「成長・拡大と共に創造力を失った企業」「近代化と共に人間性を喪失したコミュニティ」
企業でよく挙げられる問題と、
現代の社会問題(都市・地域等の大小のコミュニティが抱える問題)
は、極めて類似していると感じています。
【創造力を失っていく企業】
創業したての企業において重要なことは、
・とにもかくにも顧客の確保
・市場で勝負できる商品の開発
を進め、事業の継続性を高めて、安定的な収益をあげることだと思う。
そんな中、集まった社長・創業メンバー達は、当然高い志を持ち、事業に取り組みます。
・企業の存在意義・事業が生み出す価値を理解・共感している
・商品開発~営業~納品~アフターフォローに到るまで、全メンバーが関与する
・変化が激しい中、社内の情報伝達が広く早く行われて、共通の情報・認識を土台として議論する
・全メンバーが、社内のあらゆる問題に対する問題意識・当事者意識を持てる
といった状況にあります。
その結果、顧客の信頼を勝ち得て、市場でのブランドを築き、事業拡大が実現します。
拡大期では当然、「ひと」も増えて、組織が大きくなっていきます。
結果、たくさんの仕事を、カテゴリーに分けて、
カテゴリーごとに、その専門の人が担当することになる。
「分業」です。
分業をして、それぞれが専門性を高めて、パフォーマンスの最大化・効率化を
図ることで、事業は益々拡大する。
その一方で、組織内部では、以下のことが発生していく。
・事業スキーム上の一部の仕事のみを担当する為、自分の仕事がどのように会社に貢献できているのかが分からない。自社の事業の社会的意義が、実感しにくい。
・定型的な業務・オペレーションが、仕事の大半を占めており、同じことの繰り返しで、考えずに、作業する習慣が生まれていく
・自分の担当業務・部門に意識が集中し、他部門や全体的な視点が欠けていく。
・組織が大きくなったことで、情報の硬直化が起きる。経営情報・方針が社内に行き渡らない。現場の情報が吸い上げられない。結果、置かれた環境や戦略への対応が遅れる。
・綿密な事業計画のもと、計画=短期目標を達成することが最大の正義となり、短期視点となる。長期的な展望や抜本的な改革がやり過ごしになる。
【人間性を喪失したコミュニティ】
いわゆるコミュニティ・共同体というものの起源、いつから始まったかということは、
厳密には分からないけれど、狩猟採集スタイルが初期の生活スタイルであったと思う。
以降、狩猟採集⇒農耕生活⇒工業化⇒情報化・・・
といった流れを遂げてきた。
その過程における変化の意味は、「安定して生きる手段の変化」であったと思う。
食べるものがなければ生きられないし、生まれて直ぐに病気になれば生きられる確率が極端に下がってしまう。
初期の生活スタイルを追っていくと、以下のようになる。
・自分の生活範囲が限られており、数十~数百名からなる集団内の人間、集団が暮らす土地が生活の基盤となる
・集団内で誰がどんな人で、何をしているか・得意か等を、お互いに把握している
・自分の生活を取り巻くもの(食べ物、服、家、交友関係)は、所属する集団内で完結している。集団の誰とどのように自分が関わっているかが、分かり易い。
・生きていく為に、集団内のみんなで協力して、家を建てたり、狩に行ったりする。
・個人が、特定のことだけでなく、集団内の多様な機能を担っている。家も建てるし狩もするし(生産)、ご飯も作って食べるし(消費)、子供に狩の仕方を教えるし(教育)、集団の問題解決をする(行政)。
・集団以外に助けてくれる人間はいなく、自然環境等により生活上の危険が生まれる可能性が高いので、困った時には互いに助け合う必要がある。
次第に農業や工業が発展していくと、安定した生活ができるようになるので、
生命維持が容易になり、数十~数百の集団でいることの必要性、集団内で助けあうことの必要性がなくなっていく。そして、農業・工業といった社会システムの中での、「分業」が進み、以下のような動きになる。
・生活の基盤が、大きな単位(部族)から、小さな単位(親類・家族)になっていく一方で生活範囲は、長距離移動・交易範囲が広がることで、規模が大きくなっていく。
・それぞれの生活単位・世帯によって、担う機能が異なっていく。農業をする人、魚をとる人、収穫したものを集めて売る人。と、それぞれ分かれていく。
・大きな生活範囲の中で、自分が知らない人が作った野菜を食べたり、自分が獲った魚がどこで消費されているかが分からず、自分と世の中の関わりが分からなくなる。
・自分が担っている仕事・機能についてのみ詳しくなり、他のことへの関心・意識は薄れる。自分の生活単位(親類・家族)のことが第一で、他の人や全体への意識が薄れていく。
・集団内で縦割りになっていて、個々によって状況や考え方の違いが大きくなり、何かを変えようとして話し合っても、意見がぶつかるだけ、方向性が見えない。変えられない。
近代化の主要な担い手が企業であるので、
企業が辿る過程と、コミュニティが辿る過程が似通うのは、
当然といえば、当然のことかもしれません。
上記にあげたような、現代に起こっている企業の課題、コミュニティの課題を、
突き詰めて、本質を見抜けば、21世紀の社会の突破口が見えるはず。
僕は、企業が拡大することも、世の中が近代化して、
物が充実すること、暮らしが便利になることは否定しないし、
とても良いことだと思う。
立派な家があって、交通手段が充実して、食べたい時に食べたいものを頂ける暮らしは、
ほんとうにすごいことだと思う。
けれど、その中で、
「自分自身が世の中とどう関わっているのか」
を頭で心で分かっていることが、何よりも大切であると考えている。
○ちゃんと自分は相手に、世の中に貢献できているな、力になっているんだなと実感して肯定できること。
○一方で、自分が生きている・仕事をする中で、色々な人・ものと繋がって支えられているということを分かって、感謝できること。
これがないと、自分が空っぽになる。
近代化の過程においては、そうした実感が得にくくなる。
そのことを前提として、実感をもてるように戦略・施策を立案して、経営・マネジメントする必要がある。
うまくやっている企業内では、その辺りの施策が絶妙で、拡大したとしても、
創業したての志・意欲が高いような状態で、社員が働き、会社も安定して成長する。
では、社会全体は、コミュニティはどうするのか?
人間の内面に、精神性を主眼に置いて、社会のあり方・社会の構想を
描かないといけないはずだ。
人類の長い歴史の中での大きな教訓として、上記の真実を受け止めて、
これから歩んでいかないといけないな!!