9月に入りましたね、気温を含め、少しずつ秋めいてくるのでしょうか。
そんでもって秋といえば、やはり味覚の秋ですよね。
昨今、随分お高くなって、庶民の元から遠ざかりつつあるサンマの、有名なお噺です。
「目黒のさんま―オルタナティブ 1」
とある藩の江戸上屋敷でのことでございます。
まだ家督を継いでまもない若い殿様が日々退屈しておりました。
「これ、キンヤ(欣也)はおらぬか」
『はい、こちらに控えてございます』
そうして若殿様から、声をかけられましたキンヤ、数日後下級武士の姿に身をやつし、若殿と江戸の街をぶらつくことになります。
常々、年若いのに聡明な方であると思っていた若き藩主。その主の「江戸の下々の様子を見てみたい」という下命に、キンヤは抗うことは出来ませんでした。
勿論、若殿の考えた“遠乗り(馬術の鍛錬)の振りをして屋敷を抜ける”という作戦ににキンヤが乗りましたのも、屋敷の懇意の者に金を握らせ、さらにソレと気づかれぬように護衛を同行させる手はずを整えてからでした。
見るモノ、聞くモノ、みな珍しいモノばかりで若殿様はあっちへふらふら、こっちへふらふら、その度にキンヤは肝を冷やします。いくら下級武士を装っていても、そこはやはり生まれ持った高貴さが滲み出てしまうのです。
―まぁ、端的に言えば、世間知らずなのでございます(笑)。
暇そうに腕組みして歩く八丁堀の与力を指差してみたり、木ぎれを拾い歩く子供の後を着いていったり。その度にキンヤは『シン殿(若殿の偽名)、いけません』と大わらわ。
そうこうするうちに、若殿の足がパッタリ止まります。
「腹が空いたの、キンヤ」
何処かに茶屋でもないかと見回したキンヤでしが、辺りには田畑と百姓の家が点在するばかり。最初は馬に乗っていたモノですから、思いの外遠くへ来てしまったのです。
強くなるばかりの陽差しを避ける為、付近の百姓に頼んで、納屋で一服することになりました。見たところ、どうやらこの目黒村には食事を取れるような場所はありません。キンヤは今にも空腹でひっくり返りそうな若殿を見て頭を抱えます。
『さあ、一休みしたら、参りましょう。刻限までに藩邸に戻らねばなりませぬ』
そう言った時、殿様が鼻をひくつかせました。キンヤも、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いに気が付きます。
『これは、近くでサンマを焼いているのでございましょう』
サンマとは下々が好む下魚であると注釈をつけたキンヤに、殿様は「何でも良いから、食してみたい」と言います。
キンヤは、早速、近くでサンマを焼いていた百姓に小判を与え、さらに平身低頭してサンマを譲り受けました。せっかく準備していた昼食をもらい受ける訳ですから、いくら法外なお金を払うとしても、やはり頭を下げました。こういう場合は身分も金もないのだという事を彼は知っているのです。
空腹な上、脂の乗った旬のサンマを若殿はいたく気に入り、五尾のサンマを全て平らげてしまいます。
その日、何とか刻限通りに、殿様と藩邸に戻ったキンヤは胸を撫で下ろします。
暫く経って、若殿は「キンヤ、今一度サンマを食することになった」と嬉しそうに言います。
「わしは、目黒での事を忘れた事はない」と、いたく感慨深げな主を見て、キンヤは上役からのおとがめを覚悟いたします。
果たしてその当日、若殿の前に出てきたのは、椀に入った“サンマのなれの果て”でございました(笑)。
料理番が、脂っこいサンマを食べて、食あたりなどされては大変と、あらゆ手段でもってガッツリ脂抜きをしたのです(笑)。
一口食べて、複雑な顔をした殿様は「うむ、悪くない」と言いました。
そして、「日本橋の河岸より朝一番で取り寄せた」という話を聞き、ポツリと言いました。
「やっぱり、サンマは目黒に限る」と―。
(参考文献『落語百選 秋』 麻生芳伸編 ちくま文庫)
(明日の、“2”に続きます)
―追記
このお噺、参考文献を改めて確認してみると、私の記憶と設定が随分違っていたんです。
私は大昔に演芸番組で、この“街ブラパターン”を見たはずなのですが、もしかした脳内で勝手に記憶を書き換えていたのかもしれません。
そんな私の記憶を元に、色々と出来上がってしまっていたので今回は「“オルタナティブ”目黒のさんま」となっています(笑)。