Blue Vinyl Sheet

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依然としてよくなり続けている。前からずっとそうだったけれど、いまがいちばんよい。
変わってしまったことが数多くある。
今は2014年で、それももう明日でおしまいである。
たくさんのことが変わってしまった。変わらなかったことも多くあるが、どちらにせよ、変わってしまったことも、どうしても変わらなかったことも、良かったことであり悪かったことだった。
学校にあまり行けないことには変わりなく、わたしは早々に5年間の猶予と境界の学生生活を約束された。これは結局、良かったことでもある。わたしにはまだわかっていないことが多すぎる。社会に出るには、また自らの生活の方向性を定めるには未熟過ぎるのだ。わたしには小学生並みの知恵も道徳心も、いまだ備わりきっていないのだった。なさけのないことだけれど。

または、カウンセリングでなく普通に月に2回、病院に通うようになり、鬱病(または躁鬱病の疑い)の診断を突きつけられることを今になって漸く認め、そのような視点でもって自らを批評し推測し、考えることを始めることになったのだった。現状を把握しもう薬にでもなんでも、何かに脳みその調子を左右されることをよしとしなければならない。病気ではないと言い張りながらもベッドの上や下を一日中這いずる、病人さながらに破綻した生活を終わりにするのだと思ったのだった。
それはまだすこしのあいだ続くが、もうすぐ終わるだろう。これまでと変わることなく、わたしはそう期待を抱いている。もうすぐこのようなひどい状態は、終わりをむかえるだろう。

そしてわたしはJAMES BLAKEを覚え、BRIAN ENOを覚え、聴かれないことを目的としている音楽というものを苦もなく聴くことができるようになった。
ジョン・ケージをゼミで取り扱うようになったからだった。なぜそのようなことを決めたのか、今となってはわからないが、現代芸術の中でもとりわけ音楽美学(音楽哲学)に絞って勉強をすすめることに、いつのまにかなっているのだった。そういう状況に。
説明書きのある音楽、説明書きがなければ成り立たない、それがなければ魅力を半減させるどころか意味の3分の2を失うような、そのような音楽を、わたしは取り扱うことを覚えた。

またはソウルミュージックにどはまりしレコード屋でめちゃくちゃに安いレコードを大量に集めることのできるハッピーな買い物を覚えた。
ロックンロールは相変わらずだいすきである。夜中にひとりでRAMONESのレコードを聴きながらいたことを忘れない。
気狂いピエロをみた。フランスは憂鬱過ぎる。ロマンチック過ぎる。気だるい。退屈。

真面目にやればやるほど裏目にでる。もう何とも関わりたくないし生きていたくない。大学もやめたいような気もするというか卒業することが不可能に思える。
何とも関わりたくないし生きていたくないとか思うものの生きてるからには関わりがあるしそうしたい気持ちもある。
遠いとこに旅行に行きたい。
健康な頭と体は一生手に入らないものとしておいたほうが良い。
一昨日三島由紀夫の音楽を読んだけど、もっと暗い話(少女地獄的な)かと思ってたら意外とハッピーに終わって、それまで散々心根の曲がりきった人間の話してたくせにそりゃないやろと思ったな。

最近は何をしていたかというと、学校に行ったり…とか思い出しただけで頭が痛くなってくる。よし旅に出よう…とかたまに思う。行くよ本当に。

バンドがなくなってからちょうど一年、気付いたらまた5月で景色が綺麗なので腹が立つ。
洗濯をしてる。寒い。
京都に帰ってきた。寒い。雪みたいな雨が降ってる。また帰ってきている。洗濯機の中身は全部私のものだと思う。たまっていたからわからないけど、一枚二枚くらいは私のじゃないかもしれない。
寒い。どうしよう。帰り道猫を3匹もみた。皆雨にぬれてたけどできるだけ濡れないように車の下とかに隠れてた。一昨日夢をみた。車が全然走っていない高速道路を夕方によく知ってる誰かと歩いている夢。水が残り少なかった。日が暮れる前に眠れる場所を見つけないといけないと思っていた。急いで歩き続けていた。
おやすみミカ。今から寝る。
今日は良い日だった。部屋も掃除した。晩ご飯はお鍋にして、そのあとホイップクリームを買ってきてケーキを食べた。
もうすぐ12月も終わる。おやすみミカ。
おはようミカ。寒くて起きられない。
部屋の掃除と洗い物をして準備して4時からバイトに行く。10時に終わる。そのあと大阪に帰ろうかなと思ったり思わなかったりする。
今日は起きた。気温二℃
パルプフィクションをみた。
ツイストを踊りたくなった。裸足になって捻れながら身体を火照らせて
みているだけなら何もかもはどうしようもないことで、過ぎていくことで、傷ついたり悲しく思ったりするはずは無い。
何も感じなくていい。感じるはずがない。
体はここに無い。どっか別の遠いところにあって、映画をみている。長い映画をみている。本当は現実は現実に起こってはいなくて、何かに映した光の集まりや光の無い集まりを眺めている。