今晩はニコニコ
最近私の住んでいる南関東は地震霧また増えて来ました。
昨日、今日と揺れてるので家の食べ物の貯蔵等チェックしようと思ってます。
食物不耐性の子供の場合、配給に食べれるものがあるとは限らないので、より地震等に対する備えは必須となります。いざという時の為に「トリエンザ 」という消化酵素も避難袋に入れねばですウインク
これを使うと小麦、乳製品も多少は食べれるので‥災害時には役にたつかも。
そんな日は来て欲しくは無いですが、備えあれば憂いなし。
気をつけたいと思いますウインク
 
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表題に戻ります。
 
今日は、佐藤 典雅さん著の「療育なんていらない」という書籍について•••
Amazonのこの書籍のカスタマーレビュー欄に書かれていたコメントを紹介させて頂きたいと思います。
 
何せAmazonのコメント欄なのでコメントされた方の正式なお名前は不明なのですが、自閉症のお子さんをお持ちの皆さんに一度読んで頂きたいと思い、ご紹介させて頂きます。
 
内容にご賛同されれば、是非Amazonの下記のページにてコメント欄の「参考になった」をポチして彼(彼女?)に賛同下さいまし。
 
今日の時点で「参考になった」の人数がなんと389名。
 
私以外にも感銘を受けた方が多くいらっしゃるというのを感じる数字ですね。
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【知的障害者に知的好奇心はないのか?】
 
ええっとね。我が家の場合をざっと書いておくね。うちの子は1歳8ヶ月の頃にABAを初めて、1年と数ヶ月後の、3歳3カ月の時に、発育センターで形式の知能検査を受けたんだよね。
結果、数値は64くらいだった。

もし、親が子どもに、「療育を受けさせたんだから!」って理由で、100に近い数値を期待していたなら、「あれだけ沢山ABAを受けさせたのに!」って挫折を味わうんだよね。
まあ正直、私もちょっとショックだったよ。
一年以上頑張った結果の医者の診断が「知的な遅れあり」「申請すれば手帳を持つことができます」だったからね。

もうね、全てをやめたくなったよ。ABAも辞めて、他の療育も前も辞めて、練炭買って山奥で心中しようかなって考えたよ。
それで、ABAの先生のところに、死ぬ前のご挨拶のつもりで、最後の訓練を受けに行ったんだ。
もちろん、死ぬことは内緒にしていたよ。

ABAの先生に、「知能検査が60台だったんです」って伝えたら、「名称カードが言えたからですね! それと、積み木なんかもできたから、そこまでの数値が出たんです」と教えてくれたんだよね。

名称カードは、ABAの最初の授業から、根気よくずっとやっていた課題なんだ。
 
名称カードにある絵を言えるようになるため、まずは動作模倣で、頭やお腹、肩の場所が分かるように訓練して、つぎは口の形を真似る練習をして、「あいうえお」のどの母音の発音が苦手なのかも、ABAの先生は探し出してくれて、苦手な発音が言えるようになるよう、笛を吹いたり風船を吹いたりして、口の形を作る練習をしてくれた。

そうやって、1年かけて、名称カードに中の絵を、ちゃんと言葉にしていえる訓練をしたから、3歳の娘の知能検査で、30以上の数値を出すことができた。
ABAを受けていなかったら、うちの子の知能検査の数値は64なんて出なかったと思う。

親として、いっきに救われた。意味があったんだって、涙が出そうになった。
そして、子どもが頑張って、楽しみながらも獲得した言葉の能力を、親の期待した数値じゃないからって、勝手に挫折したり、療育なんて意味なかったじゃんって思うのは、子どもに失礼だって感じたんだよね。

でもね、もう分かってるんだ。
 
自閉症の子が、療育を受けたからって、健常児にはならないよ。
 
たとえ知能検査で100以上の数字を出したとしても、自閉症という障がいと共に生きる人生は変わらない。

でもね、どうせ自閉症なのは変わらないからって、療育を受けさせないのは、目の見えない視覚障害者に、どうせ目が見えないことは変わらないんだからって理由で、点字すら教えないのと同じなんだよね。
耳の聞こえない聴覚障害者に、どうせ耳が聴こえないことは変わらないからって、手話を教えないのと同じだよ。

著者がいう、成長するうちに、できるようになるものはできるようになるし、できないものはできないって感じの説は、確かに一理あるよ。
でも、視覚障害者が勝手に自力で点字を習得するかね。聴覚障害者が習いもせずに手話ができるようになるか?
自閉症児の言葉の獲得や、集団生活を送るための訓練は、成長すればできるようになるか、ならないものはならないってものではないんだよ。

それにね、自閉症の息子さん本人は、「療育なんて必要なかった」って思っているのかな?

親が、思った結果が出なかったからって、「療育なんていらない!」って言うのと、自閉症の当人が、「療育を受けても受けなくても、自分の意思を伝える能力に変わりは無かった」って言うのは、別物なんだよね。

そしてね、自閉症当人が書いた、「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」って本では、自閉症本人が、言っていたんだよね。
「学びたい」って。

彼は3歳の頃、自分が周りとはどこか違いうと何となく感じていたらしい。
けど、障害のせいで、周りと一緒にいることが難しく、勉強も、本当は知識を得たいのに、なかなかうまくできないって。

そんな彼に、お母さんは、文字盤をつかって気持ちを伝える訓練をさせたんだよね。そうして生まれたのが「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」なんだけど、文字盤を使って気持ちを伝える訓練も、また療育の中に入るんだよね。
彼は療育を受けることで本を出版するまでの能力を開花させたんだよ。

っで、療育って、必要ないのかね?

たぶんね、著者は、療育に万能を求めるなってことを言いたいだけなんだと思う。
それでも、ちょっと、言葉が足らないんじゃないかなと思う。

たとえばね、自閉症児に療育を受けさせることを、健常児がピアノを習うことにあてはめるとね。

 
まず、健常児はどのようにして、ピアノを習うたいとおもうかってところから説明すると、ピアノを習っている友だちがいるとか、すごく上手にピアノを弾く人を見て、自分もやってみたいと思ったとか、そういった「触発されて」って、あると思うんだ。

自閉症児だってね、同い年の子が楽しそうに喋っていたら、自分も輪に混ざって喋りたい、仲間に入りたいって思うものじゃない?

そしてね、健常児がピアノを習う際、まあ大抵の親は、「ショパンコンクールで金賞を目指しなさい! でなきゃ意味ないわ!」っては、言わないと思うんだよね。
どうせ飽きるかもしれないけど、バイエル程度で終わるかもしれないけど、音楽に親しみ、音を楽しむ世界を知れるなら無駄ではないと思うんじゃないかな。

でも、自閉症児の親は、療育を受けさせる際、「ショパンコンクールで金賞を目指しなさい! でなきゃ意味ないわ!」ってなっちゃうんだよ。
もとい、「(親が求めるレベルの)お喋りができるようになるわよね! 療育を受けさえすれば、きっと……!」ってなっちゃうんだよ。

健常児がピアノを習う際、ものすごい高いグランドピアノと、ショパンコンクール金賞受賞者のピアニストを先生につければ、うちの子も金賞を受賞できる!
なんて、まあ普通は思わないじゃん? 親が音楽家で子どもに才能があるなら別だけど。
でも、親が自閉症の我が子に療育を受けさせるときは、悲しいかな親の願いで、評判のいい療育教室の、カリスマ教師につければ、きっと自閉症が治る! って、思っちゃうんだよね。

実際、自閉症の子が、喋れるようになるかは、その子自身の持って生まれた能力によるんだよ。

ピアノ習わせたからって、バイエルで終わる子もいれば、ソナチネまではいける子もいるじゃん? それと同じだよ。

でもじゃあ、バイエル程度ならピアノなんて習わせないわってのりで、大して喋れるようにならないなら、療育なんて受けさせないわって、思わないでほしいんだ。
だって、自閉症当人が、著書で訴えているんだもん。

「学びたい!」「知識を得たい!」「僕を諦めないで!」って。

ABAを受けたからって、喋れるようになるか、問題行動が軽減できるかは、その子次第でわからないよ。ピアノと同じだね。
でもね、ABAで一番助かるのは、「どうして話せないのだろう?」っていう原因を見つけて、その原因をダイレクトに刺激できるところなんだ。

目が合わないから口の形を見ていなくて、「あ」というには「あ」の口の形を作らないといけないのを、分かっていない子には、口の形の作り方を教える。
口周りの筋肉が弱くて、「う」の口の形を作れない子には、まずは口周りの筋肉をつける。

それって、素人の親が「どうしてしゃべれないのだろう?」っていう疑問を抱えて子育てしてても、決して見つけることはできない原因だし、ひとりでは辿り着けない解決方法なんだよね。

私はね、今はもう、ABAに万能を求めてはいないよ。
でもね、うちの子は考える葦だと思っている。わかりづらいだけで、気持ちを伝えたいと思っている、知識を得たいと思っている、知的好奇心の塊だと思っている。

だから、我が子の願いを叶えるために、療育を受けさせるよ。ABAを続けるよ。

そしてね、親の欲は、決して悪ではない。

3歳の自閉症児が、どんなに「喋りたい!」って思っても、ひとりではどうすることもできないからね。親の、「喋って欲しい!」っていう願いがあって、ようやく子どもは、療育を受ける機会を得られるんだよ。
 
当たり前じゃん、親が「喋れなくってもいいよ。ありのままってやつ?www」で療育を受けさせなければ、
3歳の子どもが自力で療育を受けることはできないからね。

そういうことを、もっとよくわかった上で、療育なんていらないって、言ったほうが良いと思うよ。

あくまで、親が言ってることで、自閉症当人が「人生の時間の無駄だった」なんてことは、言ってないけどね。