本丸
ブックマーク:★公園
皇居東御苑西側の本丸地区。ここは江戸城の本丸のあった場所です。
江戸城は、天正18年(1590年)の徳川家康以来拡張され、
豪華な殿舎が建ち並んでいましたが、
文久3年(1863年)の火災以降は再建されませんでした。
中央には約一周500mほどの芝生広場があります。
なかなかこれほど広い芝生ってお目にかかれません。
本丸跡地全体では約4万坪あるそうです。(東京ドーム2.3個分)
芝生広場の周辺には散策路となっていて、
いろんな種類の植物が植えられています。
桜も何種類もの品種が並んで植えられているので長い期間楽しめます。
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皇居東御苑西側の本丸地区。ここは江戸城の本丸のあった場所です。
江戸城は、天正18年(1590年)の徳川家康以来拡張され、
豪華な殿舎が建ち並んでいましたが、
文久3年(1863年)の火災以降は再建されませんでした。
中央には約一周500mほどの芝生広場があります。
なかなかこれほど広い芝生ってお目にかかれません。
本丸跡地全体では約4万坪あるそうです。(東京ドーム2.3個分)
芝生広場の周辺には散策路となっていて、
いろんな種類の植物が植えられています。
桜も何種類もの品種が並んで植えられているので長い期間楽しめます。
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桃華楽堂
ブックマーク★面白系建物
天守台の展望広場から東を見るとすぐ隣に不思議な建物が!
とても皇居にある建物とは思えない程ユニークな存在です。
円筒形?と思ったら八角形でした。
しかも屋根には花弁の様な庇が放射状に並んでます。
これは香淳皇后のご還暦を記念して昭和41年に建てられた桃華楽堂です。
(収容人員は200名の音楽堂)
御誕生日が三月と言う事なので
桃の節句にちなんで桃のデザインにしたとか・・・。
八面の壁面には細かいモザイク画がびっしりと描かれています。
グーグルマップで上からの画像を確認すると確かに花の様。
それにしても皇居に建ってるにしては前衛的なデザインです。
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天守台の展望広場から東を見るとすぐ隣に不思議な建物が!
とても皇居にある建物とは思えない程ユニークな存在です。
円筒形?と思ったら八角形でした。
しかも屋根には花弁の様な庇が放射状に並んでます。
これは香淳皇后のご還暦を記念して昭和41年に建てられた桃華楽堂です。
(収容人員は200名の音楽堂)
御誕生日が三月と言う事なので
桃の節句にちなんで桃のデザインにしたとか・・・。
八面の壁面には細かいモザイク画がびっしりと描かれています。
グーグルマップで上からの画像を確認すると確かに花の様。
それにしても皇居に建ってるにしては前衛的なデザインです。
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天主台
ブックマーク★レトロ系建物
北桔橋門(きたはねばしもん)を渡ると正面は天主台です。
江戸時代に天守閣があった場所です。
今はその土台部分、城壁のみが残っています。
上物の無いその石積みの建築物を見て連想したのだピラミッドです。
規模は小さいけど上に行くに従って狭くなるその形状はいかにも堅固に見えました。
天主台、天守閣跡地は本丸地区の北端にあります。
1638年、徳川家光の時代に建てられましたが(高さ58m)19年後、焼失。
現在に至るまで再建はされていません。
天守台は上る事ができます。
天辺は広場になっていてベンチも設置されてます。
北の方角を見ると北の丸公園の日本武道館の屋根が見えました。
周りを深い緑で囲われ、まさに都会の喧騒を離れた場所です。
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北桔橋門(きたはねばしもん)を渡ると正面は天主台です。
江戸時代に天守閣があった場所です。
今はその土台部分、城壁のみが残っています。
上物の無いその石積みの建築物を見て連想したのだピラミッドです。
規模は小さいけど上に行くに従って狭くなるその形状はいかにも堅固に見えました。
天主台、天守閣跡地は本丸地区の北端にあります。
1638年、徳川家光の時代に建てられましたが(高さ58m)19年後、焼失。
現在に至るまで再建はされていません。
天守台は上る事ができます。
天辺は広場になっていてベンチも設置されてます。
北の方角を見ると北の丸公園の日本武道館の屋根が見えました。
周りを深い緑で囲われ、まさに都会の喧騒を離れた場所です。
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北桔橋門
ブックマーク★レトロ系建物
北の丸公園を後にして南下すると
お堀の向こうに北桔橋門(きたはねばしもん)が見えてきました。
東御苑への出入り口です。
このお堀を渡ると皇居東御苑です。
皇居東御苑は江戸時代、本丸や天守閣、二の丸等
江戸城の中核を成す施設が集中していました。
北桔橋門はその本丸や天守閣への
最短ルートとして存在していました。
また敵の侵入を防ぐ為、橋をはねあげて通行を遮断していました。
▲手前の城壁と向こう側の城壁の間に跳ね上げ橋がありました。
現在は固定した橋が渡されています。
この付近は城壁も高く堀も深くなってます。

皇居東御苑の出入口は,大手門・平川門・北桔橋門の3か所です。
(入園の際,各窓口で入園票を受け取り,退園の際はお返しください。)
■アクセス 東京メトロ 大手町駅、竹橋駅より徒歩5分
■入園情報 入園時間/9:00-
3/1-4/14 9/1-10/31 16:00まで 4/15-8/31 16:30まで 11/1-2/28 15:30まで
休園日/月曜日・金曜日・12/28-1/3 入園料/無料
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北の丸公園を後にして南下すると
お堀の向こうに北桔橋門(きたはねばしもん)が見えてきました。
東御苑への出入り口です。
このお堀を渡ると皇居東御苑です。
皇居東御苑は江戸時代、本丸や天守閣、二の丸等
江戸城の中核を成す施設が集中していました。
北桔橋門はその本丸や天守閣への
最短ルートとして存在していました。
また敵の侵入を防ぐ為、橋をはねあげて通行を遮断していました。
▲手前の城壁と向こう側の城壁の間に跳ね上げ橋がありました。
現在は固定した橋が渡されています。
この付近は城壁も高く堀も深くなってます。

皇居東御苑の出入口は,大手門・平川門・北桔橋門の3か所です。
(入園の際,各窓口で入園票を受け取り,退園の際はお返しください。)
■アクセス 東京メトロ 大手町駅、竹橋駅より徒歩5分
■入園情報 入園時間/9:00-
3/1-4/14 9/1-10/31 16:00まで 4/15-8/31 16:30まで 11/1-2/28 15:30まで
休園日/月曜日・金曜日・12/28-1/3 入園料/無料
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旧近衛師団司令部庁舎
ブックマーク★レトロ系建物
現在は北の丸公園内の東京国立近代美術館の分館、
工芸館として使用されている建物です。(重要文化財)
明治43年(1910)皇居を守衛する近衛師団の司令部として建造されました。
旧陸軍の建物とは言え、
明治の建物は豪華で時代の流れにも色褪せない魅力を持っています。
同じ赤レンガの建物、東京駅は大正3年建造なので東京駅より古い建物です。
昭和20年(1945)8月15日、無条件降伏に反対する若手将校らが反乱、
司令部を占拠し、森師団長を殺害。戦後、近衛師団は廃止されました。
そんな血生臭い激動の歴史を生き抜いた素敵な建物。
ここを訪れる人にしか見られる事も無く、ひっそりと緑に囲まれてました。
工芸館の前には騎馬像があります。
皇族にして大日本帝国陸軍軍人。
明治28年に日清戦争で台湾に出征した
北白川宮能久親王の銅像です。
皇族としては初めての外地における殉職者となりました。
開館時間
10時~17時(入館は開館の30分前まで)
休館日
毎週月曜日
(祝日又は振替休日に当たる場合は開館し、翌日休館。ただし、展覧会によって特別に開館することがあります)
展示替期間、設備点検期間(2013年5月7日~6月24日)、年末年始(2013年12月28日~2014年1月1日)
観覧料
所蔵作品展
一般200円(100円) 大学生70円(40円)
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現在は北の丸公園内の東京国立近代美術館の分館、
工芸館として使用されている建物です。(重要文化財)
明治43年(1910)皇居を守衛する近衛師団の司令部として建造されました。
旧陸軍の建物とは言え、
明治の建物は豪華で時代の流れにも色褪せない魅力を持っています。
同じ赤レンガの建物、東京駅は大正3年建造なので東京駅より古い建物です。
昭和20年(1945)8月15日、無条件降伏に反対する若手将校らが反乱、
司令部を占拠し、森師団長を殺害。戦後、近衛師団は廃止されました。
そんな血生臭い激動の歴史を生き抜いた素敵な建物。
ここを訪れる人にしか見られる事も無く、ひっそりと緑に囲まれてました。
工芸館の前には騎馬像があります。
皇族にして大日本帝国陸軍軍人。
明治28年に日清戦争で台湾に出征した
北白川宮能久親王の銅像です。
皇族としては初めての外地における殉職者となりました。
開館時間
10時~17時(入館は開館の30分前まで)
休館日
毎週月曜日
(祝日又は振替休日に当たる場合は開館し、翌日休館。ただし、展覧会によって特別に開館することがあります)
展示替期間、設備点検期間(2013年5月7日~6月24日)、年末年始(2013年12月28日~2014年1月1日)
観覧料
所蔵作品展
一般200円(100円) 大学生70円(40円)
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