取り組むことへの不安は単なる不安だけではなく、それに他の様々な心配や悩みや問題が絡み合い、複合的な不安に膨れ上がったモノです。各自がこういった「ミックスされた」不安を抱えているのです。ある人たちにとっては捨てることが小さな「死」を意味する場合もあるのです。ではどうしたら良いでしょうか?まず、自分の家を「私の家」と呼ぶようにします。仕舞い込んでいる段ボール箱を全て開けて選別します。暫定的にとっておくのをやめて、今いる場所に「定住」する覚悟で必要なものを購入するようにします。「取り組む」ということは「イエス」と言うだけでなく「ノー」とも言えるのです。それは「どうして自分はこれほどまでにこれらのものに執着するのか、これほどの価値を置いているのか」と自分に問いただすことでもあります。モノを100個捨てると、その中にひとつやふたつ必ず後悔するモノもあるでしょう。でもそれは次第に慣れてしまいます。運命は変えられないもの、という思いが頭をよぎります。しかし私たちには、自由が与えられていることを忘れていませんか。変える自由です。それも、この運命を変えてしまう自由です。