何かに依存したり、何かに夢中になったり、何かに意義を見出したりして、人は自分の楽しみやアイデンティティを確保して生きて行く。いわゆる生き甲斐と言うやつだ。

選挙は、ある一定の人々を夢中にして止まない。




三日ほど前、投票率55.93%を示した2021年の衆院選が終わり、私にとっては、なかなか面白い投票結果となった。ここで言う面白いとは、愉快というより、興味深いと言う意味合いが大きい。




何が面白いのか。





まず、旧態依然の御老体が嫌われた。特に私のエリアではそれが顕著だった。保守王国と言われたエリアで、全て自民だった11選挙区に、3つ野党系が混ざる事になったが、何度も当選を重ねた閣僚経験者が落選した。




東大卒大蔵官僚出身の大臣経験者が落選したのが、私の選挙区だ。力と知識と経験より、フレッシュな若さで、自己の言葉で熱く語る若手議員が選ばれた。選挙区のど真ん中の繁華街近くに住んでいる私は、この若き議員の辻立ちの前を、何度も通り過ぎた。

こころ動かされる辻立ちだった。野党なので、理想を語れる強みがあった。




自民党の官僚出身の前職は、県議が代わりに応援の辻立ちをしていた。本人は其処にいない。宏池会の岸田総理の盟友で、岸田総理の片腕になれる人材のはずが、破れた。この人も比例区で重複立候補出来ない自民党の縛りに当てはまる御老体だ。




今回野合の最たる、立憲民主党と日本共産党がタッグを組んだが、これも嫌われた。

一定の効果があったと自分達を評価していたが、13議席減のいわゆる立憲共産党と、15議席減の自民党では、断然立憲共産党がぼろ負けだ。

朝日やTBSの歯軋りが聞こえてきそうだ。




大阪では、自民党が嫌われた。

大阪維新の会の牙城で、辛うじて議席を確保してきた自民が、今回まさかの全敗だった。

他府県民にはまさかの大敗だろうが、府民にしてみれば、当たり前の結果なのかもしれない。

おそらく府民は、自民が共産党と野合したあの選挙を忘れていないのだ。

コロナ対策で、前面出た若き吉村イケメン知事の手腕も忘れる訳はない。

さらに、年寄りと公務員に手厚かった社会保障を、若き世代に付け替えた維新の手腕も、おそらく府民は評価したのだろう。




これらから言えることは、そもそも思想信条のすり合わせに無理がある共産党系との野合を嫌うと言う良識が、日本人に働いてる。これが、素晴らしい。政権奪取が主眼の政治家より、正直、選挙民の方が優れていると言う事ではないか。

大阪自民と、立民は、この失敗野合劇から学ぶことがあるだろうか。





共産党は次回もこの相乗りに意欲満々だ。

初めて政権与党になる夢を一瞬見たのだから、次回も同じ夢を見たいのだろう。共産党単独でいる間は、日本で万年野党だろうから、この野合は共産党にしてみれば大歓迎なのだ。




何を長々と、つまらない事を書いているのかと、自分でも思う。

でも、大阪府民は幸いだ。

選択に耐える、第二与党すなわち維新の会を持っていたのだから。

残念ながら、日本全国に、代替え可能な第二与党の存在は無い。




自民党しか頼れる政党がないから、自民に奢りが出る。謙虚にと口では言うが、裏腹な行動が出る。日本国の不幸はそこにある。

維新の会は、親中国政党だ。

しかし、親中だろうが、反中だろうが、府民にはあまり関係がないのだろう。老人と公務員に手厚かった社会保障を、子育て世代に付け替えた手腕を評価するのは当たり前だ。




日本国民が、共産党の生い立ちと政治信条をわすれず、民主党時代のダメっぷりを覚えている限り、現状は続く。良きにつけ、悪しきにつけ、現状は続く。