2年前の今日、東北大震災がおこりました。
タイムリーで名取の畑が津波でのまれていくのを見て血の気が引きました。
奇跡的に…というか、不思議と海外からの電話はすぐつながり
母も父も無事な事がわかり一安心
兄や弟達ともわりとすぐに連絡がとれてみんな無事。
塩釜と名取の親戚とは何日も連絡がとれませんでした。
名取の親戚の家のすぐ手前で津波が止まった事も…
いつもは海辺の閖上にあるデイサービスに行ってた叔母が
その日に限って山沿いの施設に行ってた事も奇跡…
父は仕事で気仙沼や陸前高田にもチョコチョコ足を運んでいたので
あの時、もしあそこにいたら…と思うと…
なんていうか…
胸がぞわぞわします…
たくさんの命が失われる中で
生きているって、本当に奇跡なんだと考えさせられました。
波にのまれつつ奇跡的に助かったという話を聞いたり…
盲腸の手術で麻酔で眠り…
起きたら震災後になってて
「開腹手術してないから、とりあえず、家に帰って」
と…言われた友人もいたり…
仙台空港で勤務してた知人はそこで三日三晩を過ごしたといいます。
電気やガス、水道…
ライフラインが閉ざされた中で
暖をとり、調理をして…の生活。
年老いた両親が必死に生きる姿に心が痛みました…
ガソリンの為に夜中の3時から売ってもらえるかわからないけど何キロも並び…
母からのメールは日に日に強くたくましく…
母:「今日はカレイ(魚)2枚ゲット!」
とか…
スーパーでも1人5品までとかだったものね…
初めは食料品だったけど…
途中から「今日は、ジャガイモと、…と、猫の餌と…」
少しは心に余裕が出てきたのかな?と思ったり…
朝の散歩から帰って来ないと父が心配して電話をしてきたので
私が電話してみると…
母:「今、パン屋に並んでるの!
整理券もらえそうだから!」
食料調達は母の仕事で…
母は強し!なんだよね(^_^;)
遠く離れて何不自由なく生活してる私ですら
あの頃は、本当に不安な日々を送っていたけど…
今はもう昔の話みたいに思えてる事が怖い…
瓦礫も片付いて、新しい道ができ…
風化して行くのがここにいてもわかる。
あの日を忘れない為にも
ココに気仙沼の写真を載せます
サニーさんがこの世に無事に生まれて来てくれた事を感謝して…
家族3人が一日でも長く一緒に過ごせるように
祈るばかりです…
亡くなった方のご冥福を祈りつつ…
毎日に感謝します。
明日もこの幸せが続きますように…
サニーと朴が健康で長生きできますように…
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