。やわらかたまごのシフォンケーキ。

。やわらかたまごのシフォンケーキ。

永久二次元ラヴァー宣言。もうちょっとでお超腐人。
それでもなんか生きてる(^ω^)
ほとんど腐った事しか書かないよ!

Amebaでブログを始めよう!
こっちのブログもつかおーっと(*・ω・*)

ブログ必要!ついったーだけじゃやっぱだめだ!

長く文書いてまとめておきたくなったりするもんなー(´・ω・`)

あととび森のSSつき日記書きたいっていうww

その為にSDリーダーかってしまった!あまぞんで!BL漫画と一緒に!wwww

はよこないかなあはよこないかなあああ
毎日色んなことあるからなああ

デザインも可愛く出来たのあったらちょっと配ってみよう…かな…(*´・д・`*)
需要なさそうだけどwwwwwwww

さて、時計いじって虫とりいこ!
6年間お世話になっためろぱーも明日でついにサービス終了(´・ω・`)

どのブログペット育てても結局めろぱーに戻って来てしまってたよなぁ…懐かしい
アイテムも可愛かったし言葉の喋らせ方も可愛かったし課金根性もなかなかのものだったと思うwww

寂しいので6年間育てた12匹のめろ達を全員部屋に呼び出してSS撮っておいた!(`・ω・´)

$。やわらかたまごのシフォンケーキ。




ついでに誕生日も書いておこう!


一代目  あぎたん   2006年12月29日生まれ
二代目  きょうや   2007年 8月15日生まれ
三代目  ばじる    2008年 2月 2日生まれ
四代目  あきたん   2008年 7月 7日生まれ
五代目  でぃーのたん 2008年 9月18日生まれ
六代目  宵風たん   2008年12月25日生まれ
七代目  ひばりくん  2009年 3月25日生まれ
八代目  はやとくん  2009年 4月26日生まれ
九代目  ふらん    2009年 8月17日生まれ
十代目  べる     2010年 1月19日生まれ
十一代目 いんが    2012年 3月26日生まれ
十二代目 りつ     2012年 7月 3日12時48分26秒生まれ


12人子供生んだような気分だぜ…
この子達は全員漏れなく「腐る」「ホモ」という言葉を覚えてくれた本当にいいこ達でしたwwww
どっかにある手紙のSSも今度集めてちゃんと取っておこーっと。

忘れないぞ我が子たち!(`;ω;´)
スマホにしたんだ!ついに!
この腐女子は時代に追い付いたのだ!

(`・ω・´)フンス

しかし使い方が分からなすぎてモロに時代遅れ丸出しである…

片手でいじれるの下さい!とか言って思っきし左手で持って右手の人差し指で打っとるwww

慣れるまで時間かかりそうだぜええ…

またお葬式。何なんだろう…ここ2,3ヶ月急に亡くなる人が多すぎる。何かに連れて行かれてるんじゃなかろうな…(´・ω・`)こうまでなると自分もそろそろ大きい病院いって気管支喘息治しにかからないと危ない気がしてくるぜ。



今度は今の父方の叔父。叔父とは言えわりと近しい人だからお通夜位顔出した方がいいかとおかんに電話したら今の父とおかんは籍が入っていないのでおかんだけならまだしも私や婆ちゃんまで顔出すと面倒だから来るなとの事。

事情が事情だし仕方無いからじゃあ宜しく伝えてくれと言って電話を切ろうとすると、

「うんうん忙しいからじゃあね」

って急に超早口で言われてブチッて電話切られた^^#

なんやねん…忙しい時に邪魔しやがってかけてくんなオーラがむんむんすぎて
メール打つ暇なんて無いだろうからこっちから態々電話をかけてやったんだろうが
私もこれだけ其方の家に関わってるんだから本来なら簡単にでもあんたらから一報するのが当たり前だってのに
つーかんな事言わんでも切るっつっとろーが
相も変わらず余計な一言で苛立たせ色々台無しにする母である^^#

とりあえず叔父様への弔いは此処で。



拝啓、きよし叔父様。

今朝はどのような想いを抱えこの世を旅立たれたのでしょうか。
生前からユニークなお人柄で周囲を楽しませて下さった叔父様には片手の指で足りる程にしかお会いできず、誠に悔やまれます。

お会いした際には父に「あの子は誰なんだ、愛人か」と何度も何度も電話をして来たと聞いて、皆で笑っていました。少しでも叔父様のお心に残れたのであれば幸いで御座います。

道中、どうかお気を付け下さいませ。
ご冥福をお祈り申し上げます。
。やわらかたまごのシフォンケーキ。






今日、9月3日の14時26分。
おばあちゃんが亡くなりました。



ここ3、4日、もうそろそろだと言う事で連日連夜親戚が小さな病室に大集合していました。
大集合とは言っても名字が珍しい故に知れたものだったのですがw

小一時間呼吸が止まったり、お昼には亡くなるだろうからと言われて急いで集まったり、何度血の気が引いたか分からない数日間。

いつ何があるか分からないから、寝られる内に寝ておこう、食べられる内に食べておこう。細い糸がピンと張っているような緊張感を常に抱えていました。きっと私以外の親族も皆。




今朝。
叔母(亡くなった祖母の娘、私の実の父の妹)から電話があり、脈拍が弱まって来たから、もう会いに来るのが間に合わないかもしれないから声を聞かせてあげてくれと言われました。
だけど、覚悟はしていたはずなのに処理しきれず言葉が上手に出て来なくて。


ばあちゃん、聞こえる?


辛うじて言えたのはこの一言だけ。
おいドマヌケ…^^#
こんなの確実に後悔するに決まってる。何をやっているんだ私はと。

思い立った時にはもう体が動いていて、ドスッピンの上髪も満足にとかさないままパジャマみたいな服で炎天下の中を全速力で突っ走っていました。
お金を降ろしてすぐにタクシーに乗り、多分電話を貰って5分程度で病院に到着したと思うww
間に合いました(*・ω・*)

到着した時には脈拍は60弱くらいだったんだけど、親族が続々到着するにつれて正常値に戻り始めたww
一時は90まで戻ったのでびっくり。
まだ頑張ってくれる気なのかなって、もう休んで良いのにって胸が少し痛くなった(´・ω・`)





そして14時を過ぎた頃。
苦しそうに弾んでいた呼吸が寝息のようなそれに変わり、脈拍がひゅーっと落ちて来て、やがて呼吸が止まり。
皆に体をいっぱい撫でられながら、大好きだよ、ありがとう、またねってたくさん涙声の響く中で、そっと「ありがとう」と口を動かして。



ゆっくりゆっくり、息を引き取りました。



悲しいというよりせつない、けれど暖かく優しい瞬間でした。



喋るのなんて無理な状態だったのに…最後にありがとうって言ってくれるなんて良く聞く話だけど、夢物語だと思ってた。本当にそんな事あるんだ。やばいまた泣きそうww

亡くなる直前の数秒の間だけ苦しそうな顔をしたから、皆でもうすぐ帰れるからね!って励ましました。あの時は痛かったのかな、苦しかったのかな…それとも行きたくなかったのかな。皆とまだ一緒に居たかったのかな。
けれどすぐに安らかな顔に戻りました。
我が儘を言って怒られれば拗ねるけど、すぐに機嫌が直って笑顔になる。元気なばあちゃんのそんな姿と重なりました。



もう駄目だ、もう駄目だと言われながら随分しぶとく頑張ったもんだなあ…
寂しがり屋の頑張り屋だったもんなあ。

辛くて苦しかったろうに頑張ってくれたお陰で、皆で送り出す事が出来て本当に幸せ。
ありがとうっていう気持ちが止まらないです。


ここまで親しい人が亡くなるのは初めてで今までは想像の中でしかなかったから、悲しくて悲しくてどん底まで落ちちゃうんじゃないかと思ってたんだけど
実際そうなってみて、私を含め皆が口にしたのは「良かった」って言葉でした。
もう苦しまなくていいんだ、ずっと帰りたかった家にやっと帰れるんだと思うと心の底から良かったと思えた。
やっぱり人を悲しませない人なんだなと思いました。


9月3日。きっと忘れられない日になります。
思い出したら幸せになれる。そんな素敵な思い出が、ばあちゃんの最後のプレゼントなんだと思います。









という訳で皆様、来年は年賀状を受け取れませぬ(´・ω・`)

「身内で不幸があったから…」とか「明けましておめでたくないじゃないかよ…」とか全然そんな湿っぽい感じではないんだけど、形式的にw

おばあちゃんが、おばあちゃんが…って私自身も今までたくさん心配をかけてしまいましたが、もう大丈夫です。

最高の形で幕を降ろす事が出来ました!