2006年奈良県で起きた、超有名進学校に通う16歳の少年が自宅に放火し継母と異母弟妹を焼死させるという事件の詳細をレポートした「僕はパパを殺すことに決めた」の少年は4歳の時から、医師である父親にマンツーマンの勉強指導を受けていました。指導はやがて鉄拳制裁となり、少年は10年以上にわたり虐待を受け続けた。10年ですよ10年。10年間、毎日リンチを受け続けていたのです。しかも実の親から。最も愛されたいと願う相手からの虐待は少年の健全な心を粉々に破壊しました。当然だと思います。そして少年は父親殺害を決意した。直接の契機は「中間テストの英語の点数が平均点に20点足りない」ただそれだけのことでした。彼の人生をめちゃくちゃにしたのはたかがテストの点数の20点で、あろうことか犠牲になったのは、殺すことに決めた父親でなく、何の罪もない継母と弟妹だったのです。

本書には、少年が父親を殺そうと決意してから家に火をつけるまで、みずからの心の動きを赤裸々に記した直筆の「殺害カレンダー」が掲載されています。虐待していた父親は少年が医師となることを強く望んでいました。医師になるためには良い大学に行かなければならない。そのためには勉強を強要するのもやむをえない。そうした狂気な考え方が少年を追い詰めたのです。

この事件は「特殊な家庭の特異な出来事」ではありません。加熱の一途を辿る「中学受験」を舞台に、わが子をまるで「所有物」であるかのように扱っているすべての親が、この父親の予備軍です。大人が「こんなのは虐待のうちに入らない」とたかをくくるレベルの力でも、受け取る子どもにとっては原爆の破壊力に等しいかもしれない。そういう感覚を親は常に心のどこかに持っておく必要があります。カーッとなると、医学的に言えば衝動性の制御ができなくなると、子どもが大人の10分の1程度の力しか持っていないことを忘れてしまいます。大人が軽く突き飛ばしたつもりでも、その一撃で一生脳に重い障害を抱えることになった少年もいるのです。