イタリアの話を書こうと思ったのですが今日は朝はやくから衝撃を受けてしまったので、そのことを私の限られた文章力で書こうと思います。


私は昨日、友達とふざけて撮ったビデオを夜な夜な編集してました。結果、朝の7時まで続いてしまって、意識が飛び始めていました。

11時ぐらいに両親に起こされました。睡眠時間も疎かだったので視界がぼやけていました。何でホリデーなのにたたき起こすんだ、嫌がらせか、眠いんだ、と頭の中がゴチャゴチャになってた中で初めて理解できた言葉が 「おじいちゃんが死んだ」 でした。


よくある話です。漫画でもよくあるシーンです。「親が死んだ」 「友達が死んだ」 「恋人が死んだ」 「あなたの命はあと3か月です」


ですが、自分がそういう状況にあると、事は違うものですね。全く違います。

知らされた直後、目が完全に開いて、閉じませんでした。 何か言おうとしても言えませんでした。思えば、身近な人が死んだことなんて初めてだったんですね。


前までは人が死んでも、簡単に涙なんて流れるものなのか、と映画などを観るたびに疑問を抱いていましたが今日はおじいちゃんの事を考えれば考えるほど泣きました。目が腫れまくりです。

物事を楽しいと思ってもおじいちゃんの事を思い出すと悲しくなってまた涙が溢れ出てきます。

言うほど仲良かった覚えはありませんし、楽しく遊んだ覚えもありません。どちらかというとおばあちゃんにずっと小さいころは遊んでもらいましたし、ご飯も食べさせてもらいました。おばあちゃんの家に遊びに行くと、京都の四条に電車で連れてってもらったり、お風呂に入れてくれたり本当にいろいろしてくれました。ですがおじいちゃんもいつも家にいたんです。自ら一緒に遊ぼうとしたり、どこかへ連れてってくれたことはありませんが私のことを大切に想っていてくれたことは分かります。


毎年、日本へ一時帰国した時に会いにいってました。私が家に来ると嬉しそうにしてくれて、「りりちゃん、りりちゃん」と呼んでいたのを覚えてます。人に対しては無愛想で捻くれていたおじいちゃんでしたが私に対しての口調はいつもどこか優しく、愛情がこもっていました。


死んでしまった、という実感が今でも湧きません。でも考えるたびに瞼の奥が熱くなります。生きていて当たり前だったおじいちゃんがもういないんだ、と。毎年オーストラリアに帰るとき「来年生きてるか分からないかもしれないけどまた会いにきてな」と冗談で言っていたこと、「いつまでたっても死なないくせに」と言い返していた母のやりとり。あー、半年前、オランダに行く前に帰国した時の「また会いに来てな」は叶わないものになっちゃったんだな。

イタリアから送ったポストカードも間に合わなかったな、今年の帰国にまでも間に合わなかった。


ただ一つだけよかったことは、おじいちゃんは突然の心臓麻痺で死んだということです。死までに苦がなかったということは幸せなことです。


ところで、一月二日は私のお父様の誕生日、一月三日は私のお父様側のおじいちゃんの命日、そして一月四日は私のお母様側のおじいちゃんの命日となったわけです。

すっごいな・・何このラインアップ。


おじいちゃんに教えたら笑ってくれるだろな、命日のタイミングが神じゃないかって。