冒頭でまず知っていただきたいのは、「ここまでが大丈夫で、ここからが教育虐待というボーダーラインは存在しない」ということです。どういうことかお分かりになりますでしょうか。それはつまり親が教育虐待と認識していないレベルの振る舞いでも教育虐待になってしまう、という事態が多々あるということです。動画内でも述べられていますが、虐待というと多くの人は物理的暴力や言葉による暴力と思いがちですが、そうではありません。支配や過干渉でも虐待になりうる。しかもそれは個々の子どもによって許容度が違う。ここが難しい。長男で大丈夫だったことも次男ではNGということです。

精神科医として強調したいのは、こういった親の不適切な振る舞いが子どもの人生に表面化してくるのは大人になってからということです。多くは大学入試後、就職後に一気に噴き出してくる。最初は人間関係のトラブルです。相手が自分の思うような反応をしないと怒りが込み上げ制御できなくなり暴言を吐いてしまう。親子間やパートナーに対してだけでなく、大学の友達や会社の同僚レベルでも出てしまう。親子間やパートナーに対しては特に顕著に出る。「わかってくれない!!!」と泣き叫び暴れるといった病的な情緒不安定に苛まれます。これでは社会生活できません。気分の激しい浮き沈みは当然、仕事にも支障が出ます。精神科に訪れ「会社に行きたくない」という人の多くが、その理由に人間関係を挙げることからも明らかです。彼らは自分の思うような反応をしない相手にいちいちストレスを感じ、嫌なところばかりに目が行き、不安や怒りを処理できず、結果、その場にいられなくなる。だからコロコロ転職します。

このような事態になる人の多くは親の目から見ると従順な子であることが多い。しかし彼らの従順は健全な従順ではなく奴隷的な従順です。親の顔色ばかりを気にし、親に褒められることしか考えられなくなる。

「(お母さんは)娘思いだね」っていろんな人から言われる中でなんか心が痛むんですよね、それを言われるたびに。母親がここまで自分ごとのように私のことを思うのは、私が出来が悪いからだって、だから私が違和感を持つのはおかしいと思ってました。

動画内の女性と同じことを、精神科に訪れる若者のほとんどが述べています。「自分が悪い」と言って自分を責めるのです。彼らの脳は親が「まるで自分ごとのように自分のことを思う」のは親として当たり前のことで、その当たり前のことに応えられない自分が悪いという論理を作っている。そんな歪んだ論理を作らせた犯人が「あなたのため」です。子どもは(生物学的本能から)親が放つ「あなたのため」には抵抗することができない。そのことを知っていて「あなたのため」を使うのですから、これは相当悪質と言わざるを得ません。

動画の最後に教育虐待にならないために親がすべきことが述べられています。これまで散々書いてきたことですが、改めて紹介します。
①子どもへのリスペクト
②対話できる関係づくり

佐藤ママの動画から私たち親が読み取るべきは勉強云々の件ではなくこの2つです。佐藤ママはここが優れていた。子どもをひとりの人格として尊重し、大上段からの命令でなく「お願い」という形をとっていた。勉強方針を決める時でもちゃんと子どもと話し合って子どもの意思を尊重していました。②の「対話」ですが、これが令和の若者のみならず大人でさえ不得意な人がとても多い。対話の意味がわかってない人が多すぎます。対話というのは信頼関係を築く手続きなのです。心穏やかに薄紙を重ねるように丁寧に築いていくものなのです。