佐藤ママが子供の教育に並々ならぬ工夫を凝らしてきたのは皆さん知っての通りですが、今回の動画はその真骨頂です。これまでも度々佐藤ママは「国語の長文は私が読んで聞かせていた」と言っています。最初、その話を聞いた時、私は「え?何それ?」と思いました。「子どもに自分で読ませなくて大丈夫なの?」と。今回の動画では「自分で読ませなくて大丈夫なの?」どころかむしろ「自分で読ませてはダメでしょ」の理由がはっきり示されています。

佐藤ママは国語の文章について、

子どもは今まで何年も生きてないし、全然世間のことは知らないんですよ。でも世間のこととかを色々書いた文章が出るので、そのことを理解しろと言っても無理なんですよ。

と述べています。ごもっとも、目から鱗です。そして、

子どもたちに塾のテキストとか色々読みながら、「ここら辺はこの子達わかってないな」っていうのはたくさんあったので、そうなると、字面だけ読んで質問には答えられないってことになる。なので、私は音読しながら、「え、これはこの子知らないよね」みたいなことは、その場その場で説明を入れていました。

これはすごいと思いました。頭が下がります。いやーそこまで思いつきませんでした。佐藤ママのこの方法は極めて合理的です。そして、やはりここでも子どもの観察が大事になってきます。国語の文章というのは、子どもにとって「知らないこと、わからないこと」が多く散りばめられているので、子どもの顔色を見ながら音読し、子どもがわからなさそうにしているところで、あるいは、「これは多分わからないだろうな」と思うところを敏感に察知し、都度説明し、理解させ、そうして文章全体をちゃんと理解させ、同時に「文章全体を理解するための普遍的な手続き」を子どもの脳に教え込んだのです。いやー本当にすごい。

よろしいですか。何がすごいのか。極論、佐藤ママは国語の文章を利用し、子どもたちに「世間のこと」を教えたのです。この発想を持てる人はまずいないと思います。これが統計学者に非常にレアケースと言われる「子ども全員東大理Ⅲ」の根拠と言えるのではないかと私は思います。

そしてもうひとつ「根拠」と言えるエピソードが出てきます。佐藤ママは子どもに文章を読んであげるうち、自分がとても上手に読めるようになっていることに気づいたと言います。子供のみならず自分までもが上達していることに気づいたのです。その理由を3歳までに絵本を1万冊読んでいたことと分析しています。4人の子どもに膨大な数の絵本を読むうち、

子どもの顔色を見ながらね、ウケる読み方をするわけです。ペラペラペラっとニュース原稿みたいに読んでも子どもは全然楽しくないので、いかに子どもが楽しくなるかっていうのをね、絵本で散々練習した。

佐藤ママは子育てを通じ自分のスキルをも向上させていたということです。絵本をただ1万冊読むのでなく子どもにウケるよう、いかに楽しくなるかということを工夫し読んでいたのです。間違っても絵本の音読テープを流し、自分はスマホをいじっていたというのではありません。どうしたら子どもを楽しませてあげられるかということを試行錯誤、工夫しながら読んでいたのです。だから自分の「読み聞かせ力」が向上した。それが後に子どもの国語の勉強に役立った。工夫と練習の子育てを通じ自分のスキルも向上したというわけです。子どもたちと一緒に、佐藤ママも、確かに成長したということですね。ここが2つ目の根拠と私は解釈しました。