直球オヤジの自由奔走生活

直球オヤジの自由奔走生活

座右の銘は「"行きたい"、"やりたい"、"欲しい"と思った時が"その時"」。55歳で早期退職し、高齢者と呼ばれるまでの今が"その時"。趣味のバイクや自転車は年齢的に待ったなし。エコノミーな生活で趣味を楽しむ。これをどう追い求めるかが、このブログのメインテーマです。

さあ、2026年。今年はどんな年になるか。私にとってはちょっと厳しい年になるかもしれないが、悲観的でもなく楽観的でもなく、今年の取り組み方針的なことを考えてみた。

そんなこと
想定していなかったとか、以前から何度も頭をもたげるのに、なかなか決断できず先送りして来たことって、誰にでも一つや二つあるはず。普段、リスクを予め想定し先手を打つようにしている私。また即断即決人間でもあるのに、いじいじと決断できずに先送りしていることがいくつもある。まっ、人間ってそういうもの。しかし、自分を取り巻く状況が激変したり、歳を重ねるに従って「その内ね」の言い訳が利かなくなってくる。なんせ残された時間は刻々と減っていくのだから。そんな私が年初に考えた、「今年こそ・・・」とか、「今年は(も)これに注力しよう」ということを、自分自身に言い聞かせる意味でまとめてみた。

1.妻を支える
 去年の後半、
末期のガンだと余命宣告されたカミさんだが、現状は抗がん剤を投与した後の数日を除けば、ほぼ普段通りの生活が送れている。以前は勝手気ままに生きて来た私だが、カミさんの病が発覚した以降は、妻に”寄り添った”生活を送っている。しかし、既に転移していることから、この状況がずっと続くことは期待できず、いつか、それもそう遠くない時期から、”寄り添う”が”支える”になるものと予想している。男女の平均寿命からしたら、私が支えてもらう立場だと想定していたのに、こうなったら覚悟を決めて支えよう。

2.積極的に消費しよう
 以前から「そろそろ
買い替え時かなぁ?」と思っているものがいくつかある。前回のブログで書いた車(マイカー)もそうだし、使用頻度が高くない部屋の古いエアコンもそう。そんな買い替え候補はいくつかあるが、結局「まだ普通に使えるしぃ・・・」と実行を先送りしてきた。でも、最新の製品の最新の技術によるメリットを享受するのなら早い方がいい。極端な言い方をすれば、死ぬ間際になったら何も欲っしなくなるはずだし、そうでなくても歳を取ればとるほど新しい製品に慣れるのが大変になる。本当に欲しいものならすぐにでも買うが、「もう何年も使っているし、今の製品の方がずっと良さそう」と感じたらさっさと買い替えよう。食事も同様だ。美味しいものを美味しいと感じられるのは永遠ではないはず。ならば、食べたいと思った時、多少値が張ってでも食べた方がいい。

3.定期検診を受ける
 リタイア生活になってからは市の定期健診を受診していたが、コロナ禍を境に止めてしまった。歳を重ねれば健診で何かしら引っ掛かる。そうなると心配になる。
知らない方が幸せという考えだが、要は意気地が無いのだ。しかし、去年カミさんのガンが発覚したり、私においても下腹が少し痛いのが一向に治らず、病院で検査を受けたら大腸の憩室によるものと診断された。その過程で「あなたは過去にピロリ菌を持っていた(その後除去)から、胃がんに成り易い。年に一度胃カメラを飲んだ方がいい」とか、「大腸にあったポリープは取りましたが、今後五年間は潜血が無いか便の検査を受けるように」などと言われてしまった。こうなったら、覚悟を決めて定期検診を受けよう。

4.メルカリで不用品を処分しよう
 我が家はゴミ家敷化していないが、それでも長年生きていれば自ずと物は増え、その中にはもう使わない、要らないものもある。それらを
メルカリでいくら位で取引されているか探ってみると、かなりの額の物もある。ならば売ってしまおうと前から思っているのだが、買うのと違って、売る立場になると「買った相手から難癖を付けられたりしたら面倒だな」などと消極的になってしまう。歳を取るとリスクばかり考え、臆病風が吹く。でも、そこそこ価値がありながらも使わないのなら売ってしまった方がいい。今年こそメルカリをやろう。

5.それでも行くぞ、バイクツーリング
 私の最大の趣味は、半世紀以上に渡るバイクツーリング。それを阻むのは、
年齢、クマ、カミさんの病。歳については幸いにもまだ問題は顕在化しておらず支障は無いが、もし転倒させてしまうと重いバイクを引き起こすのが非常に大変。だから、転倒できない。クマは困ったもんだ。私は山奥の険しい道を走るのが大好きなので、クマリスクは大きい。東北と北海道はかなりやばそうだから、ツーリングの対象から外した方が賢明かも。カミさんの病は無視できない。以前のように1週間前後におよぶ長期間のツーリングは難しいが、3、4日程度なら可能だろう。カミさんの状況を見計らって今年も走ろう。

この一年をどう過ごすか。ノホホ~ンと過ごしていると、すぐに一年経ってしまう。もう歳なんだから(70歳)、変化を求めずにゆったりとのんびり過ごすのも良かろう。そういう考えは全然否定しないが、私の性分はそれを許してくれない。70年も生きて来て、今更その性格を変えられない。
今年もガツガツ行こう

 

でも、「この歳になると・・・」と言いたくないが、残念ながら、人には寿命があり、どうしたって歳には勝てないし、絶対に過去には戻れない。ならば、生きている限り、いや単に生きているだけでなく、元気な内(家族のある人は、自分のみならず家族全員が対象)に、自分が望むように生きたい。どんな生き方であっても、何も考えず無為に過ごしたらもったいない。この歳になると(また、言ってしまった!)、残されている時間の貴重さを実感する。さあ、貴方は今年一年をどう生きますか?

車の車検の案内が送られてきた。さて、どうするか。そろそろ真剣に”終(つい)のクルマ”を考える時だろう。

来年の3月に私が所有している車(スズキの
スイフト)の車検を受ければ、この車に乗り始めて9年目に突入する。それ以前は5年前後で車を買い替えていたから、今の車は私にとって異例の長さ。だからと言って、9年乗り続けるのが一般的に長いとも言えないし、何よりも今乗っている車に殆ど不満が無く、現状になんの不都合も無い。結果、ズルズルとこの車に乗り続けている。でも、そろそろ次を考えよう。人生は無限じゃない

 

現在のマイカーがこれ

ターボ付き1000ccだが、よく走るし、よく曲がる

不満は全く無いし、実にいい車だと評価している

 

自分のこれから先の人生を考えると、「次の車が最後の車になるかも」と思わず考えてしまう。私は自分の人生の長さを75年と想定している。そう予想通りに上手く最期を迎えられやしないだろうが、例えそれ以上長生きできたとしても、その後の人生はオマケのようなもの。そうやって考えると、率先して今欲しい訳でないが、75歳と言うゴールまでの限られた時間をボーッと過ごしていたら、どんどん残存タイマーが減っていくだけだ。だから、先延ばしせずに新しい車を買って、そのメリットを享受した方がいい。端的に言えば、死の宣告をされたり死ぬ間際になってから、車なんか絶対に買い替えないはずだから、今の内に買い替えようということ。

私の性格は、その気になるとそこから速い。一気にそれを手に入れようと猛ダッシュする。カミさんは、そんな私を”「
思い立ったが吉日」人間”と称す。しかし、趣味のバイクとは違って、そもそも車にはそれほど思い入れがないので、私のハートに火が点かない。それでも「おっ、これはいい。これが欲しい」と思えるような車に巡り合えたらダッシュするだろう。しかし、これだけ多くの車が売られているのに、私が欲しいと思える車がなかなかない。私が望む、または逆に望まない車はこんな車だ。

1.コンパクトな車がイイ
 今では殆ど一人、たまにカミさんを乗せて走るが、最大で2人しか乗らない。空気を運んで走るのはムダだし、所詮は買い物の足でしかないので市街地走行が多く、無用に大きな車は要らない。
5ナンバー車で、できれば全長4m以下がいいし、なんなら軽自動車だって構わない

2.車高が高い車はイヤ
 いわゆるハイトワゴンやミニバンの類はほぼ例外なく車高が高い。だから重心は高く、車重も重い。値段も割高。そんな
鈍重な車は要らない

3.SUVは嫌いではないが、好みではない
 嫌いと言うほどではないが、車高が高めのSUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)も好きではない。重心はやや高めだがハイト系ほどではないので許容できるが、ボディサイズは大きく、車重は重く、価格も高め。

4.キビキビ走る車がイイ
 私はせっかちだ。物事をテキパキと処理したくなるので、車も、もっさりとした動きの物はダメ。絶対的なスピードや強烈な加速は要らないが、
キビキビとレスポンス良く走って欲しい

5.支払いは追い金200万円以内に収めたい
 今の車をいくらで下取ってもらえるかわからないが、
車両価格+オプション+諸経費-下取り又は売却費用-値引き=200万円以下が目標。その予算は予め立てている生涯計画の中に織り込み済みだからOK。車は趣味ではないので、この金額に収めたい。

とにかく近年の車ときたら、
とかく大きい。「大は小を兼ねる」とは言うが、日本の道は狭いのにこれでいいのかと思うが、これが世の流れなのは確か。車幅は広がり、1800mm以上の車も全然珍しくないし、車高が高いハイト系やSUVタイプは売れ筋でラインナップも豊富だ。当然ながら価格も上がる一方で、軽自動車だって200万円以上、小型車だって、ちょっとした車となれば300万円どころか、なんだかんだと費用が上乗せされ、トータル400万円、500万円掛かる車がゴロゴロある。今乗っているスイフトのように、コンパクトで価格もさほど高くない車が昔はそこそこあったのに、今や各社のラインナップから次々と姿を消し、残ったとしてもモデルチェンジの度にボディは大きくなり、値段も上昇。先にも書いたが、軽自動車だって装備は充実し、規格目一杯の大きさのモデルになると、軽く200万円を超す。本当に魅力的ならば、私の条件の追い金200万円に固執はしないが、その条件を排除しても、私の望む条件にドンピシャな車が見当たらない。そんな中で候補となりそうな車を列挙してみよう。

1.スイフト(スズキ)
 2年程前にモデルチェンジした現行スイフト。サイズも価格も手頃だし、安全装備もほぼてんこ盛り。でも、イマイチ
デザインが好きになれないし、この最新モデルの前のスイフトに今乗っており、この車には何の問題も不満もないので、敢えて同じ車種に替えるインセンティブが乏しい。車としてはいい出来だと思うんだけどなぁ。

2.フロンクス(スズキ)
 タイプとしてはSUVだが、意外に小さく全長は4mを少し切るし、装備的にも問題は無いし、スズキだから価格的にも他社のSUVと比べれば割安。SUVとしては小さいが、一人で
市内をちょこまかと走り廻るだけなら、ここまで要らない

3.ジムニー、もしくはジムニー・シエラ(スズキ)
 私はバイクで悪路を走るのが好きだが、車でそういう道を走る趣味は無い。だから
本格的なクロカン(クロスカントリー)仕様のジムニーを買う理由は無いのだが、ここまで徹底したクロカンの車は貴重だし、敬意と伴に脱帽する。そういう意味で非常に興味深い車なんだが、実際に街乗りだけで使うとしたら最適とは思えないし、燃費的にもあまり良くない。

4.MAZDA2(マツダ)
 質感やセンス、サイズは良いが、今の機種になってかなりの年月が経ち、現行モデルとして
ほぼ末期。新しいMAZDA2を期待したいが、果たしてNew MAZDA2は出るのか。

5.ノート、もしくはノート・オーラ(日産)
 デザイン的には嫌いではないが取り立てて目を見張るものも無い。それに、
日産に明日はあるか、そんな日産を選んで大丈夫か?

6.N-ONE(ホンダ) 
 軽自動車だけど、
走りを重視したRSタイプなら対象になる。走りに特化した軽自動車はもはやこれだけと言ってもいい。しかし、車重は意外に重いし、価格も200万を超える。既に絶版となったアルトワークスと比較すると、この車重と値段には躊躇するし、何よりも最新型ではMT(マニュアル・トランスミッション)仕様のみとなった。やっぱりATが楽でいい。

7.外車
 
MINIは全然ミニでなくなったし、イタ車を買う度胸も無い。現実的な線として、コンパクトな車となると、フォルクスワーゲンのポロ、アウディのA1、プジョーの208、ルノーのルーテシアというところだが、どれも市場に出てからかなりの年月が経ち、一昔前の車に近く、それでいて価格は高く割高感がある。欧州車はEV化が顕著で、次のモデルが出るとしてもEV化しそうなので、待っても期待できない。

 

カタログは貰って来たが、ワクワク感が沸き起こらない

 

本命不在で困っている。現時点で最も近いのがスイフトか。でも今乗っているのがスイフトなので、面白みがないなぁ。かと言って、様子見している時間も十分に残されていない。私において車は趣味ではないが、最強のツールであることは確か。人生の最終盤に近づきつある今、その年齢に適したツールはどうあるべきかを考える。来年こそは車を買い替えよう。そう決意して来年に臨むとしよう。

映画鑑賞を趣味と言えるほどではなく、毎年20本程度しか観ない。そんな私が今年映画館で観た数少ない映画の中から、ベストを選んでみた。

今年は
計19本しか観なかった。なぜなんだろう。理由は、観たいと思える洋画が少なかったことがある。歳のせいもあるだろうが、ハリウッド映画に代表されるドンパチ映画に食傷気味となったこと、世界中で起きている現実の戦争(ウクライナやガザなど)や政変(トランプ独裁)が、映画のような仮想世界を上回っているからかもある。特にアメリカの現状を考えると、その影響は大きかった。対して邦画はどうか。以前は、邦画なんて薄っぺらなラブコメ中心かのように捉えていた。しかし、魅力的な洋画が少ないと、「邦画でもいいから何か面白い映画は無いか?」と上映ラインナップに目が向いた。そうやって見ると、なかなか手が込んで、いい線をついている映画が多いことが去年辺りからわかってきた。今年大ヒットした「国宝」はその典型だろう。

さて、19本しか観ていないが、それらを点数付けしたものを下に記す。
洋画は僅か7本しか観ていない。洋画と邦画との比率は、これまでの長年の鑑賞歴を逆転してしまった。なお点数は毎回映画を観終わってからすぐに点けたもので、満点は5点。3.5点以上なら「損は無かったな」というレベルだ。

<洋画>
ビーキーパー:4.0
名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN:4.0
教皇選挙:4.5
ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング:4.0
F1/エフワン:4.0
ファンファーレ!ふたつの音:3.5
ワン・バトル・アフター・アナザー:3.5

<邦画>
海底軍艦:3.0
花まんま:4.5
フロントライン:4.5
国宝:4.5
「桐島です」:4.0
木の上の軍隊:4.5
雪風 YUKIKAZE:3.5
ふつうの子ども:3.0
沈黙の艦隊 北極海大海戦:4.5
爆弾:4.0
TOKYOタクシー:3.5
ペリリュー~楽園のゲルニカ~:3.5

基本的には高得点の作品から選ぶのが普通だから、4点以上だけ残すとこうなる。

ビーキーパー:4.0
名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN:4.0
教皇選挙:4.5
ミッション:インポッシブル ファイナル・レコニング:4.0
F1/エフワン:4.0
花まんま:4.5
フロントライン:4.5
国宝:4.5
「桐島です」:4.0
木の上の軍隊:4.5
沈黙の艦隊 北極海大海戦:4.5
爆弾:4.0

まだ多いな。5本に絞ろう。点数は無視して、現時点の印象から「これは良かった!面白かった!」という、後を引いている作品は、

教皇選挙:4.5
花まんま:4.5
木の上の軍隊:4.5
国宝:4.5
「桐島です」:4.0

こうして5本に絞り、今でも強い印象が残っている作品3本は、


花まんま
国宝
「桐島です」


この3本に順位をつけるとこうなる。

3位:国宝
2位:花まんま
1位:「桐島です」


「国宝」には異論は無いだろうし、「花まんま」も涙腺が崩壊するいい映画だった。しかし、「『桐島です』」には異論を持たれるかもしれないので、これらを選んだ理由を書こう。

国宝(私の3位)
 超特大ヒットのこの映画の解説はもはや不要だろう。私が住む地方都市(一応、政令指定都市)のシネコンでも、
公開から半年以上経った今でもまだ上映されている。私は歌舞伎には全く興味も関心も無く、朝日新聞を購読しているのにこの小説が紙面で連載されていたことすら知らなかった。超イケメン男優の二人が主演というのも、ぶさいくなじいさんの羨望の対象にもならないが、デキ過ぎ君が活躍するだけの映画では?と、なかなか足が向かなかった。

でも、評判があまりにも高いので意を決して映画館に行ったら、これはすごい。ストーリーよりも、
よくぞここまで稽古したな、細かいところまで気を配って撮ったなと感心仕切り。イケメンだとか、超人気俳優だとかという称号など関係無く、俳優やスタッフの力を十分伺わせるものだった。ただ、大どんでん返しは無いし、涙するようなことも無かったので、3位にした。

花まんま(私の2位)
 大阪の下町に暮らす兄妹の不思議な体験を通して、人の哀しみや温かさを繊細な筆致で描く。大阪の下町で暮らす俊樹(鈴木亮平)とフミ子(有村架純)の兄妹。兄の俊樹は、死んだ父と交わした「どんなことがあっても妹を守る」という約束を胸に、兄として妹フミ子を守り続けてきた。妹の結婚が決まり、親代わりの兄としてはやっと肩の荷が下りるはずだったのだが、遠い昔に2人で封印したはずの、フミ子のある秘密がよみがえる(映画comの解説から抜粋、編集)


全く期待せずに映画館に行った。洋画に見たい映画が無く、仕方なくようやく選んだ映画がこれだった。一見すると、単なるお涙ちょうだい映画か軽い恋愛映画のようだが、サスペンス仕立てのようでもあるし、実際には夢物語か寓話のようなものだった。でも「そんなことある訳ない」などというようなバカバカしいものではなく、大いに泣けた。大声を張り上げたり、どなりあったりの場面も少なく、年配の人間には落ち着いて見られ、何よりもラストの展開が秀逸で、もう涙腺崩壊。こういう映画を観て、しばし幸せ感を味わおう。


 

「桐島です」(私の1位)
1970年代に起こった
連続企業爆破事件の指名手配犯で、約半世紀におよぶ逃亡生活の末に病死した桐島聡の人生を映画化。反日武装戦線の活動に共鳴した大学生の桐島聡は組織と行動を共にする。しかし、1974年の三菱重工爆破事件に関わり、多数の犠牲者を出してしまったことで、深い葛藤に苛まれる。組織が壊滅状態となり、指名手配された桐島は偽名を使い逃亡生活を続け、ある工務店で住み込みの職を得て、ようやく静かな生活を手にした。しかし、2024年1月に末期のがんで神奈川県内の病院に入院していることが判明した。それまで約半世紀、偽名で逃亡生活を送っていたものの「最期は本名で迎えたい」と素性を明かしたが、その3日後に他界。数奇な道を歩んだ桐島聡の軌跡を描く。(映画comの解説から抜粋、編集)


 

「国宝」や「花まんま」に比べて、映画関連サイトでの評価はさほど高くない。ヒットしたとも言い難い。しかし、私にはこの映画の印象が今でも強く残っている。主人公の桐島聡は実在の人物で凶悪犯と言ってもいいから、感情移入できないはずなのに、50年近くにおよんだ逃亡生活の悲哀や切なさに同情すらしてしまった。派手な演出も無いし、ハラハラドキドキもないし、指名手配されている悪人だし、実話に基づいているから結末もわかっており、溜飲が下がるようなどんでん返しも無い。そんな逃亡犯の寂しさや侘しさと、自分の正体を偽りながらも過ごす日常のちょっとした楽しみに、抱いてはいけない共感のようなものを感じてしまった。「国宝」も「桐島です」も主人公のほぼ一生を描いている点は同じでも、「国宝」の華やかな歌舞伎の世界と真反対に、桐島の世界は暗い逃亡生活。映画の中で主人公らが歌った「時代おくれ」(河島英五)が、桐島の生き方と重なり、今でも耳について離れない。

邦画偏重に変化した今年の私の映画。これはたまたまか、必然か。ハリウッド映画に代表されるような、陰謀と策略に満ち、あまりにも上手く行き過ぎ、どんなことがあっても主人公は助かるような映画には、映画の面白さよりもストレスの方が上回ってしまうことがある。この数年の現実社会を見れば、世の中は遥かに複雑でありながら、結局のところ強大な権力を持った為政者の力次第だということがわかってしまった。つまり「現実は映画より奇なり」ってこと。

それよりも、巷の
市井の人間に起こるちょっとしたことを、静かに探る作品に目が向く(去年の私のベスト3に選んだ「夜明けのすべて」も同様)。人間って複雑で、理解できない部分が多い。そんな一面を垣間見せてくれる作品が近年の邦画に多く、結果的に邦画偏重になったんだと思う。年齢によって観たい映画が変わっていくのは必然なんだろう。落ち着いて、じっくり魅せてくれる邦画に来年も期待しよう。

A病院からB病院へ転院した私は、その病院で大腸カメラを受けることになった。その結果は、幸いにもシロだったものの、「ああ、良かった!」で済ませちゃあいけない。そこではいくつかの指摘と、今回の一連の出来事で教訓を得た。

転院直後、それまで診察を受けていたA病院から頂いたデーターを元に診断が行われた。B病院の医師は、「A病院での診断と同様、”
ケイシツ”の可能性が高いですね」と言い、ケイシツの説明をしてくれた。ここで私は、「”ケイシツ”って、どんな字を書くんですか?」と聞くと、医師はすぐに、血液検査の結果が印刷された紙に”憩室”と書いてくれた。漢字を見てケイシツのイメージが想像できた。なるほど、大腸内の内容物(ありていに言えば、便)がこの部屋で留まるってことかぁ。この小部屋に入ったものが、時に悪さをするらしい。医師は「大腸カメラをやりましょうか?」と勧めてきた。胃カメラにしても同様で、そりゃあ、できればやりたかぁないが、こういう機会を逃すと、この先このままやらずに終わってしまいそうだし、何よりも私のカミさんはこのB病院で末期のガンだと診断されている。カミさんは定期検診が嫌いで殆ど受けておらず、もし受診していれば早期発見できたかは定かではないが、そのことは私に大きく影響した。私もコロナ禍を境にそれまで受診していた定期検診を受けなくなっていたので、今回はいい機会と捉え、大腸カメラによる検査を受けることにした。

大腸カメラの検査については、その準備段階~検査直後までのことは以前にブログで書いたので繰り返さないが、今回は後日の診断結果を中心に書く。

大腸の内視鏡検査から約2週間後、診断結果の説明を受けた。検査直後に知らされていた
ポリープだが、その後の検査で「悪性ではありませんでした」とのこと。当日のカメラ映像を見せられながら説明をしてくれたが、そのポリープは素人の私には言われなければわからない程度のものだった。ボコッ!としたノドチンコのようなものと予想していたが、映像はなだらか~な丘のように少しだけ盛り上がったものだった。そんなポリープが3つあったと言う。「ポリープを放っておくと悪性になることもあるのですか?」と聞くと、その可能性もあるという。「でも大腸カメラは結構大変だったでしょうから、毎年この検査を受けなくてもいいですが、便の検査は受けた方がいいですよ」と定期検診を勧められた。「でも、潜血で本当にわかるんですか?」と問うと、「完全ではありませんが、かなりの率でわかります。5回連続で潜血が無ければOKです」。5回って、5年かぁ。5年後生きているのかわからないが、大腸カメラよりは検便の方がずっとマシだ。

「ところで先生、大腸カメラをやっていた時、すごく
苦しかったのですが、あれはなぜですか?」と聞いてみた。当時、お腹を膨らませられるような膨満感を味わった。これがきつく、麻酔で眠っていたのに覚めてしまったほどだ。「空気を入れてましたからねぇ。大腸は平常時はかなり細いんですよ。ですから空気を送り込んで膨らませないと検査ができないんです」と教えてくれた。やはりそうだったか。話は例の憩室の話になった。「憩室もいくつかありました」と再び画像を見せてくれた。ポリープが盛り上がっているのに対して、憩室はクレーターのように凹んでいる。「憩室に食べ物(便)が入りこんで、それで痛みを生むことがありますが、赤くなっていないので炎症は起きていません」。「憩室も悪化することはあるんですか」と問うと、「酷い痛みを発することもあります」と言うが、多くの場合は今回の私のように極軽微な痛みで済んでしまうそうだ。但し、憩室を薬で治すことはできないそうだから、最悪の場合は手術をするのか?そこは聞き逃した。

胆石はどうですか?手術の必要はありますか?」と聞く。「石はまだ小さいので、様子見でいいでしょう」。「様子見って、どう様子を見ていたらいいんですか?」。「痛みが出ます」と言って、胆のうのある位置を教えてくれたが、痛みはイヤだな。それ以前に何か手立てはないのだろうか?そう問うと、血液検査や黄疸として出るそうだが、それは症状が進んでからのようで、やはり痛みがトリガーになりそうだ。まあ、石の話として共通している尿管結石と同じか。去年、初めて経験した尿管結石。あれは痛かった。激痛だった。ああ、イヤだな”石持ち”って。

こうして診断は終わり、今回で終診となったが、かなりスッキリしたものの、従来からの痛みは軽微とはいえ解消してないし、胆のうの石は時限爆弾を抱えているかのようでもあるし、継続的に大腸の検査も受けねばならないから気は少し重い。更に言えば、すい臓や胆のう、胆管に起こるガンはそもそも見つかり難く、それらは今回の検査でシロだと判明した訳でもない。でも、心配し出したらキリが無い。
そういう歳になったということだ。

最後に今回の教訓を。
1.転院に躊躇しない
 最初に行った病院に不信感を抱いたり、評判に釣られて転院を考えているのなら、
正面から転院を申し出ればいい。それは決してイレギュラーなことではないようで、その手続き方法も確立されており、紹介状と伴に、それまで通っていた病院での検査結果や所見などデーターも同時に頂ける。今までの医師に義理立てせずに、納得がいかなければ転院は大いにありだ。

2.わからないことは、医師に質問しよう
 今回の一連の出来事で最も反省すべきは、最初に行った病院で”ケイシツ”と医師が発した単語を忘れてしまったこと。それは初めて聞く専門用語で、「あれ、今何と言った?」と一瞬感じたがスルーしてしまった。その単語を覚えてさえいれば、その後ネットで調べたりすることもできたが、その単語を忘れてしまったので、それ以上どうすることもできなかった。
インフォームドコンセントの成果か、訴訟対応かはわからないが、昔と違って、今の医師はこちらから聞けば説明してくれる。高齢者になると否応なく記憶力や理解力は低下する。聞き漏らしたことや理解できなかったことは、どんどん質問すればいい。

3.定期健診は受けた方がいい
 定期検診を否定する話は多いし、検査で全てがわかる訳でもないし、知らない方が幸せという考え方もある。無用な検査漬けに陥る可能性もあるだろう。でも、悪いところがあるのなら、
早期に発見した方がその後の展開の選択肢は多くなり、残りの人生の処し方に自由度が増す。検査結果が出るまでのドキドキはイヤなもんだし、億劫でもあるが検診を受けよう。

心配事は一応軽減し、カミさんとの
ダブル闘病という事態は回避できた。しかし、カミさんのガンは全く別な話で進行中だ。現状は特に大きな問題は無くても、既に転移しているから確実に蝕まれており、恐らく来年はそれとの戦いが本格化することだろう。一難去ったが、大きな山はこれから先に控えている。そんな来年を迎えようとしている。

先月末に受けた大腸カメラの結果が出た。検査時にポリープが見つかったのでそれを切除したが、その結果は・・・・シロだった。正直ホッとしたが、ここまで約一年掛かった。ネットで何でもわかる時代になったとはいえ、人間の性(さが)は複雑で、すんなりとはいかない。今回の経緯を振り返ってみた。

初めての大腸カメラ、検査までの準備段階のことや、検査当日の苦闘については以前書いたので繰り返さないが、この結果が出るまで約
一年掛かった。今回の結果、もしこれが悪性だったなら夫婦同時にがんで闘病となってしまうから、ドキドキ感が倍加された。そんなこの一年の経緯を振り返ると、いくつかの教訓がある。自分の備忘録という意味も含めて書き留めておこう。

話は一年近く前に遡る。以前から
下腹部の何箇所が少ーし痛いことがあった。その痛みは大したものではなく、不快でもないし、我慢を要するほどでもないし、生活に全く支障は無いレベルだったし、常時ではなくたまに起きることだったし、何よりも悪化しない。ただ、一向に解消しなかった。そんなレベルだったこともあり病院に足が向かなかったが、正直に言えば、ヤバイ病気が見つかり死の宣告をされることを恐れていたのだ。自分に不都合なことには目を背けがちなのは人間の性(さが)であり、私だって人間だから同じで、趣味的なことと違ってネットで調べまくるようなことはしない。まあ、こう見えても意気地が無いのだ。そんなだからグズグズと時間は経過したが、いつまでも不安材料を抱えながら過ごすのは嫌なので、意を決してようやく近所の開業医へと向かったのは、今年の春頃のことだった。

明確な症状が無いこともあってか、その医者は「あなたは
A病院(地域の中核病院のひとつ)に高血圧や脂質異常で通院しているようだから、その病院に行って精密検査をしてもらった方がいい」と勧めてくれた。後日A病院に行くと、CT胃カメラをやると言う。CTは造影剤を使うと言うが、”造影剤”という単語は聞いたことはあっても、何のためのものなのか、リスクはあるのかも知らなかった。造影剤とはレントゲン撮影(CT)において、通常よりクッキリとした映像を撮るためのものだそうで、造影剤というちょっとおどろおどろしい響きはあるものの、検査時に体が火照る程度の副反応が出ただけだった。また、続いて実施したのは胃カメラ。若い頃に患っていた十二指腸潰瘍で胃カメラは何度も経験しているが、完治してからこの30年近くやったことがない。今回の胃カメラは鼻から内視鏡を挿入するタイプ。これも初めての経験だったが、口から入れる場合に起こるゲロゲロは無く、全くの無痛ではないものの口からよりはずっと楽だった。

血液検査、造影CT検査、胃カメラの結果は、「
特に悪い所はありませんねぇ」だった。「あえて言うと、大腸に”ケイシツ”があることと、胆のうに石がありますね」と言われた。”ケイシツ”とは、後に転院した先で正確に知ることになるが、この時は医師に深く問いただすこともなくスルーしてしまい、その単語すらすぐに忘れてしまった。医師の診断もこのケイシツについて詳細に説明せずに、胆のうの石に移った。それは直径数ミリの小さな石だが、詰まる可能性もあると言う。石を除去するには胆のうを全摘する方法しかないとも言う。「胆のうは摘出しても、大きな支障はありません」と軽く言うが、必要だからその臓器は存在しているのではないのかと疑問に思う。「胆石は今すぐ取るほどではありませんが、希望されるのなら手術をしますのでご検討下さい」とこちらに判断を委ねてきた。確かにやるかやらないかの判断は本人にあるのはわかるが、急にそんなことを問われても困る。更に、胃カメラの結果から、「胃は問題ありません。ただ、あなたは過去にピロリ菌を除去しているようですが、ピロリ菌を持っていた人は胃がんに成り易いので、一年に一度は胃カメラをお勧めします」と言われた。いくら鼻からの挿入で昔より楽になったとは言え、決してやりたくはない。このように、一度に多くのことを言われて診断が終わった。

多くのことを一度に言われたが、結局この下腹部の痛みは何なんだろう。”
ケイシツ”とか何とか言っていたが、あれがどの程度影響しているのか、それは以前からのこの痛みと関連があるのかないのか、そこに胆石胃がんの話も加わり、話は混沌としてきた。また、胆石にしても胆のうを取らねばならないと言うが、果たして胆のうって、そんなお気軽に取ってしまっていいものなのか。そもそも、そこまでしなければいけないほど私の胆石は酷いのか。知人の中には、大きな石を抱えたまま普通に暮らしている人もいるのに、その胆石を放置した場合のリスクはどの程度なのかなど疑問が多々ある。生死に関わる決定的なことを告げられなかったのは幸いだったが、さりとて気持ちはすっきりせず病院を後にした。

このモヤモヤ感をどうしたら解消できるのだろう。次回の診察は無く、胆石の手術を受けることを希望されるのなら後日返事を下さいと言われ、改めて「すいません。前回の診断結果をもう一度説明して下さい」という理由で来院するのも気が引ける。そんな期間が2カ月程続き、私はとうとう
転院を決意した。

転院の申し出をする時には、
希望する転院先を告げる必要がある。その時、既に私のカミさんはB病院(A病院より大きな病院)でガンの診察、治療でお世話になっており、カミさんの診察時に私も付き添うことが多く、このB病院では細かい説明をしてくれたことから良い印象を抱いていた。私は迷わずこのB病院への転院を希望した。B病院は紹介状無しで飛び込みで行くと7700円の割増料金が掛かるが、転院ならその費用は掛からない。しかし、転院を言い出したら何かしらの軋轢があるのかと予想したが、A病院はすぐに必要な書類と今までの検査データーが入ったCDを用意してくれ、B病院での診察予約も取り付けてくれた。

こうしてB病院に転院し、先日の大腸カメラを実施した。次回はその診断結果の話を書き、今回の一連の診断から得られた教訓をまとめようと思う。