『R.E.M.』
先日、FMの番組-ROCK系-で『月をテーマにした曲』の特集をやっていた。毎回テーマにあった4曲ぐらいが選出される-ぼくのリクエストは毎回ことごとく外れる-。今回『月をテーマにした曲』として、個人的にはザ・ポリスのWalking on the Moonを希望したけど、選出されたのはスティングのMoon over Bourbon streetとポール・マッカートニーのC MOON、そしてR.E.M.のMan On the Moonだった-もう1曲は忘れてしまった-。ポール以外ははじめて聴く曲で、その中でもR.E.M.のこの曲にはハートをワシヅカミにされた。
PVも映像作品としてすごく良いと思う。-このPVに限って-マイケル・スタイプもイケメンだし、なによりもウェスタンな世界観がHITだ。テンガロンハット・BAR・ビリヤード・金髪美女。少なくとも現代の日本の文化よりは、自分に合っているような気がする。
奇しくも、数日前に突如解散が発表されたので、タイムリーな出来事になった。今後はR.E.M.を少しずつ掘り下げていこうと思う。
『犬好きと猫好き』
本を読んでいて気に入った文章やフレーズ、比喩表現などがあると、そのページの端に折り目をつけるようにしている。いつでも検索しやすいようにする配慮だ。その時感銘しても時間が経つとどうしても忘れてしまうから、常にリンクできる状態にしておきたいというのと、創作活動する上での資料・インスピレーションの起爆剤としての役割も担っている。
《この世は、大別すると男と女にわかれるんじゃなくて、猫好きと犬好きの人間とで分類されるのかもよ。》L.Tのペットに関する御高説/スティーヴン・キング
ぼくはこう見えて動物(とくに犬とちっちゃい猿)が大好きで、定期的にペットショップに足を運ぶ。彼らの濁りのない純粋な瞳と愛くるしいしぐさに癒されるために。でも飼いたいとは思わない。(犬を飼うとして)15年間毎日2回の飯と便所の交換、定期的な散歩をこなす自信がない。-オモチャ感覚で買って、飼育しきれずに手放す飼い主には何かしらのペナルティを課すべきだと思っている-それゆえ、ウィンドウショッピングとして成り立つのはペットショップくらいだと思っている。
犬と猫の話をすると、ぼくは犬派で猫はどちらかというと嫌いな部類だ。(ちゃんと飼ったことがないけど)どうも猫には『ずる賢い女』のようなイメージが染みついてて、心を預けられない。あの冷酷なカマキリのような目も苦手だし、愛情を感じない。そう、まさに『野性的』!あの野性的な動物をペットとして飼う人の気持ちがまったく理解できないけど、意外に温厚で犬好きっぽい人が飼っていたりもする。
犬と猫、両方好きっていう人にはあまり出会わない。大体どちらかだ。『犬好きと猫好き』はペットの容姿・特徴の好みで分かれるんじゃなくて、飼う人間側のそれらを超越した部分に起因しているような気がする。それが何かはわからないけど、人間を性別ではなく『犬好きと猫好き』で分類するのも、あながち間違いでもないのかもしれない。
『ヌンチャク②』
ヌンチャクの魅力は『オリジナリティのすごみ』にある。一体どんなバンドの影響を受けたのか?彼らのオリジナリティは他の追随を許さない。
個人的にはギターとドラムが好きだ。メタルの要素を含むヘヴィーに歪んだギターと、力強く心地よいビートのドラムとの相性は抜群だ。
ハードコアっぽいイラストをラフに描いてみたけど、どこかで見たことがあるような気がする。意識していなくても以前に見たものが潜在的な部分に焼き付いていて、それがインスピレーションとして湧き出てくることはよくある。
『ヌンチャク①』
ぼくがバンドを組んで最初にやったのが、この『ヌンチャク』のコピーだった。いや、コピーというよりも精度の高いモノマネだったのかもしれない(スタジオで録ったテープを聴くとヌンチャクと区別がつかないくらいよく似ていた)。
※ヌンチャクの音源がネット上に全然落ちていないので勝手にうpさせてもらった。
はじめてのLIVEは12年前、阿佐ヶ谷のCLUB APICAでやったのを覚えている。演奏曲はオリジナル1曲をやった以外はすべてヌンチャクのコピーだった。初ライヴなのに何故かトリで、しかもハードコアとは対極にいるようなギャルたちがステージ最前列でノリノリという特異な環境だったけど、すごく盛り上がったLIVEだった(皮肉にもバンド活動の中で最も盛り上がったLIVEだった)。
ギャルの前でギャルの悪口を書いた曲を演奏。本人たちは露知らず、クラブ感覚のバカノリで楽しんでいた。演者としてはどんな形であれ盛り上がってもらうに越したことはない。
『C-folder mov①』
倭委倭委市のtaxiはとにかくボロい。見るからに年季が入っていて、ドアはもちろん手動だし、シートもボロボロでエアコンも壊れていたりする(節約のため嘘をついているのかもしれないが)。まさに、本来の移動するためだけの手段といったかんじだ。まぁ、数十円で乗れることを考えればそれでも見合っているのかもしれない。
倭委倭委市の車窓
行き先が同じ客は席を詰めて相乗りする。日本人には抵抗があってできないだろうけど、彼らにとっては日常茶飯事だ。一度車上で日本人であると言ったら、昔の戦争の話(中国政府に刷り込まれた話)を持ち出してきて、運転手と相乗りの客にやたらガミガミと日本批判をされてひどくしんどい思いをした。どうやら日本人が中国に行った時は、シンガポール人と言った方がいいらしい。
『HC』
ハードコア全盛期は(少なくともぼくの中では)90年代後半~00年代前半。スカコアやメロコアとともにコアブームと称されて、裏原ブームの終焉と入れ替わるかたちで盛り上がったように記憶している。当時ぼくはハードコアバンドを組んでいた関係で、聴く音楽のほとんどがハードコアだった。洋楽がメインだったけど、down set/sugar ray(当時はハードコアバンドだった)/biohazard/helmetあたりをよく聴いていたような気がする。邦楽で唯一聴いていたバンドはヌンチャクとGERONIMOくらいだろうか。ただ、この2つのバンドに限っては、洋楽と肩を並べて聴けるバンドだった。とくにヌンチャクに関しては、自分が生きている間に日本で彼らを超えるハードコアバンドは現れないとさえ思っている。もしハードコアを知らない若者で、マキシマム・ザ・ホルモンにハードコア的要素を求めているのなら、是非とも昔のハードコアバンドを掘り下げて聴いてほしい。
最近思うのは、若者に限らず音楽に貪欲な人をあまり見かけない。与えられたカテゴリの中から適当に好きなものを掻い摘んで聴いているようにしか見えない。そのくせ音楽好きだとか言う。本当に好きならば昔の音楽や海外の音楽をもっと積極的に模索するべきだと思う。自分の好むべき音楽が世界中に☆の数ほど散らばっていると考えたら、なおのこと。そもそも洋楽を聴かないのにROCK好きっていうのもおかしな話だ。





















