読者、もとい同志諸君。皆は死後の世界をどう思うだろうか。おそらく歳とともに死後のの世界観は変わるのだろうと我輩は思う。幼き頃は皆死を恐れることしかできなかった。少し自我が芽生えれば、死後の生まれ変わりを夢想しだす。今の自分にはないものが欲しいと、どのように生まれ変わりどのように行きたいと。年寄りでもそうするのではないか。

しかし我輩は考えた。死後の世界はなんたるかを。考えたが、前提の不安定さに気づいてしまった。それは、死後生まれ変われるのかどうかといった安易なものではない。

「自分が死んだことに気づけるか」
である。

行きている中で何よりも不安でたまらないのがその点であろう。例えば眠るように息を引き取った場合、寝て夢を見ているのと何が違うのだろうか。これを言い出しても答えがないのでキリないが、もしかすればもう我輩は死んでいるのではないか。身近な人が死んでしまった時の悲しみは計り知れない。しかし当の死んだ本人はそれに気づけないとしたら、互いにとってどれほど悲しいことだろう。

長く生きれば生きるほど、死のリスクは高くなって行く。いつ死んでもいいように、すでに死んでいるという状況があり得る限りは、日々支えてくれる人々に感謝を伝えて生きることが肝要なり。

我輩は無計画な人生を過ごすと宣言したが、一つだけ計画を立てるのを許して欲しい。最後には死ぬことである。我輩はこの世の全ての事象を経験してみたい。死もしかり。しかし死んでしまってはできないことが多くある。ゆえに我輩は最後に死ぬのだ。その後は死んだ後にしかできないことを全て経験しよう。

生まれてまだ20年。この世の常識で言えば先はまだ長い。いつ死ぬにしても、悔いのない人生にはならないものか。