ご無沙汰のブログです
トラジャごともたくさんあるのだけれど
とりあえず、ワタクシごと
今年2026年
丙午の年って、ぴんとくる人は、どれくらいいるのでしょうか
私、1967年生まれで1月なので、同じ学年のみんなが、丙午の年生まれの人たちになります
60年前は、この年に子供は産まないようにと思った親たちがたくさんいて、1966年生まれは、出生数が極端に減った年であったはず…
あれから、60年
さすがに、気にする人はもういなくなったのか
芸能界もなかなかな出産ラッシュのようです
そして、我が家にも3人目の孫が産まれます
予定は12月なので、もう少し待たなければいけませんが…
さておき
です
お坊さんも、あまり大袈裟に言ってはいけないと釘をさされる「丙午の年」
世の中のさまざまなことが、大きく動く年
よくないことが、起きる年
そんな年回り
私の周囲で起きたあらゆることが、そのせいなのだとしたら
それは、なかなかな大きなチカラの働きなのかもしれません
1月
家の水回りのリフォームを決行しました
30年放ったからしでしたから、きれいになって
とても嬉しい出来事
そんなリフォームの最中
年末から、少し体調を崩していた主人が
とうとう病院に行く気になりました
告げられた病名は
「急性骨髄性白血病」でした
即入院でした
同じころ
私の職場のスーパーの閉店が告げられました
8月末での閉店
もちろん、次の仕事の斡旋も始まりましたが
主人がどうなるかわからない状況でもあったし
そもそも、レジの仕事に嫌気がさしていた状況で、いつでも辞めたいくらいの状態だったので
店の閉店と一緒に仕事を辞めるという決断をしました
主人の闘病生活は、うまくいきませんでした
抗がん剤は効かず
次の延命の治療も効かず
6月末には、あと2か月と宣告され
店の最後と一緒やん
なんて、笑うしかなくて
そんな状況の中で、娘の妊娠がわかり
せめて、3人目とはいえ、孫の顔を見れるように頑張ってほしいと願ってはいたのだけど
先月、私が夜中に見守っている時に
咳込んだあとの吸った息を吐くことがなく
そんな風に、静かに息を引き取りました
ぎりぎりまで、仕事に行ってました
何かしたいことはないのかときいても
「特にはない」
そう言っていました
それでも、せめてと夏休みに孫たちと旅行に行きました
その時の、穏やかな姿が遺影になりました
私と違って、お片付けがちゃんとできている人だったので、必要な書類とかはファイリングが済んでました
お金のことも、息子にちゃんと引き継いでました
あと
せめて、3年は生きたかった
その言葉が、唯一の未練だったと思う
結婚して、35年
そのほとんどを、病気を抱えて生きてきたから
私も子どもたちも
父がいつ亡くなっても、仕方ないのだと
ずっと覚悟をしていたのだと思う
白血病という病気で亡くなるとは、想定外ではあったのだけど
本当の心のうちは、誰にもわからない
悔しくて、つらくて
助けてほしいと、告げられずにいたのかもしれない
59才になった今年の始め
いろんなことをしたいと思っていた
60才になる前に
次のステップの足がかりになるような経験を
たくさん積んでいこうと思っていた
今
主人がいなくなり
仕事がなくなり
様々な事務処理に追われているのだけれど
ひとつひとつ、片付いていって
さぁ、全て終わったよ〜
そんなタイミングに
何を思うのか
とか
思っていたのに
孫が産まれます
今は、離れているけど
出産は、主人が亡くなった病院になります
年末年始は、ここにいます
ねぇ
私がさびしくならないようにと
誰かが、調整してくれているのかもしれない
そんなこんな
ここ、数カ月の出来事
丙午の年を甘くみてはいけないようです
あと、数カ月
我が家だけでなく、世の中に大きな悪い出来事がないようにと
願うしかないです

