「ストックホルム合意から10年」 | suehisa223のブログ

suehisa223のブログ

ブログの説明を入力します。

「ストックホルム合意から10年」

 

 2014年5月29日のストックホルム合意から10年の歳月が流れようとしている。この合意に明記された日本人の問題とは、残留日本人、遺骨・墓地、日本人配偶者、拉致被害者及び行方不明者であり、我が国政府の現行方針は、「ストックホルム合意に基づき、拉致問題を始めとする日本人に関する全ての問題の解決に向け全力を尽していく」というものでこの方針は変わっていない。

 この合意に関し、日本人拉致被害者(未認定を含む)の救出活動を続けている諸団体からは懐疑的見解が出され、或いは否定的見解が出されてきたことは周知の事実である。

 一例を挙げれば、2017年2月19日に発表された家族会・救う会の“今後の運動方針”には、「(前略)当然のことだが、全被害者一括帰国なしに制裁を一部でも下ろすことはあってはならない。一部で未だにささやかれている残留日本人、日本人妻、日本人遺骨など人道問題を先行して協議するなど絶対にあってはならない。(後略)」とあり、ストックホルム合意及び政府方針を否定している。それでは、この残留日本人とはどんな問題なのか、「援護50年史」(平成9年3月、厚生省社会援護局援護50年史編集委員会監修)等)を参照したい。

『終戦時、北朝鮮域には27~28万人の在留邦人(居住者)と旧満州南域から北朝鮮を経て日本に向かう約7万人の邦人(引揚者)が存在した。しかし、北朝鮮に侵入したソ連軍が38度線を遮断したため、これらの邦人は北朝鮮の各地の学校や民家に収容された。ソ連軍管理地域であった北朝鮮地域については、南朝鮮への脱出等による引揚げや、昭和23年7月まで米ソ協定による集団引揚げが行われたが、以後新政権の樹立及びソ連軍の撤退等により引揚げは中断された。』とあり、敗戦による戦争犠牲者の悲惨な人生がここにある。

 この残留日本人だけでなく、遺骨・墓地、日本人配偶者、拉致被害者及び行方不明者の問題が未解決のまま日朝間には存在していると合意文書に明記されたことの意義は大きく、私がストックホルム合意を評価する所以である。この合意が拉致問題解決に何の成果を出していないから評価しないなどという見解は視野が狭いものであり、“人道問題を先行して協議するなど絶対にあってはならない”とする家族会・救う会の運動方針は批判されなければならない。この拉致被害者だけを優先せよとの独善的主張が、拉致被害者救出活動の拡大を今日に至るまで阻害していると常々捉えている。

 ストックホルム合意に基づき、北朝鮮の地において不幸な人生を余儀なくされている同朋の公平な救済を実現することが最良の選択であると申し上げ、ストックホルム合意から10年となる現時点での見解としたい。

 

令和6(2024)年5月10日

 

救う会徳島 代表 陶久敏郎