかなければならないと改めて肝に銘じた。
その後、箱根の仙石原から神奈川県の山北方面に抜ける「はこね金太郎ライン」に向かう。この道はかつては未舗装の林道だったが、今ではきれいな舗装路となり、松田・山北方面から芦ノ湖方面への新たなアクセス路となった。とは言え、元々林道だから勾配もカーブきついし、道巾は一応片側1車線あるものの広くはない。そこをガンガン下って行く。ADV160はATなのでシフトダウンでエンジンブレーキを利かすことができず、両手のブレーキとアクセルワークだけでコントロールしなくてはならない。しかし慣れてくるとかなり速いペースで走れる。ブレーキはよく効くし、コントロールし易い。パワーはあまりないが、下りだからハンディにならない。ブレーキだけで下りの急坂急カーブの道を駆け抜けるのはもっと難しいかと思ったが、決してそうではないことがわかった。
はこね金太郎ラインから足柄峠へと向かう。10%以上の急勾配が続く道を登って行く。こういう道では出力が低いバイクは不利だが、意識的にアクセルを開けていけばそんなでもない。こうして静岡県の小山町に抜け、富士山と山中湖を望む絶景路の静岡県道147号、山梨県道730号で山中湖を経て、最後は山梨県側の富士山山ろくの「ふじてんスノーリゾート」というスキー場を目指す。
スキー場の駐車場手前から細い道に折れるとそれは鳴沢林道。一車線幅の舗装林道を突き進むと視界が開けた場所に十字路がある。ここは鳴沢林道と軽水林道が交わっている交差点だ。この先、鳴沢林道は静岡県境近くに向かって道は伸びているが、ここから先はゲートで通行止め。交わっている軽水林道を下れば青木ヶ原の樹海の中を抜け本栖湖方面に至るはずだが、これもゲートで通行止め。反対に軽水林道を富士山頂方面に向かって延びている道もあるが、ゲートこそ無いものの自然保護の観点から一般車両は通行禁止。よって戻るしかない。それはわかっていてここに来た。
二つの林道交わるこの十字路に佇んでいると、若かりし頃の非常識な行状を思い浮かべる。今から40年近く前、私が20歳代後半の頃、何度も富士山の林道を走りに来た。富士吉田から富士吉田登山道をバイクで登り、富士スバルラインの終点の5合目まで行った。当時の富士吉田登山道は一般車両は通行禁止ではなかったのでこんなことができたが、登山客の横を走り抜けた時にはさぞかしひんしゅくを買っていただろう。そして5合目に着いたらスバルラインを少し下り、途中から精進口登山道に侵入する。スバルラインと言う一大有料道路から柵やゲートも無く、その登山道に入り込むとそこは大きな岩と溶岩がゴロゴロしている道。そんな道をバイクで駆け下りた。富士吉田登山道は車やバイクでも走れる林道だったが、精進口登山道はそんな容易い道ではなく非常にハードだった。それでも下りだったこともあり、青木ヶ原の樹海を抜け国道139号まで無事に辿り着けた。当時はまだ自然保護が叫ばれていなかったのでこんな無茶なことができたが、今では考えられない。この十字路に至る途中、鳴沢林道と精進登山道が交わっていた地点も見たが、「よくもまあこんな道をバイクで走ったものだ」とあきれた。法律的には当時違法で無かったこともあるが、こんな荒れた道を五合目近くから駆け下りて来るなんて正気の沙汰ではない。若さ故のことであろうが、あな恐ろしや。もし今規制が無く、法的に問題無いとしても、絶対にこんな道を走るなんてムリ。若さ故の勇気は無謀と紙一重。そんな過去に浸るひと時をその十字路ですごし、さあ、そろそろ帰ろう。
奥の道は今来た鳴沢林道で、この道を戻れば「ふじてんスノーリゾート」というスキー場に出る
ADV160でもダートを除けばかなり走れることがわかった。でもここまで来て感じたのは、やはりCRF250RALLYの方がずっと面白いということ。クラッチレバーを握り、シフトをガチャンとローに入れる。その瞬間「さあ、行くぞ!」という気合が入る。スクーターはアクセルさえ開ければスルスルと静かに加速しすぐにスピードは上がるが、テンションは上がらない。急坂や急カーブをガチャガチャとシフトチェンジを頻繁に繰り返し、急減速急加速で抜けて行く。バイクを知らない人から見たら「危ないなぁ」と思うかもしれないが、これがバイクを操る面白さの一つであり、ある程度の技量があり、自分にマッチしたバイクであれば十分コントロールでき、他人が思うほど高リスクではない。こういうバイク本来の面白みはADV160には乏しい。お気楽にスムーズに操縦はできるが、バイクを操る魔力魅力という点では及ばない。骨折した左手が完全に治り、CRF250RALLYを以前のように元気よく走らせるようになるのはいつになるだろう。その時には、再度、私自身の慣らしが必要になりそうだ。
帰り掛けに走った朝霧高原で、この日初めて富士山が顔を出した
新しいバイクの能力をつかんだと同時に、以前のバイクの良さも再認識したツーリングとなった。体はまだ完調ではないが、十分乗れることもわかった。そして40年前の無謀な行いも蘇った。若くて元気で向こう見ずな私だったが、歳を重ねるに従っておとなしくなってしまった。「もうあんな真似はできないな」と思いながら、精一杯アクセルを開けて帰路に着いた。