直球オヤジの自由奔走生活

直球オヤジの自由奔走生活

座右の銘は「"行きたい"、"やりたい"、"欲しい"と思った時が"その時"」。55歳で早期退職し、高齢者と呼ばれるまでの今が"その時"。趣味のバイクや自転車は年齢的に待ったなし。エコノミーな生活で趣味を楽しむ。これをどう追い求めるかが、このブログのメインテーマです。

私が50歳になった時、「バイクに乗れるのは60歳が限度だろうなぁ」と想定したが、難なく通過。還暦の頃、「いくら何でも、70歳が限界だろう」と想定したが、これもクリアしてしまった。しかし、だからといって現状を甘くみていない劣化は確実に起きているのだから。

高齢になってもバイクに乗ってツーリングができるなんて、何とまあ幸せなことだと思いながらバイクを乗り続けている。前回のブログでは、私のような高齢ライダーが意識すべきことを書いた。今回はその続きを書く。

3.ライディングに集中
 「
ながら運転」なんてもってのほかで、絶対にやってはいけない。でも近年、運転形態的にながら運転がほぼ不可能なバイクにおいても、技術の進歩によって容易にながら運転ができるようになった。

これだけモノが溢れている時代なのに、バイク専用のナビはほぼ無いに等しいので、ツーリングライダーの多くは
スマホをハンドル付近に設置しナビアプリを使っている。そんな中、この数年バイク界隈で普及しだしたのがスマートモニターと称する、ポータブルナビかタブレット端末のような外観のディスプレーモニター。これをバイクに取り付けて、スマホとペアリングをすれば、スマホのナビや音楽、電話などがスマートモニターを介して使用できる。スマホをバイクに直接取り付けると振動や高温、水による故障や盗難などが懸念されるので、このようなシステムが普及しだした。そして、10年以上前から普及が目覚ましいのがインターコム(インカム)。ヘルメットにインカムを装着すれば走りながら仲間のライダーと会話ができるし、スマホとペアリングすれば音楽や電話も使える。このように、バイクの世界でもながら運転が容易にできる環境が整ってきた。これを喜ぶべきか悲しむべきか・・・。

私は「ちゃんと前方を見て、ライディングに集中していれば、事故はそうそう起きるものではない」が持論。前述のように、それを阻害するアイテムが次々と市場に出てきた。かく言う私はどうか。私は車用のポータブルナビを防水ケースに収納し、
ナビだけ利用している。音楽や電話は不要。歳をとるとマルチタスク、つまり複数のことを同時に処理する能力が落ちる。だから、何歳であってもながら運転はやってはいけないが、高齢者はより危険だ。バイクに乗っている時間は長い人生の極一部だ。そんな長くない時間なんだから、俗世間の戯言から離れ、リアルな世界のライディングに集中し、走れる喜びに浸っている。

 

私は車用のポータブルナビを防水ケースに収納して使っている

 

4.バイクから降りてもリスクあり
 ツーリングでの事故はバイクに跨っている時だけ起きるとは限らない。友人と落ち合ったある道の駅で、
話しながら階段を登っていたら、躓いて転んでしまった。まさしく”ながら”歩行であり、幸いケガはしなかったが、高齢になるとちょっとした転倒で骨折したりしてしまうことがあるので、些細な躓きを軽く見てはいけない。以前、山深い峠に到着した時、写真を撮ろうとカメラを構えながらウロチョロしていたら、道路脇の側溝に危うく落ち掛けてしまった。側溝程度ならまだマシで、谷に転落する可能性だってある。写真を撮る際は背後にも要注意だ。先月の房総半島のツーリングでは、山の上にあった東屋で休憩しようと思ったら、ブ~ンと大きな蜂がいつまでも私の頭上から離れない。近くに巣があるのか、蜂は警戒モードプンプンだ。蜂に刺されて死んでしまうことだってある。休憩を取り止め早々に再出発した。

 


山梨県道志村の峠

撮影ポジション探しに集中し過ぎると、右側の崖から転落するかも
 

ライダーの多くは峠に着いたら休憩したくなる。山深く鬱蒼とした峠の場合、私は最近、ヘルメットを脱がないことがある。クマが怖いからだ。クマが人間を襲う場合、最初に頭部をガツーンと狙ってくることが多いそうで、命を取り留めた方でも頭部や顔に大きなケガを負ってしまう。そういう時、ヘルメットは有効なので、ヘルメットを脱がないようにしている。頭をガブリとされても大丈夫だろう。峠に着いたらヘルメットなんか脱ぎ捨てて清々としたいんだけどねぇ。走っている時は集中しているから何も起きなくても、バイクから降りて気が抜けた後につまらないケガをしてしまう恐れがある。休憩中も少しばかり注意が必要だ。

5.潔くダウンサイジングしよう
 健康食品やサプリのテレビCMでは、信じられないような若作りの高齢者が颯爽と登場する。でも外見は取り繕えても、身体の様々な機能が劣化、低下しているのはどうしようもない。バイクに乗る上において特に必要なのは、
視力とある程度の筋力。老眼でも走れるが地図は読みづらくなる。その程度ならまだいいが、暗いトンネルに入ると非常に見えづらくなる人も多かろう。山奥のトンネル、いや隧道と称される昔ながらの小さなトンネルには照明が全く設置されていないことも多いから、こういう場面ではスピードを落とすしかない。

バイクを走らせている時は大きな力は要らないが、超低速時にちょっとバランスを崩して立て直そうとしたり、停車しているバイクを移動させようとする時には、それなりの力が必要になる。更に、もし
バイクを倒してしまったらそれこそ大変だ。それが無人の山奥で起き、バイクも自分もなんとも無いのに、倒れたバイクを起こせなかったらどうなるか考えると、ちょっと怖い。

私は65歳まで650ccのバイクに乗っていたが、今では
160ccと250ccのバイク。160ccでも全国どこにでも問題無く行けるし、高速道路でも110km/hの巡行が可能。もう一台の250ccのオフロードバイクなら、それよりずっと余裕を持って道を選ばぬツーリングができる。若かった頃憧れていたビッグバイクに乗り続けたい人も多かろうが、重さだけでなく暴力的で過剰とも思える加速力に自分が順応できなくなってきたと感じたら、潔くダウンサイジングを考えた方がいい。

 

セカンドバイクのADV160

160ccながらロングツーリングに不満は無い

(しまなみ海道)
 

6.ヒヤリ・ハットのサインを見逃すな

 自分の体の劣化状況を認識しながらもバイクに乗り続け、最近ヒヤリ・ハットが頻発するようになったとしたら、残念ながらそろそろ潮時かも。「ハインリッヒの法則」がある。これは労働災害において、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常(ヒヤリ・ハット)が存在するという有名な経験則。一昨年私がシカと接触して大転倒し大ケガを負ったが、これなんか正しくこの法則の通りに起きた。

この事故を除けば、私はバイクを運転していてヒヤリ・ハットはほぼ無いので、まだ大丈夫だと考えているが、もしこれが増えて来たら
「そろそろ卒業の時期ですよ」のサインだと捉えるつもりでいる。そのまま無自覚に乗り続けたたら、その内取り返しの付かない事故を起こしてしまうかもしれない。高齢になったらこのサインを見逃さずに、大事故を起こす前に沈思熟考しよう。

こんなことを考えなければならない”お年頃”になってしまった。人間に必ず老い、寿命があり、賞味期限(健康寿命)はそれよりもずっと短い。ライダーの誰もが、いつか
バイクからフェードアウトかシャットダウンしなければならない時が来る。せめて強制終了という形で終わらせたくない。現時点、こうしてバイクに乗っていられることを幸せと感じつつ、時間は確実に減算されていることを自覚し、できるだけ長く「無事故、無転倒、賞罰無し」でバイクに乗り続け、全国を走り廻ろうと思っている。

先日、近畿地方へ3泊4日のツーリングに出掛け、無事に無事故・無転倒・賞罰無しで帰宅した。末期のがんに冒されたカミさんに「アンタが先に逝くと面倒だから、気を付けて」と送り出されたツーリングだったが、さて私のような高齢ライダーが注意すべきことって何だろうか。改めて考えてみた。

 

今回のツーリングはこのエリア

もうだいぶ走ったが、際立って高い山がないこのエリアは、快走路の宝庫
 

今回のツーリングは天候にも恵まれ、特別大人気のツーリングエリアではないが、改めてこのエリアの良さを感じた。何歳になってもバイクで走る喜びと楽しさはかけがえのないものだと痛感する。

 


福井県の三方五湖レインボーラインは絶景道
 

青春真っ盛りの16歳からバイクに乗り始め、もう半世紀以上バイクツーリングを嗜(たしな)んでいる。酷道(国道)、険道(県道)、淋道(林道)、No!道(農道)が好きで、ちょっとイレギュラーな道を中心に様々な道を全国隈なく走っているので、腕はともかく経験だけは豊富。これだけ走っていれば、小さなトラブルやアクシデントは数多く経験しているし、笑って済ませられる転倒はあれども殆どかすり傷程度で済んでいた。まさしく冒頭で書いた「無事故・無転倒・賞罰無し」で毎回帰宅できていた。しかし、それを覆してしまったのが、一昨年、北海道でシカと接触して大転倒し、大ケガを負った事故だった。この事故のことや、シカやクマなど野生動物にバイクはどう対応したらいいのかについては、もう散々書いたので今回はそれ以外のことに触れる。それは、”老い”だ。

 

全国津々浦々走った半世紀以上の軌跡

この間に色々あったが、大ケガは一昨年の一度だけ

国道303号から琵琶湖湖岸の長浜方面に抜ける基幹林道(全線舗装)

鳥越峠から琵琶湖を臨む


私も齢(よわい)70歳。この歳になれば、「もういい加減にしたら?」と外野から言われなくたって、「本当に、大丈夫かな?」「何歳まで乗れるかな?」と自問自答したり、旅先で躊躇する場面に遭遇したり、「ヤバイ!」と感じることも、めったにないがある。前述のシカとのアクシデントは老いとは関係無く、誰だって防ぎようがない状況だったが、この事故をきっかけに、高齢ライダーのリスクについてより一層深く考えるようになった。

ツーリングに出掛けると、サービスエリアや道の駅に立ち寄ることがある。そこでは多くのライダーを見掛けるが、ひとたびヘルメットを脱ぐと、かなりお歳を召した方だとわかることがある(私もその一人)。バイク⇒若者という図式は、もうだいぶ以前から完全に消滅し、
ライダーの高齢化は甚だしい。そんな高齢ライダーが「まだまだ若いモンには負けんゾ!」などと強がっているかどうかは知らないが、身体の各部多数が劣化しているのは隠しようもなく、私のような経験だけは長いベテランライダーや、”昔取った杵柄”のリターンライダーも、自分の現況を十分意識してバイクに向き合わないと酷い目に遭う。四輪車と違って生身の人間がむき出しで高速で疾走しているのだから、ここで言う”酷い目”とは死を意味することにもなりかねない。私は末期がんのカミさんを抱えているので、先に死ぬわけにはいかないのだ。

では、具体的に何をどうしたらいいのか。バイクやツーリングも時代と伴に進化しているが、IT、AI、電動化、自動化の影響があまりおよんでおらず、
リアルでアナログな世界が健在。なので、私のような人間の拙い経験がまだ助言として通用するかもしれない。年齢を問わず全てのライダーに当てはまることもあるが、特に高齢ライダーが気を付けるべきことを以下にまとめてみた。バイク雑誌では事故というようなネガティブなテーマは殆ど取り上げないし、警察は「スピードを落とせ」としか言わない。そんなんでは真の事故防止にならない。ではどうしたらいいのか、ジジイが切り込んでみよう。

(注意)
・今回のブログでは、運転テクニック的なことには言及していません。
・事故防止になるとは言え、あくまでもその確率(頻度)を下げるだけであり、絶対に安全などというものは存在しません。
・以前ブログで書いたように、突然道路上に飛び出して来る野生動物には対抗策はほぼ無く、これから書くことを実行しても対応できない場合があります。野生動物の要因は除いた策だと捉えて下さい。

1.マイペースで走れる道を選ぶ
 速く走れれば偉い訳じゃない、スピードを落としさえすれば安全ではない。とにかく、歳を取ったら大人しくゆっくり走ればいいのだろうか?
最適なスピードとはどう考えればいいのだろう。私には持論がある。「速かろうが、遅かろうが、自分が走りたいように走れる状況が最も事故を起こす確率が低い」。つまり、目を三角にしたり、眉間に皺を寄せて走るのではなく、ストレスを感じていない状態で心地良~く走っている時が一番安全ということ。これが真のマイペース。そのスピードの高低は、道路の状況、天候、乗っているバイク、技量、その時の気分など多くの変数で決まるから人それぞれ。それでいい。近年、ホンダのカブでツーリングを楽しむ人が異常に増えた。トコトコと走るカブを追い抜き「あんなスピードで楽しいのだろうか?」などと思ってはいけない。カブにとってはあれが心地良い走りなのだろう、知らんけど。

マイペースで走るためには、
マイペースで走れる道を選ぶことが肝要だ。グーグルマップではつかみ難いが、紙の地図(ツーリングマップル)を丹念に読み解けば、交通量は極少で、気持ち良く走れる道が見えてくる。多少遠回りになったとしても、マイペースで走れるそんな道を選ぶことをお勧めする。ツーリングとは、A点からB点へ合理的最短距離で移動することが目的ではないのだから。

2.恐怖を感じる道は走らない
 長年、酷道、険道、淋道を多く走って来たが、歳を重ねるに従って
恐怖に感じる場面に遭遇する。酷道や険道では慎重さは求められるが恐怖ではない。しかし、林道は別だ。55歳位まではほぼ何も恐れずに突き進んでいけたし、長年に渡って無数の林道を走っているが、歳を重ねるに従って、ガレ場や大きく深いクレパス(轍)が走る道に対して恐怖心を抱くようになった。若かった頃のことを思うとそんな今の自分を情けなくも感じるが、そんな道を無理して走ると「年寄りの冷や水」で済まなくなる恐れがある。潔く撤退だ。

 


今回のツーリングで走った兵庫県山間部の氷ノ山(ひょうのせん)には、長い林道が健在

荒れた区間は少なく、景色も良く、快適なロングダート走行が楽しめる
 

無人の山の中だけではなく、例えば東京都内を走ると恐怖を感じることがある。膨大な数の車が入り乱れて走り、駐車車両も多いし、危険な交差点も無数にある。首都高速に入れば突然分岐が現れる。私のような田舎者にとっては、大都会の道は恐怖に近い。同様に、昼なお暗い熊さんが出そうな淋道も怖いし、大型トラックが数珠繋ぎで走る深夜の東名・名神高速道路も恐怖に近いものがある。突然道路に飛び出して来るシカは恐怖だ。その頻度が際立って高い北海道も、もう通算20回もツーリングをしているのに恐怖の地になってしまった。

ツーリングはレジャーやリクリエーションであって
冒険じゃあない。楽しく、そして安全に終わりたいのなら、恐い道やエリアは避けて計画を立てよう。例えば、大都市は高速道路で一気に通過すればいい。通行料金は高いが、コトが起きれば命に係わることだってあるのだから、こんなところでケチらない方が賢明だ。

まだまだあるので、次回に続く。

末期のがんと宣告されたカミさんを抱えながら、我が家の日常生活はどのように変化したか。そして、考え方は変わったか、それらについて書いてみる。

前回のブログで書いたように、末期がんと言っても、いわゆる”床で臥せっている”というような状況では全く無く、
日常生活に支障はほぼ無い。だから、家事における夫婦の役割分担は今まで通りでも可能だが、それでもできるだけ負担を軽減させたくなるのは当然の人情。掃除や買い物は私の役目。掃除なんかコンパクトなコードレス掃除機でガーガーやるだけで、狭いマンションだから5分で完了。買い物も生来のケチだから、ドラッグストアやスーパーマーケットを駆けずり回り、出来るだけ出費を抑えるのはカミさんより私の方がずっと得意だから苦でもない。

大きく変わったのは食事だ。診察の初期の頃、医師からこう告げられた。「消化器系のがんは、いつかまともに食べられなくなります」。このことを聞いてから「食べたいものを美味しく食べられる内に食べておこう」と考えた。これまで、食料品の買い出しで気に掛けていたことは、中身も重要だが値段が第一優先だった。宣告後、それは「多少値段が高くても、食べたいものを食べよう」となった。元々カミさんは料理を作るのが好きではなく、できるだけ手を掛けずに済ませたいタイプ。おでんやカレーなら私にもできるし、以前から私が作っていたが、それ以外の料理となると全くやる気が起きない。だから、出来合いのお総菜やお弁当などを購入しそれで済ますことが多くなった。「今夜何を食べたい?」と聞き、「お寿司がいいなぁ」と言われれば、激安スーパーではなく、少し値段は高いスーパーでパック入りのお寿司を買ってくる。パンも既成の菓子パンではなく、手作り風のベーカリーで買うことが多くなった。とにかくカミさんが食べたいものを優先している。外食も増えた。ラーメンや天丼、かつ丼、寿司、そば、うどん、ハンバーガーなどを昼時に食べに行く回数も増えた。カミさんの手で食材から調理するような場面は週に2回程度。こんなだから、当然ながら食費は増えた。でも構わない。「何も食べたくない」というような状況に陥るより、少しくらい出費が増えても、食欲があり美味しく食べられるのならそっちの方がずっといい

カミさんの負担が軽減された分、自宅でジッと籠っていては不健康だから、彼女はほぼ毎日のように散歩に出掛ける。1~3時間程度街中をブラブラしているようだ。歩けばどこかに躓いてケガをする恐れもあるが、歩けるならば歩いた方が体にとっていいし、精神衛生上いい。その間に私はジムに行って、少しばかりの筋トレとウォーキング、サウナを含めた入浴をする。こうすれば私は自宅の風呂を使わずに済み、風呂の掃除をする回数も減らせる。

私における大きな影響は何か。以前は
一週間前後におよぶバイクツーリングや鉄道の旅に頻繁に出掛けた。それも事前にカミさんに相談などせずフラッと出掛ける。現在のカミさんには痛みなど自覚症状は無いとは言え、いつ急変するかわからず、一週間ぶりに帰ってきたら、食事もままならず「この頃ちょっと調子が悪い」などと言われたら大変だから、そこまで長期に家を空けることはできない。また、旅の計画は事前に伝え、普段から彼女の体調は一応把握しているものの、改めて本人に確認を取った上で実行するようにしている。体調の心配が無いとしても、私が不在の時には私が担当している家事をカミさんがやることになるので多少の負荷になる。こんな状況を鑑みると、旅に出るにしても最長4日間というところが現時点での妥協点だろう。

出費に関しても少し考えを改めた。「
墓場までお金は持って行けない」という考えは昔から持っていたが、やはりケチだから出費は極力抑えていた。しかし、「墓場まで・・・」が現実味を帯びてきた今、前述の食事だけでなく、カミさんが欲する物や行きたい場所に積極的に応えるようにしている。カミさんはケチではないが浪費家ではないので、欲しいと言っても宝石やブランド品などということはなく、たかがしれている。居間の定位置に座って長時間読書をしていることが多いので、新しい座椅子を調達したりというレベルの買い物に過ぎない。カミさんが生まれ育った関西の町に一人で行きたいというので行かせたが、以前なら「鈍行列車で行けばぁ?」などとケチ臭いことを言って送り出したが、今では当然のように新幹線を多用することに何の文句は無い。美味しく食べられる、欲しいものがある、行きたいところがあり、それが実行できる状態なら、今の内に実行した方がいい。それで出費が一時的に増えたとしても、残念ながらそれが何年も続くことは無いだろうから。

若い頃、カミさんをバイクの後ろのシートに乗せて日本中を走った。そんな
思い出の地を再訪してもいいのだが、大腸を大きく切除したせいか突発的にトイレに駆け込むことがあり、若かった頃のように最果ての地を訪ねるような酔狂な旅はできない。トイレの心配が無い街中を巡る旅行や温泉旅行なら可能なので、彼女が自ら希望する場合に限って行くようにしている。私の趣味を全面に出して連れまわさないようにしている。

宣告された後、
がんや死、独り身の老後生活に関する本を多く読むようになった。強く印象に残ったり、役に立った本としては、「透析を止めた日」(堀川惠子)、「がんと生ききる」(落合恵子)、「介護未満の父に起きたこと」(ジェーン・スー)、「私はがんで死にたい」(小野寺時夫)、「老後ひとり難民」(沢村香苗)、「高齢者とがん」(山口建)というところか。必ずしもがんに直接関わるテーマではなく、死や将来ひとりで生活する身になることを予想して読んでいる。こういう本を読んでも大きく考えが変わることはなかったが、死はがんだけで起きることではないし、高齢になると、死ぬ方も残される方も介護する方も色々と大変だということが垣間見えるし、そういう事態に誰しもが陥る可能性が高いことを実感する。

先日、ツーリングに出掛けた。半世紀以上続けていることなので、カミさんも慣れっこのことで、今更「気を付けて」などと言ったところで屁のツッパリにもならないことは知っている。しかし今回、「
あんたが先に逝ったら何かと大変だから、気を付けて」と珍しく言われた。確かにそうだ。宣告後、我が家ではカミさんが先に逝くという前提で全てが進んでいるが、脳卒中や心疾患であっと言う間に亡くなったり、交通事故、それも生身の人間がむき出しで走っているバイクとなれば尚更リスクは高いから、私が彼女を看取ることは確約されていない。他車とだけでなく、野生動物とぶつかる恐れも決して低くないことは、一昨年北海道で私自身が証明してしまったので、交通事故はホント他人事ではない。

現時点、カミさんに大きな変化が無いからこの程度で済んでいるが、万一がんが治ったとしても、寿命は有限だから永遠にこんな生活が続くことは絶対にない。まあ、遅かれ早かれ訪れる事態の
予行練習助走と思いながら、進めていくことにしよう

GWもようやく終わりを告げ、再び通常の日常が戻り(私は年中GWだけど)、先日はカミさんの治療の日だった。末期がんと宣告された私の妻の病状は殆ど変わりがなく、この状況をどう捉えたらいいのだろう。

私のカミさんは、去年の9月に卵巣が異常に肥大化したことが判明し、それを全摘する緊急手術を受けた。その手術で
盲腸に大きな腫瘍があることがわかり、大腸と小腸の一部も同時に切除した。その後の診断でそれはがんであり、ステージⅣ-Cというこれ以上ない進行度の末期がんだと告げられた。この段におよんでの唯一の手段は抗がん剤治療だと言われたが、その治療は治すものではなく延命的なものであり、「一生続けなくてはならない」と言われた。そう言ったすぐ後、医師は「”一生”って言うとかなり長いように思えるかもしれないけど・・・・、それほど長くはないでしょう」と付け加えることも忘れなかった。何も処置しなければ、「う~ん、半年か一年くらい」と不確かながらも、余命はかなり限られたものだと告げられ、迷うことなく抗がん剤治療を受けることになった。そんな妻の闘病生活と私におけるその後の変化について書いてみよう。

抗がん剤治療は2週間に一度。最初に血液検査を行い、その結果も含めて医師の診察を受け、その後投与が始まる。複数の薬を投与されるが、その中の一つは
48時間掛けて投与する。その間ずっとベッドで横たわっているのではなく、カミさんの胸部(肩の下付近)には「CVポート」と言う中心静脈に繋がった医療機器が皮下に埋め込まれており(事前に簡単な手術でそれを埋め込む)、そこに「ポンプ」と呼ばれる抗がん剤が注入された容器からカテーテルを介した針をCVポートに刺す。抗がん剤の入ったポンプを小さなバックに収納し、首からぶら下げれば自由に動き回れ、投与しながら日常生活が送れるという訳である。小さな容器を抱えながら2日間過ごすことになるものの、その投与たびに入院しなくて済む。この方式はだいぶ昔から行われているとのことで、当然ながら医学の世界には知らないことが多いとつくづく思う。何はともあれ、こうして抗がん剤治療は始まった。

抗がん剤治療を受ける前、医師からは
抗がん剤の副作用(なぜか「副反応」とは言わないらしい)、つまりリスクについて散々聞かされ、何枚もの紙に承諾のサインを求められた。去年すい臓がんで亡くなった私の友人が抗がん剤の強い副作用に苦労していたことを知っているので、カミさんの治療においても大いに懸念したが、幸いにも副作用はそれほど酷いものではなく、治療の甲斐があったのかどうかはわからないが、カミさんの状況は以前と殆ど変わっていない

当初、毛髪が大量に抜けてお岩さんのようになってしまうのかと思ったが、
脱毛は大して起こらず、現時点ウィッグは必要としていない。明確な副作用としては、冷たいものを飲むと口の中がジャリジャリと感じたり、冷たいものに触れるとビリビリと痺れたりする。冷たい飲みものは避けているが、常温ならば問題無い。心配していた副作用はこの程度で良かったと思ったら、医師には「抗がん剤の副作用は回を重ねるに従って蓄積されるので、今後酷くなる可能性がある」と冷や水を浴びせられた。ただ、カミさんはその後も大きな変化は無く、食欲も旺盛で体重はむしろ増えた。副作用ではないが、唯一の問題は、大腸をかなり切除したからか、トイレに駆け込むシーンが増えた。それもふいに来るので、外出時にそれが起こるとトイレ探しに陥る事態になる。それでも運動不足を解消するために雨が降っていなければ毎日のように散歩に出掛けている。こんな感じで、総じてほぼ以前と変わらない生活が送れている。

そんな比較的落ち着いた治療生活を送っていた時、それまで通院していた病院の主治医が3月末で病院を辞めることになり、今後この病院に適切な処置ができる医師が不在となるので、県内最大級の病院を紹介され
転院した。4月から受診しているこの病院の医師がまた曲者だった。以前の医師は厳しいことをバンバン言って来たが、まだ愛というか熱意を感じたのに比べ、今の医師は静か。というか冷静、いや冷たい、冷淡とも言えよう。がんと言う厳しい病に冒された患者に寄り添う感じは皆無。腫瘍内科で死と隣り合わせの厳しい患者ばかり診ているからなのか、「いちいち患者に寄り添っていられるかぁ!」ということかもしれないが、カミさんは「あの医師に看取りをしてもらうことになるとした、ちょっとイヤだね」と言わせるほど。その医師がいない場所で看護師と話すと、声をグッと落として、「あの先生は気難しいところがあるから・・・」と言う。ヤレヤレ、どうしたものか。

同年齢の親しい友人が、この3~4年の間にすい臓がんで逝ってしまった。それも二人。一人は激ヤセし、次第に体力も目に見えて落ちていったが、もう一人は亡くなる2週間くらい前はほぼ普段と変わらない様子だった。四六時中傍らにいた訳ではないので、どこまでしんどかったのか真の苦しみは理解できていないが、一般的に「
ガンは緩やかに悪化していき、最後の段階で急激に悪くなる」と言われており、まさしくそんな最期になった。だから、カミさんの状況は安定しているとは言え、楽観視していない。診断時に同席した時、医師に「今は普通にしていますが、一気に悪化し、あっと言う間に最期を迎えるようなことはあるんですか?」と聞くと、能面のように感情を表に現わさないその医師は、「あります」「でもそれはあなた(私のこと)や私だってそうです。心筋梗塞や脳卒中が起きるかもしれませんから、誰だって急に亡くなることはあります」と煙に巻かれてしまった。

先生の感じは悪いが、カミさんの状況は決して悪くなく、徐々に悪化している感じも無い。痛みも無い。そうは言っても、先の冷淡な医師によれば「
あなたのガンで3年経って生きている方は約3割です」と告げられているし、血液検査での腫瘍マーカーの値も減少していないので、決して安閑としていられない

カミさんのがんが発覚してから、私や家族にどんな変化があったかについては次回以降書いてみたい。最近のこのブログでは相変わらず趣味的なことを満喫しているかのように書いているが、それは私の人生の極一面でしかない。私自身の行動や活動も大きく変わった。まあ、それは当然のことなんだけどね。

バイクツーリング到来の時期になったが、私が一番懸念するのは、他車との事故や転倒・転落のような単独事故よりは野生動物との遭遇。特に出没頻度も高く、その挙動が読み難いシカが最大の敵になる。そんな折、バイクがシカと衝突し、ライダーが亡くなったという事故をネットのニュースで知った。

一昨年の6月、私は北海道ツーリングで
シカと接触して大転倒し、大ケガを負った。突然どこからともなくバイクの目の前に飛び出して来たシカ。北海道ツーリングは通算20回ほどで、それまでにも何度かシカにはヒヤリとさせられた経験があり、奴らには十分警戒していたのにも関わらず、シカとの接触事故で酷い目に遭ってしまった。巷ではクマのことばかり話題になるが、先日のニュースでこの事故のことを知ると「やはりシカ野郎による事故はあるんだな」と思いつつ、我が身に起きた過去の記憶が再び蘇る。

先日入電したバイク事故の内容はこうだ。(FNNプライムオンラインより抜粋、編集)
「群馬県渋川市で29日未明男性が国道で倒れているのが見つかり、その後
死亡が確認されました。警察はひき逃げ事件として捜査しています。
29日午前1時半ごろ、群馬県渋川市川島の国道で「バイクと人が倒れていて、轢いた車が逃走した」との通報がありました。現場は片側1車線の直線道路で(転倒した)
バイクの近くには2頭のシカが倒れていました。警察はシカと衝突したあとに後続車にはねられた可能性もあるとみて目撃情報をもとにひき逃げ事件として調べています」(※その後、ひき逃げの容疑者は逮捕された)

 


死亡したのは衝突後なのか、轢かれたからなのかは不明だが、いずれにしてもシカが原因
 

これだけの情報しかないが、ここから何が言えるだろう。私の長年の経験を絡めて述べてみる。

・地図でこの地名を探すと現場は国道353号線のバイパスのようで、位置的には
市街地からさほど遠くなく、深山幽谷の深い山の中ではない。こんな場所でもシカが出る。それも自動車専用道に。シカが非常に多い北海道では市街地をシカが闊歩している光景を見たこともあるが、北海道以外では深い山間部でないとなかなか目撃しない(奈良公園のシカは別)。去年から頻繁に報道されるクマの出没も、山間部と市街地の境界のエリアにも出没するようになってきたと言われているが、シカも同様な傾向にあるのだろうか。

・私の事故はシカと”
接触”し転倒したが、私が転倒から起き上がった時にはシカの姿は無かった。シカの傷は大したことではなかったのだろう(私は数箇所骨折し重傷)。報道された事故では、”シカが現場に倒れていた”ということから、バイクはシカとモロに衝突したのだろう。衝突となると、現場は自動車専用道だからそれなりのスピードが出ていたはずで、ライダーは大きく飛ばされてしまったであろう。また、北海道での私の事故でバイクを運んでもらったレッカー業者の話によると、四輪車でもシカとまともに衝突すると走行不能になるほどのダメージを負うことが多いと言っていた。動物との接触や衝突を甘く見てはいけない。

 


2024年6月、私の事故直後(転倒したバイクは、通り掛かった方の協力を得て起こした)

気がついた時にはシカの姿は無かった

草が散らばっている地点から、森の中に戻ったと思われる
 

・ニュースでは”2頭のシカ”と書かれていたが、シカはハーレムを形成し群れで行動することが多い。私が過去に何十回と目撃しているが、単独のシカの場合もあるが、複数頭、それも10頭前後の群れを成していることもあった。一頭をかわしてホッとしたら、そのシカを追うかのように次々飛び出してきたこともある。

・事故の時間は深夜1時頃。シカは夜行性ではないが、
夜間や明け方活発に行動するそうだ。シカの目は暗闇でピカーッと光ってよく目立つが、それでも夜は道路の傍らに立つシカの発見はし難く、視認は遅れがちだろう。前出の北海道のレッカー業者も、道内で起こるシカとの事故(道庁のデーターによると年間約5000件!)は夜間の方が圧倒的に多いと言っていた。

バイクに乗る友人や息子にも「気を付けて」と言って送り出すことがあるが、
いったいどう気を付ければいいのか。残念ながら有効な策は乏しいというか、ほぼ無い。無いと言いながらも、私のブログではライダーにおける野生動物対策を何度も書いており、重複する部分もあるし、大した効果も望めそうもないが、全くの無策では余りにも危険な状況になって来た。この事故の件も含めて野生動物、特にシカにどう備えたら良いか書いてみる。

1.遭遇確率を下げる
 シカやクマが活発に活動する
夜間や明け方近くは発見も遅れがちになるので、その時間帯はできる限り走らない方が賢明。しかし、そうしたとしても自然豊かな土地を走ることが多いツーリングにおいて、野生動物に全く遭遇しないようにしたくてもほぼ無理。但し、例えば「クマだけは勘弁して」ということなら、絶滅してクマがいない九州や、極僅かしか生息していないと言われている四国を選べば大丈夫。しかし、シカはほぼ全国どこでも目撃する。サルも頻繁に遭遇するが北海道を除いて全国区。北関東ではシカよりイノシシの方が深刻だと言う。故に、野生動物に遭遇するか否かは運次第ということ。

2.早めに見つける
 野生動物が道路上にいればすぐに認識できるが、カーブを抜けた先の道路上にシカが立っていたこともあり大いに慌てた。コーナーリングの途中で進路を急変させるにも限度があるし、急ブレーキを掛ければ転倒の可能性が高まる。それでも道路上にいるだけマシで、多くの場合、草木の生える道路脇の路肩付近にいることが多い。野生動物が動いていれば発見し易いが、多くの場合、草を食んでいたりして
静止しており、しかも体の色はほぼ保護色なので、至近距離にならないとなかなか見つけられない。見つけ難い点では警察のネズミ捕りと同様だ。

また、バイクの場合、そこそこスピードを出して走るので、スピードが増せば増すほど
視野角は狭まり、道路の脇の方まで十分に認識できない状態になる。スピードを極端に落とし、路肩を含めてキョロキョロ見ながら走れば野生動物を捕捉できる可能性は高まるが、交通量が少ない爽快な道をノロノロ走るのは現実的ではないし、対向車を見逃したりしたらそれこそ大変だ。よって、早期に野生動物を見つけるといっても限度がある

 


私の事故現場は山の中(携帯電話圏外!)の見通しの良い道路

シカはどこにいたのか、接触するまで全く見えていなかった
 

3.遭遇した時、どう対処するか予め考えておく
 遭遇するかしないかは運次第。早めに見つけ難を逃れたくてもかなり見つけ難い。いったいどうすりゃいいのさ。唯一できるのは、バイク
走行中に遭遇した時、どう対処するかを予め想定しておくことだ。クマに遭遇したら、決して脱兎のごとく逃げてはいけないと言われている。クマは逃げる獲物を追うかららしい。そういうことを知っているか否かで、生死を分かつことがある。ではバイク走行中にシカに遭遇したらどうするか。

遭遇するパターンにもよる。私が一昨年事故った時、シカは私の死角から目の前に飛び出してきて、全く避けようがなかった。こういうパターンはほぼ防ぎようがないが、
数十メートル前方に突然シカが飛び出して来たり、路肩や道路上に立っていたら対応は可能。まずは減速する。できれば徐行程度、場合によっては停車する。そうしてホーンを鳴らして蹴散らす。複数頭の場合、ホーンをちょっと鳴らした程度では動じないことがある。JR北海道の花咲線に乗った時、線路上にたむろしていたシカの集団は列車が警笛を何度鳴らしても動かなかった。私が道路上の群れに遭遇した時もそうだった。しばらく眺めていたらようやく移動し始めたが、ホーンを鳴らせば逃げるだろうと思って、そのままバイクの進行を止めずに進むのは危険だ。奴らの挙動は不信極まりなく厄介だ。動き出したと思ったら急に止まったり、方向を変えたりする。だからホーンを鳴らして動きだしたと思ったら目の前で急に止まったり、または他のシカが草むらから追随して飛び出してくることもあるので、蹴散らした直後はシカの姿が完全に見えなくなるまで気を抜かず、その間はスピードを落として走行する。

では前述の数十メートル先ではなく、
数メートル先の前方、バイクの目の前すぐ近くに、走行ラインと被さる位置に飛び出してきたらどうするか。これは難しい。私の過去の例では間一髪、寸でのところでヒラリとかわせたこともあったが、腕が良かったというよりは運が良かっただけ。急ブレーキを掛けるか、ヒラリとかわすか、その時のスピードや道路状況、走行姿勢にもよるし、そんな事態においては頭で考えている間はなく本能的な動作になる。どんな回避手段であっても、転倒覚悟で衝突だけは避けた方が被害は少ないが、こうなるともう腕と運次第。

巷のクマ騒動の陰でシカやイノシシ、サルに困っている人々は多いはずで、バイクのライダーもそのひとつだ。大手メディアはもとより、
バイク雑誌でも取り上げられないテーマで見落としがちだが、バイクで大自然の中を爽快に走っている時、その爽快さに酔いしれながらも、頭の片隅に野生動物(特にシカ)の存在を忘れずに思い描いておこう。そして万一の転倒や衝突に備え、保護具で身を守ること。これらの効果は僅かかもしれないが、その僅かな差が生死を分かつかもしれない。

 

宿に掲示されていた啓発ポスター