私自身、中学受験経験はありますが昔の話ですし、塾にも通わず自我流でやって(神童タク君に教えてもらっていたというのはありますが)結局、第一志望の国立大学附属中には落ちてます。このことは息子たちも知っており、中学受験の時点での第一志望不合格などその後の人生にさして負の影響を及ぼさないと心得ていました。親が失敗しているって大事ですよね。「過去に失敗しても今良ければいいじゃん」ってなりますから。なので息子たちの場合、受験に対する緊張とか深刻さは微塵もなく、朗らかにやっていました。長男は模試の成績を見せてくれましたが次男は見せてくれませんでした。知りたくもなかったので放っておきましたが。でも長男の成績推移を見る限り、自分のやりたいように、朗らかにやっていると成績はどんどん上がっていくもんだなと思いました。塾に行くのも楽しそうでした。模試当日などは特に楽しそうで、まるで旅行にでも行くみたいでした。私が重視したのは、この楽しそうな感じです。勉強の基本姿勢はこうでなくっちゃと思っているからです。ウエインダイアー博士の言う「人は自分で考え判断するようになると、やるべきことを進んでやるようになる」という法則通りです。中学受験ではこの極意さえ掴めば「結果」はどうでもいい。あとは自分が納得のいくまでやんなさいよ、と思っていました。佐藤ママの言うように世間で言う欲や期待は何もありませんでした。むしろ中学受験でエネルギーを使い果たすというような事態だけは避けなければと思っていたくらいです。

息子たちがどんな勉強方法をとっていたかを知りたい気持ちもあるにはありましたが、私はあえて首をつっこみませんでした。うっかり口出ししそうだったからです。そもそも勉強方法なんてものは自分で試行錯誤するものですから、最初から「これがいい」などと見本を見せるのは創造性をぶち壊すんじゃないかと。確かに王道的な方法はありますが、とはいえまだ中学受験ですから、今は大いに試行錯誤してちょーだいってことで介入をやめました。本番は大学入試ですし、勉強はその先もずっと続きますから、長い目で見て自分の方法を試行錯誤で作り上げていくマインドを持って欲しかったのです。勉強に限らず生活そのものに「自分なりの仕組みを作る」のが情報洪水時代に生きる人間のマストだと私は考えています。

ただちょっと、、苦手だったのが保護者会や面談です。夫はそういうの絶対行かないので私が行くしかなく、かといって改めて何か聞きたいこともないし、あの雰囲気が好きじゃなかった。まあ息子たちが私の見えないところでどのように過ごしているかを聞ければいいかな的な心持ちで行っていたのですが、まあ色々聞かれること。家での勉強姿勢とか生活ぶりとか、親の方針とか、えっ、そんなことまで聞く?みたいな質問が次々浴びせられ、うっかり「私、中学受験に興味ないんですよ」と言ってしまいそうでヒヤヒヤしていました。長男の家での勉強時間が少ないことにつっこまれた時は「まあ、なんていうか、うちは夫がその、体育会なもので、勉強なんかせんでもええわと常々言っており、、」とお茶を濁すので精一杯、「もっと高いレベルの学校を受けさせたいという希望はないのですか?」と聞かれた時には(えっ、そんな焚き付けなくても、、と思いつつ)「ありません」ときっぱり言ってしまいました。