新年明けましておめでとうございます。 今年も宜しくお願いいたします。

梶井基次郎 「のんきな患者」より 「吉田はまた猫のことには「こんなことがあるかもしれないと思ってあんなにも神経質に言ってあるのに」と思って自分が神経質になることによって払った苦痛の犠牲が手応えもなくすっぽかされてしまったことに憤懣を感じないではいられなかった。しかし今自分は癇癪を立てることによって少しの得もすることはないと思うと、そのわけのわからない猫をあまり身動きもできない状態で立ち去らせることのいかにまた根気のいる仕事であるかを思わざるを得なかった。」「猫は吉田の枕のところへやって来るといつものように夜着の襟元から寝床のなかへもぐり込もうとした。吉田は猫の鼻が冷たくてその毛皮が戸外の霜で濡れているのをその頬で感じた。すなわち吉田は首を動かしてその夜着の隙間を塞いだ。すると猫は大胆にも枕の上へあがって来てまた別の隙間へ遮二無二首を突っ込もうとした。吉田はそろそろあげて来てあった片手でその鼻先を押しかえした。このようにして懲罰ということ以外に何もしらない動物を、極度に感情を押し殺したわずかの身体の運動で立ち去らせるということは、わけのわからないその相手をほとんど懐疑に陥れることによって諦めさすというような切羽つまった方法を意味していた。」
「しかしそれがやっとのことで成功したと思うと、方向を変えた猫は今度はのそのそと吉田の寝床の上へあがってそこで丸くなって毛を舐めはじめた。そこへ行けばもう吉田にはどうすることもできない場所である。薄氷を踏むような吉田の呼吸がにわかにずしりと重くなった。」
「吉田はいよいよ母親を起こそうかどうしようかということで抑えていた癇癪を昂ぶらせはじめた。吉田にとってはそれを辛抱することはできなくないことかもしれなかった。しかしその辛抱をしている間はたとえ寝たか寝ないかわからないような睡眠ではあったが、その可能性が全然なくなってしまうことを考えなければならなかった。そしてそれをいつまで持ち耐えなければならないかということはまったく猫次第であり、いつ起きるかしれない母親次第だと思うと、どうしてもそんな馬鹿馬鹿しい辛抱はしきれない気がするのだった。」

円地文子 「女坂」より 「ちょうどその時今まで友禅の座布団の上で香箱をつくっていた三毛の小猫が、鈴を鳴らしてよって来たので、須賀はそれを抱き上げて膝の上に乗せた。その軟らかい毛を撫でながら、ひとりごとのようにきんの眼を見ずにゆっくりいうのだった。」「須賀はわけのわからぬ悲しさに捉われてしばらく、小さい猫の咽喉を撫でてやりながら庭の山茶花の兎の耳のようにうす紅い花びらに眼をやって涙ぐんでいた。」「『わたしもお前と同じようね』 須賀は三毛の小猫の白い腹を撫でて見たり、背中を逆撫でして見たりして猫の小さい爪に手をひっかかれながら、ぎゅうっと息のつまるほど抱きしめて異様な叫びを上げさせる。」「小猫がどんなにあがいても人間の相手でないことを須賀は知っている。」

猫と女優
週刊誌で文豪の名作を基に、有名女優たちがグラビアで各作品のヒロインを演じる、といった企画がある。かなりきわどい写真もあり、選ばれる作品も太宰「斜陽」、乱歩「陰獣」など艶やかな内容のものばかり。解説は鹿島茂。「猫好きとマゾヒズムの公理を初めて証明した谷崎エロスの番外篇」「日本では猫好きが増えている。日本ではまたマゾヒストが増えているという。」「この事実を世界に類を見ないほどに雄弁に物語っているのが『猫と庄造と二人のをんな』である。」「しかし、彼が心の底から愛しているのは雌猫のリリーしかいない。そして、その『リリー我が命』が女たちの庄造イジメを加速させるのであり、それがマゾヒストたる庄造の喜びを倍加するのである。」
イジメ…元妻の品子は庄造の愛を取り戻す為にリリーが欲しいと言い、そこに行き着くまでに新妻の福子の嫉妬を巧みに利用する。鹿島氏の指摘で初めて気がついたが、彼の最愛の猫を奪うというのは究極の虐めである。
「猫と庄造と二人のをんな」はグラビアでは鈴木砂羽が演じていた。小説の内容とは違う印象ではあるが、共演しているペルシャ系の猫は鈴木さんの飼い猫であろうか?
確か猫好きであられるから、喜んで引き受けられたのであろう。
「松本清張の世界」の「文学五十年、この孤独な歩み 文士対談」 大佛次郎との対談より 「このごろはなるべく絵や写真の多い本を買ってね、」「花とかネコとか……そういうことになるでしょうかね。」「大佛さんのお宅にはアパートができるほどネコがたくさんいるそうですが……。」「十五匹を越したら、ぼくは家出するということになっているんですが、この間数えたら、二十何匹かになっていた。」「大佛家のネコはネズミをとらないそうですね(笑)。」「昔、豊島与志雄が、彼も大変なネコ好きでしたが、二人で一度ネコを食おうじゃないか、とぼくに言ったことがある。これだけおたがいネコが好きなんだから、ネコの血をわれわれの血とまじえようじゃないか、と真面目にいうんですね(笑)。」
松本清張は猫好きかどうかの確認は作品を読んでもわからない。が、元々彼の原作(かなり脚色されている別物ではある)であったドラマ「家政婦は見た!」では石崎明子は家政婦協会会長宅の下宿で子猫「ハルミちゃん」を飼っている。