入江のぶ子氏の本に「子どもを観察し、得意なものを見極める」という章があるので引用します。

「集中して子どもと向き合おう」と言われても、何にどう集中していいのかわからない、とお悩みの方もいらっしゃるかもしれません。でもそんなに難しく考える必要はないのです。親が最初にすべきは「子どもを観察し、得意なものを見極めること」ですから。これだけを頭に入れて、まずはお子さんと向き合ってみてください。

キーワードは観察です。幼児教育にまつわる、例えば◯◯教育、非認知能力といった様々な情報に振り回される以前に、子育ての基本中の基本であるところの子どもの観察を忘れては下も子もありません。せっかくの情報を有効活用することができなくなります。この論理は非常に重要です。枝葉を気にしすぎるあまり本筋をおろそかにするようでは話にならないということです。

日本が誇る名ピアニスト、辻井伸行氏のエピソードはこれまで何度も紹介してきました。辻井氏は先天的に視力がほとんどなく、つまり失明状態で生まれました。我が子が「失明」という大惨事に見舞われた御両親のショックはいかほどだったでしょう。私には想像もつきません。ところが勇敢な母親は、ショックに打ちのめされることなく伸行君の観察を日々淡々と行い、伸行君が「ある曲のある部分」が流れると決まって手足をばたつかせることを発見し、「もしかしたら」と察知し、伸行君におもちゃのピアノを買い与えたのです。これが世界的名ピアニスト誕生の瞬間です。

「両目とも失明」と言えば、まちがいなく障害者です。ところが今、辻井伸行氏を障害者扱いする人は誰もいないでしょう。彼はピアノの演奏に視力が必ずしも必要でないことを証明しました。彼は障害者ではなく日本が世界に誇る名ピアニストです。母親の観察力のお陰で、息子辻井氏は、自他ともに障害者扱いしない人生を手に入れました。

僕は目が見えないけどピアノが弾けるからいいや

と述べた小学生の辻井氏のセリフが彼の人生そのものです。彼は視力を凌駕するほどの素晴らしいものを手に入れました。その人生は母親の観察力なしで始まることはなかったのです。親の子どもに対する観察がいかに大事かを思い知らされるエピソードです。