――お薬増やしてみてどうですか?気分が悪くなったりとかは、しませんか?



   あぁ、はい。ないです。



――ひどく気分が落ち込んだり、辛いと思うようなことは?



   たまにありますけど、それほどひどくはないです。



――たまにあるの?どんなときに?



   夜とかなんですけど…。

   でも、耐えられないほどではないので大丈夫です。



――あぁ、そう。仕事のほうはどうですか?何か困るようなことは?



   前は根気が必要なものが辛かったんですけど、

   今は大丈夫になりました。



――長い文章を読むのが辛いと言っていましたが、その後どうですか?



   それも大丈夫です。



――そうですか。よかったですね。



   はい。 あのぉ・・・。



――はい?なんですか?



   なんだか、そのぉ…。

   自分のことが自分のことでないような気がするんです。



――自分のことでないような気がする?



   えっと…なんか、こう…色々なことが身に迫ってこないっていうか…。

   現実感がないって言うか…。

   自分のことなんですけど、他人事みたいに感じるんです。



――ん~…。離人感ですかね。



   …リジン?



――ちょっとまってね。ここに書いてあったと…。



――ほら、ここね。書いてあるでしょう?



   はぁ。ええ。



――大丈夫ですよ、心配しなくても。すぐなくなりますからね。



――食欲はありますか?



   はい。普通に食べてます。



――便秘などは?



   はい。してないです。



――頭痛がするとかは?



   ないです。



――そうですか。じゃあ、同じ薬を2週間分出しますね。

それじゃあ、もういいですよ。お大事に。



   はい。ありがとうございました。





机の上に何冊か立っている本の中から、先生が取り出して見せてくれたのは症例の本だった。

見せられた離人感の項目は、とても簡単に書いてあった。

まるで辞書のように、素っ気無い記載しかない。



離人感。離人感ねぇ…。ふぅん。

家に戻ってきてから、ネットで離人感を検索してみた。

ふぅん…。そっかぁ…。これが離人感なのかぁ。

ふぅん…。そっかぁ…。そうなんだぁ…。

頭の中には、(ふぅん…。)と(そっかぁ…。)(そうなんだぁ…。)しか浮かばない。



離人感なんていう『普通』じゃない状態の自分に、本当なら危機感を覚えるべきかもしれない。

でも、慌てたり、あせったり、落ち込んだりという差し迫った気分にはならないし、それを不思議だなと思う自分もいる。

まさに、これが離人感なのだろう。


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しばらくの間、仕事以外では大好きなパソコンに触れる気にもなれませんでした。

現在では、薬の量を減らしているところで、簡単な料理をする気になり、掃除ができるようになって、自分でも回復してきているなと実感しています。

上の記事と現在とのタイムラグは約4ヶ月です。

――薬を飲んでみてどうですか?



よく分からないんですけど、効いてるのかなと思ったり、効いてないのかなと思ったり・・・。


何にも考えなければ大丈夫なんですけど、色々考えたり、話さなくてはならなかったりすると辛いです。




――薬を飲んで気分が悪くなったりはしませんか?



はい、大丈夫です。



――食欲は?



前は食べられなかったりしたんですが、今は普通に食べてます。



――便秘して困るとかはないですか?



ええ、ないです。



――そう、それじゃ同じ薬だけど、50mgにしましょう。



・・・。



――この薬はね、100mgまで大丈夫だから。一気には増やせないけどね。2週間分出しますね。



はい



――気分が悪くなったりしたら来てくださいね。はい、いいですよ。



はい。ありがとうございました。






あの小さいやつを今度は2粒飲むのかと思ったら、50mg用の錠剤があるのだ。


楕円形ではなく、丸くて平たいふつーの頭痛薬みたいな形。


お薬の量が増えると聞いて、内心穏やかではなかったのだけれど、でも、まぁ、なんて言うか・・・仕方がない。


あぁ・・・私って、本当に壊れちゃったんだなぁとしみじみと思ったけど、なんだかそれほど悲しくはならない。


あのちっちゃなお薬、それなりに効いてるのかもしれないな。


前より少し大きくなった錠剤を飲み込みながら、これ以上は増えないよね?って自分に聞いてみた。

――ん~前回は先月でしたね?その後どうです?



あのぉ・・・紹介していただいたところでカウンセリングを受けたんですが・・・。



――どうでした?



えっと・・・そのぉ・・・やっぱりお薬をいただこうかと思って。



――カウンセリングはだめだったんですか?



いいえ、そんなことは。ただ・・・いろんなこと思い出したり、話さなくてはいけないし。気分が悪くなってしまって。


それに、このごろお仕事にも支障が出始めたので・・・。


カウンセリングを続けるかどうかは別にして、お薬を飲んで楽になるのなら、その方がいいかなと。



――仕事で困ることがあるんですか?仕事でミスをしたとか?



いいえ。


私、事務の仕事をしているのですが、結構根気のいる仕事も多くて。


でも、今まではうんざりすることはあってもこなしてきたのに、最近辛くなってしまって。


繰り返し、繰り返し、根気よく続けなければいけない仕事に我慢が・・・できないんです。


それに、文字が読めなくなってしまって。



――文字が読めない?



たくさん文字が並んで何行もある文章を読もうとすると、文字がちゃんと目で追えないんです。


何が書いてあるのか読まなくちゃと思って、一生懸命1文字1文字目で追おうとするんですけど、どうしても2行3行飛んでしまって、何回読んでも何が書いてあるのか理解できないんです。



――う~ん・・・。



それから、感情のコントロールができなくなってしまって・・・。


一人で仕事をしているときは大丈夫なんですけど、たとえば・・・仕事のことで、自分では当たり前のことを言っているつもりなのに、理解をしてもらえないときとか。


上司にちょっと込み入った説明をしなくてはいけないとき、何回も何回も同じ説明を繰り返すのが耐えられなくて。


今までは大丈夫だったんです。自分でも複雑なことは分かっているから、なかなか理解してもらえなくて当然だと思えたんです。


でも・・・今はコントロールできなくて、自分でもどうしてこんなに興奮してしまうんだろうって思うほどなんです。



――興奮してしまうんですか?



ええ、はい。


このままでは仕事ができなくなってしまうんじゃないかと思うと、心配になってしまって。



――今話してくれたことはね、みんなうつの症状ですね。



・・・。



――このお薬を出しますね。ジェイゾロフトって言うんですが、副作用の少ない薬で子供でも飲めますから。25mg出しておきます。治りますよ、大丈夫。




ジェイゾロフトというそのお薬は、ちっちゃくて楕円形をしていた。


こんなちっちゃくて本当に効くんだろうかと思うくらい。


鼻血が出るかもしれない、と言われたのを思い出して、自分がたら~りと鼻血をたらしているところが目に浮かんだけど、かまうものかと思って飲み込んだ。