皆さんは縁起を担いだりとかなさいますか?
そこまではいかなくても、これをしないと気持ちが悪い“ルーティン”みたいなモノは、あるかもしれませんね。
靴は右足から履くとか、一歩目は必ず右足からとか‥‥‥。
うーん‥‥‥考えてみたら、私自身がそういう事を殆どしないので、いい例えが全くが出てこない(笑)。
そんなわけで―
「かつぎや」
呉服屋の五郎兵衛は、とかく色々と気にする性質でございまして。何をしても、見ても、縁起が良いの、悪いのと大騒ぎでございます。
『本当に、朝から気分の悪い‥‥縁起でもない夢を見てしまいましたよ。』
「旦那さま、浮かない顔をされまして、いかがなされましたか?」
『おや、番頭さん。実は今朝がた、鼻緒が切れる夢をみてねぇ。なんだか気分が―』
この番頭、長く勤めておりますから、この辺りは心得てございます。
「いえいえ、旦那様、それはきっと、凶がが吉に転ずる夢でございましょう。夢で先に悪い事が起きたのですから、ここから先は良い事しかございますまい」
『なるほど、確かにその通りだね』
なんて、にわかに上機嫌でございます。こういう人間はえてして単純なモノでして―
番頭はそんな様子を見ながら、ベテラン女中に何事かを言い含めます。程なく、お茶を入れてやって来たその女中。
番頭、湯飲みを確認しまして―
「旦那さま、お茶が入りましてございます」
『ああ、これはすまないねぇ、‥‥‥ええっ、これを見なさいよ番頭さん! 茶柱が立っているよ』
「これは、まことにおめでたい限りでございますなぁ」
まぁ、この頃はともかく、最近は便利なお茶もあるようでございまして‥‥‥
そんなこんなで、上機嫌で出掛けていった五郎兵衛を見送って、ひと安心の番頭でございます。
「本当に‥‥縁起が良いの、悪いの面倒くさいったらありゃしないよ」
そうして、やっと落ち着いて帳面なんかを見ておりますと、程なくして―
『もう、駄目だ。今日は何処へも出掛けないよ!』
えらく興奮した五郎兵衛の声が聞こえてきます。
何事かと行ってみますと、泥だらけで鼻緒の切れた下駄を持った五郎兵衛が‥‥‥。
お正月もあけまして、宵になりますと宝船の絵を売り歩く習慣があったようです。その者を“船屋”なんかと呼んでおりました。
まぁ、宝船を枕の下へ入れておけば良い初夢が見られるという‥‥‥これなんかも縁起担ぎと言えるのかもしれません。
ここでも五郎兵衛、最初に来た船屋と一悶着ございまして、宝船一枚の値段を四文(しもん)と言ったもんですから、“し”の字は縁起が悪いとへそを曲げてしまいます。
そうしますと、番頭、ささっと通りへ駆けだしていきまして、別の船屋みつけます。
「いいかい、船屋さん、うちはあそこの呉服屋なんだが、旦那がたいそうな“かつぎや”でね」
と、色々言い含めます。
「‥‥‥頼んだよ、縁起の良い事を並べときゃ、お前さんもきっと商売になるからさぁ」
心得ましたと、その船屋、早速やってまいります。
『お、船屋さんだね!』
「ごめん下さいまし、大当たりの宝船がまいりましてございます」
「聞いたかい、大当たりなんて縁起が良いじゃないか。一枚いくらだい?』
「へい、し‥‥よもん(四文)でございます
『お、よもんかい、こいつはいいね! あるだけ買わしてもらうよ、何枚あるんだい』
「へぇ、旦那さまのご寿命ほど‥‥千枚でございます」
『嬉しいねぇ、私を鶴に見立ててくれるなんざぁ‥‥番頭さん、こちらの方にお屠蘇と、あと何か持ってきとくれ!』
「結構なモノを頂きまして‥‥‥こちらのお重の仕事も見事なモノでございますなぁ」
『わかるかい‥‥さぁ、今日はもう売り物が無くなっちまったんだから、ゆっくりしておいき』
「それにしても、遠目にも御目出度いお屋敷だと思っておりましたが、なるほどこちらには七福神がおそろいですな」
『なんだって、どういう意味だい?』
「ご主人様は、まことに福々しくて、大黒様のようでございます」
『何、私が大黒様かい、うれしいじゃないか‥‥これはご祝儀だよ』
「へい、有り難うございます。それから、先程、ちらりとお見受けしました弁天様は?」
『なんだい、うちの娘を弁財天と言ってるくれるのかい、嬉しいねぇ、コレも持っていきなさい』
『へへぇ。それにしても、本当に、見事な七福神でございます」
『なんだい、まだ二福しかいないのに、七福神ってのは―」
「いえいえ、きちんと七福おそろいでございます。大黒様、弁天様で二福、そして―
こちらのお商いが呉服(五福)でございます」
(落語y百選 冬 麻生芳伸 変 ちくま文庫)
まぁ、オメデタイお噺なんて、こんな感じです。 ご祝儀的なものだと思っていただければ‥‥‥。
私の持っている本には、冒頭に、なんでも混ぜっ返す小僧が出てきたり、腐れ縁の桶屋(棺桶屋)が出てきたりするのですが、割愛しました(笑)。
ちなみに、件(くだん)の宝船の絵には、こんな歌が添えられていたそうです
長き夜の とおのねふりの みなめさめ 浪のり舟の 音のよきかな
これ、回文になっているんです。こういう遊び心、大事にしたいですよね。
ともかく―
皆様、初夢はいかがでしたか?